第296話 やるなら徹底的に、アイを込めて
「ここまで頭に来たのは初めてだよ。......覚悟はいいな?」
僕はそう告げたが、物事には段取りってものがあることを忘れていた。
ウズメちゃんの方へ振り返り、彼女から短剣を取り上げて、それで彼女の腕の薄皮にピッと傷を付けた。
そして発動する。
「【固有錬成:害転々】」
一瞬にしてウズメちゃんが負った傷が完治する。両足に負った痛々しい風穴も、自ら削ぎ落とした片耳も全て。
当然、彼女の傷を肩代わりしたのは僕だ。突如、僕の両足に穴があいて血が吹き出る。それでも僕は立っていられた。
右耳もまるで鋭利なもので切られたかのようにして床に落ちた。血が流れるが、自然とその激痛はそれほどじゃなかった。痛みとか......もうどうてもいいくらい、頭の中がめちゃくちゃだ。
ああ、きっとすごく痛かったんだろうな......。
しかしそんな怪我を負ったのも束の間。すぐさま妹者さんのスキルによって僕は完治した。
「す、すず......き、さん」
僕はしゃがんで微笑みながらエルフっ子の頭を撫でた。
そして立ち上がり、彼女に背を向けて歩み始める。
妹者さんがそんな僕に、静かに告げる。
『鈴木、片目潰せ』
「ん」
僕は彼女に言われたことをすぐに実践した。そこに戸惑いは無い。疑問も湧かない。一瞬で僕は手にしていた短剣で自身の片目を潰した。
この行為に説明は要らない。魔族姉妹が言ったことを疑う必要なんて無いんだ。
だから僕もお礼や謝罪を口にしない。
必要なのは――復讐心。
僕は歩む足を進めた。敵に“絶望”を味わわせるように、ゆっくりと。
「状況は?」
『あなたより先に目覚めたあの子たちが奮闘しましたが、相手からは大した消耗は見受けられませんでした』
『ルホスは向こうで倒れてるが死んじゃいねぇーはずだ。ただ敵の術中にハマってる』
おそらくその術中というのが、相手の【固有錬成】の発動条件なんだろう。妹者さんが僕の片目を潰させたのは、“両目”がきっと奴の発動条件のキーワードだからだ。
「解除方法は?」
『不明です。ただあなたの時と同様、すぐに殺すことは早計です』
『まずはスキルを解除させてからだな。殺すなよ?』
魔族姉妹の言葉に、僕は思わず鼻で笑ってしまった。
「冗談きついなぁ。僕は神や仏じゃないんだ。殺すって......そんな優しくできないよ」
壁を突き破った部屋の向こうから、ドララドが身を起こして吠える。鼻や口から流れ出る血が、男の顔に苦痛を強いていた。
「な、なんだよ、お前ぇ!!」
ドララドの目の色が変わった。獰猛な目つきになって僕を捉える。猛禽類が獲物を捉えたときのような殺意を感じた。またその一瞬で本来両目の白い箇所は、色が逆転したかのように真っ黒なものへと変わる。
見れば、ドララドの姿も変化していた。肌は元々褐色だったが、一回り身体が大きくなって上半身の衣服が破けたのである。背中からはコウモリのような羽が生えてきていて、大きな翼をバサバサと羽ばたかせていた。
なにあれ。
『ああ、なるほど。人間に擬態していたわけですか』
「擬態?」
『魔族だよ、魔族。しかもありゃデーモン族だな。相当長生きしてるぞ』
『通りで【固有錬成】の進化を成し遂げた訳です』
ふーん? まぁ、どっちでもいいけど。
するとドララドが両の手のひらから、先端が尖った真っ黒な杭っぽい武器を生やした。どちらもショートソードのような丈で、禍々しいオーラを放っている。
「はッ! 後悔させてやる! 蝕め――【毒骨】ぅ!!」
あの手から生えている杭みたいなの、【毒骨】って言うんだ。魔族姉妹がボソッと教えてくれたが、どうやらアレはデーモン族の【種族固有魔法】らしい。
ドララドは一瞬で僕との間合いを詰めて、その【毒骨】とやらを僕の両胸に突き刺した。直撃である。僕の口端から血が溢れ出た。
「ふひひひ!! お前終わったな?! 【毒骨】は刺さったら最後! Dランク冒険者如きじゃ解毒できない毒を与える! 死ぬまで苦しみ続けろッ! ふひゃひゃひゃ!!」
と、なにやら喧しかったので、僕はドララドの両腕を掴んで――
「【固有錬成:闘争罪過】――発動」
――グシャリとへし折った。
【固有錬成:闘争罪過】が発動すると僕は死ににくくなるのか、胸にヤバいもんが突き刺さっているのに、まだ生きていられそうな感じがする。
「ふへ?」
ドララドは何が起こったのかと言わんばかりのアホ面を晒しながら、自分の両腕を眺めている。へし折られた拍子に突き出た自身の骨と血肉を不思議そうに見つめていた。
「あ......あ......あぁぁぁぁぁ!!! うどぇ、俺の腕がぁぁぁぁあ!!!」
すると今度は絶叫し始めた。
うるさかったので、片手を離してドララドの喉に拳の突きを入れて潰した。
「がひゅ?!」
「毒がなんだって? 解毒なんて要らないよ。もっと強い毒を味わってきたからね。こんなの、ブドウ糖みたいなもんさ」
<屍龍>で耐性が着いたのは確かだけど、それよりもレベッカさんの<猛毒>による状態異常がヤバかったかな。
僕はそんなことを考えながら、目の前で苦悶に顔を歪めるドララドを見やった。
奴は僕が離した腕を無理矢理自身の方へ引き戻す。途端、折れた手が逆再生のように元通りになった。
そしてまた手のひらから気色の悪い杭を生やして、それを僕の顔面へと突き刺そうとしていた。
「死ねぇぇぇえ!!! 【毒骨】!!」
「馬鹿の一つ覚えかな?」
僕は......いや、右腕が勝手に動いて、いつの間にか生成した【閃焼刃】でドララドのその腕を切り飛ばした。
ドララドの腕が宙を舞って、ぼとりと床に落ちる。
「は、は?......な、んだ、これ」
全く目で追えなかったのか、もう訳がわからないと言わんばかりの顔になるドララドに、僕は言った。
「再生能力があるのいいね。【害転々】を使わずに済むよ。正直、拷問のためとは言え、あんたの痛みを肩代わりするのは嫌だったんだ」
『【冷血魔法:
「っ?!」
姉者さんが地面から生やした氷の棘で、ドララドの両足を貫いて自由を奪った。文字通り、床に貼り付けるようにして。まるでドララドの標本のようだ。
まぁ、これからすることは、こいつを保存可能な状態にして、いつまでも観察できるようにする標本とは目的が違うけど。
「あしがぁぁぁああぁあ!!」
「さて、僕は神や仏じゃないけど、あんたにチャンスくらいはあげようと思う」
僕は胸に刺さっていたドララドの腕を引きちぎって、再生し始めたもう片方の腕を再度切り飛ばしながら説明に入った。
男の腕は再生能力が落ちたのか、さっきよりも再生する速度が遅くなっている。
とりあえず、かまわず説明を続けた。床に下半身を縛り付けられたドララドが絶叫しているが、顎を掴んである方向を強引に向かせて黙らせた。
向かせた先はルホスちゃんの方である。
「ルホスちゃん......あそこに倒れている黒髪の少女にかけたスキルを解除して?」
「ふぁ?」
「聞こえなかった? なら耳は要らないか」
スパン。先端が尖ったドララドの耳が血を撒き散らしながら宙を舞った。
あ、よく見たら尖ってる耳だったんだ。デーモン族らしいからそれっぽいな。どうでもいいけど。
「あぁぁぁぁああ!!」
「もっかい言うね。あの子にかけたスキルを――」
「かいじょじた! かい、じょしたがら゛ぁ! もうゆるじでぐれぇ!」
お、素直に聞いてくれた。良かった。
「はは、本気で言ってる? 僕は『解除して』ってお願いしただけだよ。許すなんて言ってない」
「っ?!」
僕は近くにあった椅子を持ってきて、それをドララドの前に置いて腰掛けた。
ドララドがそんな僕を見下ろして、理解できないといった顔を晒す。だから言ってやった。
「待つよ。だからその腕を早く治してね? 自分のそのコウモリみたいな翼をもがせるからさ」
「......はぇ?」
「いや、ウズメちゃんにも同じことやらせたんでしょ? ならやろううよ、今度は自分でさ」
『ちなみにエルフの耳が特に敏感なのと同様、デーモン族も羽にはかなりの神経が詰まってます』
『こりゃあ楽しみだなー』
だね。
そんなことを思いながら、僕はドララドを観察するのであった。
余談だが、ドララドは痛みに耐えかねて、自分で羽をもぐことができなかったみたいなので、手伝ってやった次第である。
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