第293話 【幻劇ノ寝台】 ―モルペウス―

 「うらぁぁぁぁあああ!!」


 ルホスの振り払った【棍牙】による一撃は、コルポギス伯爵邸の一室を破壊しつくし、その余波は中庭にまで続いた。


 その後、ルホスは身の丈に合わない力の行使により、身を床に落としてしまう。力尽きてしまったのだ。


 深く抉れて変わり果てた地形に唖然とする者たち。ドララドの無力化を狙った一撃だが――


 「あっぶなー」


 ――男は五体満足で立っていた。


 完全に間合いに入っていたはずの不可避の攻撃だったはずだ。その信じられない光景に、思わず妹者から声が漏れる。


 『ど、どういうことだよ。ガキンチョのやつ、あのぞ』


 『これは......あまり信じたくありませんが、あの者が【固有錬成】を使ったからでしょう』


 『は?! もう再使用できたのかよ?!』


 『いえ、一番最初、苗床さんたちに使った【固有錬成】とは別です。そんなものとは比べられないほど厄介なスキルですよ......』


 どこか一人だけ納得した様子の姉者だが、その声は焦燥感に満ち溢れていた。


 【固有錬成】はある日突然、まるで天からの贈り物かのように、無差別且つ無条件に与えられる。無論、与えられる者も居れば、与えられずに一生を終える者も居る。そして与えられた者の中でも、さらなる力を得る者も居た。


 手段は――スキルの練磨。


 与えられた恩恵スキルに慢心せず、磨き上げた者にこそ宿る力......【固有錬成】の練磨と育成の成れの果て――即ち、スキルの進化。


 姉者の【固有錬成:神狼ノ嘆きグレイプニル】もその一つである。


 「あぅ......」


 「ルホスさんッ!!」


 その場に力尽きて倒れ伏すルホス。少女の瞳はどこか虚ろで、何も映していないことにウズメは気づく。


 いったいルホスに何があったのかと、ウズメはドララドを警戒した。ドララドは機嫌を良くして語る。


 「【固有錬成:幻劇ノ寝台モルペウス】......俺が長年に渡り磨き上げてきたスキルさ! 【固有錬成:幻境落トシ】と違って、発動条件が“両目を合わせる”っていう縛りがあるけどね。“両目”っていうのが使い勝手悪いんだよなぁ。ふひッ」


 ドララドは愉快そうに語りながら、ルホスの頭を踏みつけた。


 その光景に歯噛みしつつ、ウズメは吠える。


 「む、無駄です。またスキルの術中に嵌めても、ルホスさんはすぐに目を覚まします」


 「ぶふッ! 進化したスキルが同じなわけ無いでしょ?! こいつは今、再び同じ夢の世界に彷徨ったんじゃない。に行ってんだ」


 「へいこう......せかい?」


 呆然とするウズメに、ドララドは恐怖を植え付けるかのようにして語った。


 「このガキは俺の両足を狙ってたのか知らないけど、両足を斬ったか、斬ってないかの分岐点で、こいつは前者の事柄を見てるってことだよ」


 その言葉を聞いて、ウズメは思い至る。


 ルホスの中ではドララドに有効打を与えられて、形勢逆転が叶い、鈴木を目覚めさせて、大団円を迎えていることだろう。


 そんな世界に閉じ込められては、もはや疑いの余地は無い。現状において理想がそのまま形となっているのだから、戻ってこれるはずがないのだ。


 「そ、それじゃあルホスさんは......」


 「ようやくわかったか? そうだよ、もう死体も同然でーす」


 そう言って、ドララドはルホスをそのままに、ウズメの方に近づいていった。ウズメはドララドを恐れ、声にもならない悲鳴を小さく漏らす。


 ウズメには魔力の余裕があるが、戦意はもはや薄れ切ってしまっている。目が合っただけで恐ろしいスキルを発動することができる敵を前に、果敢にも立ち向かえなかった。鈴木の傍らに蹲り、その身を震わせている。


 そんなエルフの少女の心境を察したのか、ドララドは下卑た笑みを浮かべながら、ウズメへと歩を進める。


 「エルフかぁ。売れば良い値段だろうけど......」


 ドララドはそのままウズメの下へ行き、手にしている短剣を渡す。


 「つまらないよね。ほら、これ」


 「ふぇ?」


 渡された短剣に、ウズメは意味が理解できないといった様子で声を漏らした。美しい刃に映っているのは、恐怖に染まった自分の顔だということに気づく。


 ドララドは笑みを絶やさなぬまま続ける。


 「自分で削いでみて、その耳」

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