第292話 帝国皇女の護衛役、再び?

 「今日のこの後の予定は?」


 「キャクビー共和国の使者と会談です。資料はこちらに」


 「ありがと」


 「......。」


 現在、僕は帝国皇女の執務室にて優雅にお茶していた。この場には僕とロトルさん、女執事のバートさんが居るのだが、僕だけお茶していた。


 香りの良いハーブティーだ。これはロトルさんのお気に入りで、彼女がよく好んで飲んでいる代物だが、ある日を堺に、僕もいただくようになった。


 正直に言って、呑気にお茶している場合じゃないんだ。


 違和感、そう違和感だ。今朝からなんかこう、不安に胸を締め付けられているような感覚が続いている。


 ティーカップをテーブルの上に置いて、僕は両手を見た。


 「......。」


 手のひら、手の甲をくるりくるりとひっくり返してはじーっと見つめているのである。


 なんだろ、僕の手が......普通だ。


 特に切り傷とか無い、豆があって手の皮が少し厚いくらいだ。でもこの手が僕のじゃないと思ってしまうくらいに......普通だ。


 なにこれぇ......。


 「おい、


 「っ?!」


 すると突然、まるで言葉のナイフのように、冷ややかな声音で呼ばれて、僕は思わずドキッとしてしまった。


 バートさんに呼ばれただけなのに......。てか呼ばれ方が変わった気がする。気のせい?


 「ど、どうした。驚かせてしまったか?」


 「い、いえ、なんでも」


 「そうか。その、なんだ。殿下の前で呑気にお茶しているのは護衛役としてどうなんだ? 少しは稽古でもして、己の力を磨いた方が良くないのか?」


 と、嫌悪感を隠そうともしない彼女の言葉はご尤もである。


 僕はひょんなことから平民という身分から、帝国皇女の護衛役としてこの場に居る。


 そんでもってどういう訳か、殿という役目も僕にはあるらしい。


 駄目だ。ロトルさんの夫になった覚えが無い。でもこんなこと二人には言えない。そんな思いをしているせいで、僕はさっきからもう何杯目かわからないお茶をいただいていた。


 「は、はは。運動ならちゃんとシてますよ、ロトルさんと毎晩」


 「「っ?!」」


 僕のその一言に、二人はボシュンと湯気を立てた。瞬時に顔を真っ赤に染める様を見るに、先の言葉は失言以外のなにものでもないと察する。


 ただ狙って言ったのは確かだ。鎌をかけた訳じゃないけど、二人のこの様子からわかるように、僕はマジでロトルさんと一線を越えてしまったらしい。


 できれば否定してほしかった。お前は童貞だろって言ってほしかった。


 ほんっと記憶が無いんですけど......。


 バートさんが僕の胸倉を掴んだ。


 「き、貴様ッ! そういうことを軽はずみで言うな!!」


 「す、すみません、く、くるしいです......」


 僕は訳がわからないまま、このまま頭を抱えて一日を過ごすのであった。



******



 「ふひッ! 隙だらけ!!」


 「がはッ!」


 『ガキンチョ!!』


 ドララドの回し蹴りが、ルホスの腹部を捉えた時だった。


 コルポギス伯爵邸のとある一室にて、ルホスとウズメはドララドと戦闘を繰り広げ出た。


 近接戦で挑むルホスに対し、その後方からウズメがサポートするという戦法だが、対する相手がプロの傭兵ということもあってか、戦況は芳しくなかった。


 魔族姉妹のサポートがあれば話は別だが、鈴木の意識がいつ覚醒するかわからない以上、迂闊な行動は取れない。意識の覚醒と同時に肉体と結びつかなければ、鈴木はこの世に戻ってくることが難しいと見ているからだ。


 『くそ! ただ見ているだけかよ!!』


 『今は鈴木さんが目覚めるのを待つしかありません』


 魔族姉妹のそんな悪態を他所に、ウズメがルホスへの追撃を防がんと魔法を放つ。


 「【岩石魔法:螺旋岩槍】!」


 「んなもの当たらないなぁ!!」


 「っ?!」


 ウズメの放った岩の槍をドララドは身を捩って回避し、そのまま片手を前に突き出して、【螺旋雷槍】を放った。


 通常よりも細く仕立てられたその魔法は貫通力を落とすことなく、ウズメの足に突き刺さる。


 「うッ」


 ウズメが激痛に顔を歪めた。


 敵は狙おうと思えば致命傷を与えられたはずだ。しかし敢えてウズメの足を狙った。加虐嗜好のある残忍な性格の持ち主であった。


 「ふひひひ! お前ら弱っちぃな!」


 「【死屍魔法】――」


 「おっと!!」


 「っ?!」


 ルホスが漆黒の魔法陣を展開した瞬間、ドララドはルホスの顔面を蹴り飛ばした。


 それでもルホスは歯を食いしばって闘志を滾らせる。もはやこのままではジリ貧もいいところだ。


 戦闘を繰り広げてからの僅かな時間でわかる。ドララドは帝国城で対峙した騎士二人よりも遥かに強い。故に借り物の力――【固有錬成:異形投影】でタフティスに化けても、技術もない素手の力で勝てるかわからなかった。


 故にルホスは最終手段を手に取る。思い浮かべたのは祖父の顔――。心の中で言いつけを破る謝罪をした。


 (お爺ちゃん......ごめん!)


 「殺す!! ぶった斬れ――【棍牙】!!」


 「っ?!」


 瞬間、この場に居る誰もがルホスの異変に注目した。


 少女の手にはどこから取り出したのか、将又生成したのか、大凡体躯には見合わぬ歪な大剣が握られていた。


 黒紫色の鉄塊と言うべきだろうか。刃など見受けられない大剣には辛うじて柄があるくらいで、もはや棍棒のそれにすら近かった異形さがある。


 「ま、まさか鬼牙種の【種族固有魔法】か?!」


 『お、おいおい! ガキンチョ、以前使えたって言ってたが、アレは......』


 『......はい。成人を迎えていない彼女が使っては諸刃の剣です。最悪――死にます』


 姉者の言う、成人を迎えていない、とはルホスの未成熟な肉体を指す。【種族固有魔法】を使ってしまえば、その未成熟なルホスの肉体に多大な負担をかけてしまう。


 以前、王都でこれを使ったときは、ルホスは一振りに全てを賭けていたから、その賭けに勝って生き残れたに過ぎない。


 「死ねッ!」


 『ちょ、待っ――』


 今だ目覚めぬ鈴木のことを考えれば、術者であるドララドを殺すことは避けたい事態だ。


 故にルホスは狙う――ドララドの両足をこの一振りで断ってしまえば、十分手加減できたことになるのではないのかと。ルホスはドララドと目の動きで次の行動を予測し、行動に出る。


 回避を許さぬ俊足の踏み込みでルホスはドララドを間合いに収めた――その時だ。


 「ふひッ! 甘いんだよ! 【固有錬成:幻劇ノ寝台モルペウス】」


 【固有錬成:幻境落トシ】とは異なるスキルが行使された。

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