第291話 とらわれのスズキ

 「は?」


 <幻惑>のドララドは間の抜けた声を漏らした。


 現在、男は伯爵邸のとある一室を借りて、ここ何週間、自堕落な生活を送っていた。周りにはその生活の一端が垣間見えるものが散乱している。


 そんな中、今しがたこの部屋に連れてきた鈴木たちを目の当たりにして、ドララドは理解できないと言わんばかりの顔を晒していた。


 なにせ、


 「ど、どこだ、ここ?!」


 黒髪の少女――ルホスが目を覚ましていたのだから。【固有錬成:幻境落トシ】を食らって、自力で解除した者は初めてであった。故にドララドは戸惑う。


 少女は辺りをキョロキョロと見渡していたのも束の間、すぐに鈴木の姿を目にして驚く。その傍らにはウズメも居るのだが、二人とも目を虚ろにして一点病のようにどこかを眺めている。


 「スズキ?!」


 『ガキンチョ?! まさか自力で?!』

 

 『ルホスちゃん! 二人は敵の術中です!』


 この機を好機と見たのか、魔族姉妹の言葉にルホスは思考を切り替える。当然、ドララドには魔族姉妹の声は聞こえていないので、ルホスが臨戦態勢に入ったことで、自身も警鐘を鳴らす。


 『できるだけそいつは殺すなッ! スキルが不明だッ!!』


 『それと苗床さんの今の状態では蘇生させたくないので、彼を守ってください』


 「わかったッ」


 魔族姉妹の端的な説明に、ルホスは即座に鬼牙種たる所以の黒い角を生やした。


 黒光りする双角を目の当たりにして、ドララドは吠えた。


 「ちッ。鬼牙種が混じってたのか!!」


 「死ねッ!!」


 『殺すなって言ったよな?!』


 ルホスが瞬時にドララドの眼の前に現れ、拳を顔面に叩きつけようとする。


 魔族姉妹に殺すなと言われたが、加減は本気の攻撃を何発か撃ち込んでから、その後で微調整をしようと考えた次第である。


 が、


 「はッ!! 遅い!!」


 「っ?!」


 ルホスの拳はいとも簡単に回避され、代わりに少女の顔をドララドの手が覆う。そしてそのままルホスの頭を床に叩き付けた。


 『『っ?!』』


 ドララドの見せた対応に、魔族姉妹が絶句した。プロの傭兵とはいえ、まさかルホスが返り討ちにされるとは思っていなかったからだ。


 「ふひッ! どうやって目を覚ました知らないけどッ! あのまま夢の中に居れば楽に死ねたのにね!!」


 ドララドは腰に携えていた短剣を鞘から引き抜き、その鋭利な先端をルホスの首に突きつけようとした――その時だ。


 「【螺旋氷槍】ッ!!」


 「っ!!」


 ドララド目掛けて螺旋状の氷の槍が放たれる。男に直撃したかと思えば、それは肩に掠った程度で、大した深手を負わせることはできなかった。


 その【螺旋氷槍】を放ったのは魔族姉妹によるサポートではない。


 白銀の髪の少女――ウズメだった。


 「またぁ?!」


 『おいおい! うちの子たちは優秀だなぁ!』


 『苗床さん、あなたロリたちに負けてますよ!!』


 二度も自身のスキルを破られ、ドララドは驚愕を隠せなかった。一方、魔族姉妹は戦える者が増えたことで、歓喜の声を漏らしている。


 ルホスはすぐに起き上がり、ウズメの下まで飛び下がった。


 魔族姉妹はこのひと時を利用して、説明に入る。


 『すみませんが、今回においては私たちは力になれません。苗床さんが何かの拍子に死ねば、もう二度と目を覚ますことが無い可能性があるので』


 「極力隠れてたいってことか!!」


 「な、なるほど......敵の目が私たちに向いている間は大丈夫そうです」


 『わりぃーが、ガキンチョ共に任せた!』


 そんな無責任とも思える妹者の一言を合図に、ルホスとウズメはドララドに攻撃を仕掛けるのであった。



*******

〜鈴木の視点〜

*******



 「......え」


 目を覚ますと、僕はベッドの上で寝ていた。


 天蓋付きの豪勢なベッドだ。寝心地も最高。何か香でも炊いていたのか、良い香りが漂っている。窓からはカーテンの隙間から陽の光がこの部屋に差し込んでいる。


 が、そんな見慣れない光景はどうでもいい。問題はそれとは別だ。


 なんで、


 「な、なんでさんが目の前に......」


 帝国皇女ロトル・ヴィクトリア・ボロン。僕よりも三つ年下の少女で、金色に輝く長髪が魅力的な子だ。彼女のまるでルビーのような瞳は美しく、少しだけ吊り目なところがあって強気な少女だけど、そこも含めて愛らしいという印象がある。


 そんな美少女がなぜか僕の目の前で、すぅすぅと寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている。


 しかも......


 「ぜ、全裸......」


 彼女は一糸纏わぬあられもない姿に見えた。


 ちなみに僕も一糸まとわぬ姿であった。


 今はブランケットが掛かっているから、辛うじて彼女の肩から下は見えないんだけど......視覚的にマズい。


 え、ちょ、これどういう状況。どっからどう見ても事後のそれなんだけど。僕って......童貞じゃなかった? というか、僕は今まで何しててたっけ? あれ、記憶が全然無い......。


 そんな混乱している僕であったが、隣からもぞもぞと動きがあったのを目にして動きが固まってしまう。


 「んん......なに、もうあさ......なの?」


 ロトルさんが起きてしまった。


 僕は即座に飛び上がって、ベッドから離れ、床に手を着いて全裸のまま土下座を決め込んだ。そして誠心誠意、謝罪を口にした。


 「た、大変申し訳ありません!! ロトル殿下の寝台に全裸で忍び込んでいたようです!!」


 「ちょ!!」


 謝って許されるようなことじゃないけど謝ろう。精一杯気持ちを込めて謝ろう。責任を取れるかどうかわからないけど謝ろう。


 そんな僕を目の当たりにして、ロトルさんは面食らった様子だったが、それも束の間、クスッと微笑んで僕に対して信じられないことを言った。


 「ちょっとやめなさいよ。


 童貞が夫にジョブチェンしたとか冗談、マジで笑えないっす。

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