閑話 [ルホス] 夢の世界は日常で

 「お嬢様、御夕食のお時間です」


 「んん」


 私は肩を揺すられて目を覚ました。


 聞こえてきたのはどこか懐かしい女性の声だ。視界に映ったのも、どこか懐かしい顔の女性である。


 その人は長身の美女だ。髪は真っ白で腰まで伸びている。その髪が眼下に居る私にかかっていて、すごく擽ったい。そんな私を起こしてきた女の人は、頬の一部にまるで蛇のような綺麗な鱗があった。


 目も吊り目で、優しい性格ってことはわかっているのに、どことなく冷ややかさを感じてしまう。真っ白な肌に、金色の目、透き通るような声は、私の中で一人しかいなかった。


 「?」


 「はい。いい加減起きてください」


 本当の名前は<レピオス>。【理想武具アイ・アーマー】の一種で、今は人の姿に化けているけど、その実態は武具......といよりアクセサリーである。


 魔力を込めるとこうして人の姿になって、私の身の回りの世話をしてくれる女だ。格好も侍女服で地味な格好をしている。


 「ここは......」


 身を起こした私は辺りを見渡した。


 黒を基調とした天蓋付きのベッド。床には散らかった服や玩具。カーテンは閉め切っていて、灯りなんて付けていないけど見知った風景だ。


 私の......部屋か。


 なんだろ、すごく大切なことがあった気がするんだけど思い出せない。


 「まだ寝惚けているんですか。旦那様がお待ちですよ」


 「え、お爺ちゃんが?」


 「はい」


 よくわからないけど、私はお爺ちゃんの下へ向かうことにした。


 ダイニングルームに向かうと、そこには白くて長いテーブルがあって、その最奥には私のお爺ちゃん――<屍の地の覇王リッチ・ロード>が座っていた。


 豪勢な装飾品や外套を纏っているけど、その正体は真っ白な骸骨なので、常人が目にしたら違和感の塊だろう。


 ............“常人”? あれ、私、このお城からあまり出たことないのに、なんで常人の価値観なんか気にしたんだろ。


 そんなことを考えていたら、お爺ちゃんが飲めないのにワインの入ったグラスを片手に声をかけてきた。


 『おはヨ』


 「うん」


 私が向かいの席に着くと、オス姉が私の前に料理を運んでくれた。最初は野菜から、といつも口を酸っぱくして、色とりどりのサラダを私の前に置いた。その行為を続けながら、オス姉が口を開く。


 「旦那様、今日こそは厳しくお叱りになっていただきます。お嬢様は一日中ぐうたらされているのですよ」


 『寝る子は育つって言ウじゃん?』


 「いえ、そのような話をしているのではありません」


 『まぁマぁ。晩ご飯の後でもイイでしょ』


 「そう仰っていつもなさらないでしょう......」


 いつもの光景だ。毎日こんな生活を繰り返している。退屈だけど嫌じゃない。大好きなお爺ちゃんがたっぷり甘えさせてくれて、オス姉が口うるさく言ってくる日々......。


 なのに、


 「なんか......落ち着かない」


 胸がズキズキする。何かを思い出さないといけない気がするのに、全く思い出せそうにない。


 眼の前の光景は間違いなく、私が繰り返してきた平凡な生活の一端が広がっている。


 「お嬢様?」


 『......。』


 このお城では美味しいご飯を朝から晩まで、お腹いっぱい食べられる。


 オス姉が栄養バランスを考えて、私が飽きないように作ってくれているおかげだ。そんな私を遠くからお爺ちゃんが眺めて、軽い世間話でもして、食事が終わったら本を呼んでもらって......。


 幸せな生活の一部のはずなのに......はずなのに―――受け入れ難いと思ってしまった。


 私は思わず俯いてしまった。


 「お爺......ちゃん」


 「お、お嬢様? どうされましたか? ポンポン痛いのですか?」


 オス姉がすぐさま私に【回復魔法】をかけようとしたけど、お爺ちゃんがそれを片手で制した。


 『ハぁ......。やはりそうか、か』


 「だ、旦那様?」


 お爺ちゃんが天を仰いで、よくわからないことを言い始めた。でもきっとお爺ちゃんの言っている言葉は間違いじゃないはず。


 『誰の、何の【固有錬成】か知らンが......儂をこの世界に招いタこと、後悔させてヤろう』


 そうしてお爺ちゃんが、血肉の無い真っ白な指をパチンと鳴らす。


 その瞬間、地震のような揺れが起こった。自然発生した地震じゃない。何かが崩壊を始めた感じだ。


 「ええっ?!」


 「お、お爺ちゃん!」


 『マた今度......ゆっくり話ソう』


 私が叫ぶも、お爺ちゃんは片手で頬杖をしながら、落ち着き払った様子で私を見つめていた。そして空いている手をひらひら振って、私にバイバイと言わんばかり行為を見せる。


 私はそんなお爺ちゃんに声が届くよう、大きく息を吸ってお礼を言うのであった。

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