第290話 <幻惑>のドララド
「よしよし。ちゃんと成功しているね。ふひッ」
コルポギス伯爵邸の客室にて、ドララドは今しがたこの屋敷にやってきたDランク冒険者の鈴木とその付き添いの少女たちに向かって、不気味な笑みを浮かべていた。
鈴木たちは虚ろな眼差しでどこかを見つめている。その様子を見て、ドララドは自身の【固有錬成】がしっかりと効いていることを確信したのである。
【固有錬成:幻境落トシ】――対象がスキル効果範囲に居る場合、夢の世界へと彷徨わせる【固有錬成】だ。
当然、鈴木たちの状態からドララドのスキル効果範囲内である。
このスキルは一度発動してしまえば、ドララドが離れていても効果は持続する。時間に制限は無い。ドララドがスキルを解除するか、かけられた本人が夢の世界から自力で戻ってこれるか、だ。
「ま、今までで一度も自力で解除した奴はいないけど。みーんな、自分の都合の良い世界で過ごしていたいもんね」
しかし持続効果の時間に制限は無くとも回数制限はある。再び同じ使用者に行使するには時間を置かなければならなかった。
が、それもドララドがスキルを解除しなければ、再使用するまでもない。きっと鈴木たちは夢の世界で理想の生活を送っているのだから、そこが現実の世界とは違うと気づくことはできないはずだ。
なぜなら誰もが“理想”を望んでいるのだから。
その世界に自分が居たら、そこで人生を謳歌するのが生物の性である。
「ここで始末すると後が大変だな。コイツらは俺の部屋に連れていこう。ってことで、伯爵、俺は部屋に居るから、何かあったら知らせてね」
「はい」
そしてドララドがかけた【固有錬成:幻境落トシ】は鈴木たちだけではなかった。コルポギス伯爵及びこの屋敷に居る者たちは全員、ドララドの手に落ちていた。
このスキルは対象者の意識を刈り取り、夢の世界に放り込むのと同時に、一種の催眠効果も発揮する。故にこの場に居る全員が、ドララドの言うことを無意識に聞いてしまう状況下であった。
ただ一つの
だが、
『おいおい。どうしちまったんだ? 鈴木がうんともすんとも言わなくなったぞ。【祝福調和】も効かねー』
『これは......幻覚状態でしょうか。状態異常の』
この場で唯一、自我を保てている者たちが居た。魔族姉妹である。
言うまでもなく、ドララドは魔族姉妹の存在を認知していない。認知した者にしかスキルは発動しないのだ。
魔族姉妹の会話する声は隠蔽する魔法によって、鈴木たち以外の者には聞こえないため、当然、ドララドも二人の存在を知る由も無かった。
『幻覚だぁ?!』
『ええ。それも魔法による付与じゃありませんね。【固有錬成】でしょう』
『マジかよ......。ああー、だから<幻惑>って二つ名か』
『こればかしは情報収集が不足していましたね』
『しゃーねー。相手に情報が回るのを防ぐためにもすぐに行動を取ったからな』
『結果、ミイラ取りがミイラになったわけですが』
そんな悠長な会話をしている魔族姉妹だったが、ドララドが鈴木たちに「一緒に来い」と命令したことで動き出した。
まるで意思の無い機械のように、大人しくドララドの言うことを聞く鈴木たちであった。
魔族姉妹は会話を続ける。
『鈴木たちを始末する気だろ? 催眠状態なら「自害しろ」で済む話じゃね?』
『おそらくできないと思われます』
『というと?』
『スキルの催眠効果は、苗床さんたちの無意識下による行動の副産物に過ぎません。彼らは夢の世界で良い思いをしているのですから、“死にたい”なんて思ってませんよ』
『はー。言うことは聞くが、それもできる範囲でって訳か』
『でしょうね』
『あーしらがドララドを背後から襲うってのは?』
『術者本人を殺すのはアリな考えですが、それでスキルが解除されるか怪しいです。それに相手はプロの傭兵。魔法陣展開と同時に気づかれますよ』
『だよなー。催眠状態にも入っているからか、鈴木の身体の主導権を握れねぇーし』
『それがクリアされれば、私たちでドララドを圧倒できるんですけどね』
『あ、そうだ。鈴木を殺すか? ワンチャン意識が戻るかもしれねぇー』
『それが今一番とってはいけない行動です。通常、精神は肉体と紐づいています。もし肉体の死と彼の精神の帰路が乖離するならば、もう彼は戻ってこれないはずです』
『......それってさ、今回の状況、マジでヤバいってことだよな?』
『はい。いくら死んでも妹者によって生き返ることができる苗床さんですが、今回ばかりは死んだらアウトです』
『マ?』
『マです』
途端、妹者が発狂する。
『あぁぁぁぁぁああ!! なんちゅぅーことになってんだよぉぉおお!!』
『落ち着いてください』
『落ち着いてられっか!! 鈴木、死ねないんだぞ?! あーしの鈴木が一回でも死んだら終わりだ!! 嫌だぁぁぁああぁぁああ!!』
基本、生きとし生けるものは皆、命が一つしかない。故に一回の死が終わりを意味するのだが、ほぼ限りなく生き返られる妹者にとっては“死”など怖くもなかった。
故に嘆く。好意を抱いた相手がもう生き返ることができないと知って、生物が持ち合わせている本来の危機感を刺激されたのだ。
妹の取り乱し様に、姉者はドン引きしてしまった。
『ま、まぁ、私が言ったことは全て憶測の域を出ません。最悪、私たちで苗床さんを守りきりましょう』
『ひっぐ、すずきぃ......』
『......。』
早く意識を取り戻してほしいと願う姉者であった。
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