第289話 さっそくお邪魔します
「“コルポギス伯爵領”......ってどこだろ。ドララドっていう人がいる場所らしいけど」
傭兵ギルドを後にした僕は、チェルクスさんから受け取った羊皮紙に記載されている内容を見て、そんな声を漏らしてしまった。
ちなみに今更だが、異世界人である僕が異世界人と会話できて、普通に読み書きできるのは魔族姉妹が僕の肉体や脳みそをこの異世界用に作り替えたからだ。怖い話だけど、このおかげで僕は生活に困ることはなかった。
ただ読むことはできても、何か文字を書くことは難しい。書けるっちゃ書けるけど、頭の中に浮かぶ文字をまるで絵を描くようにして筆を持つから、違和感がぱないのなんの。
『どこだそこ』
『ビーチック国の南方にある貴族領ですね』
「よく知ってるね」
『新しい国に来たら、まずは地理を身に着けないといけませんよ』
「えっと......たしか特産品としてワンチェリーと呼ばれる果実が多く輸出されていることで有名な場所ですよね」
エルフっ子も知ってたのか。意外。
僕が不思議そうに彼女を見ていると、エルフっ子は「帝国に居る時に、次に向かう場所がこの国と聞いて調べました」と言っていた。
めっちゃええ子ですやん。
僕は右手でウズメちゃんの頭を撫でた。奴隷生活の頃はボサボサな髪質だったけど、今は生活環境が大分改善されたおかげで、彼女の白銀色の髪はふんわりとしていて、最高の撫で心地だ。
ウズメちゃんが長く尖った耳をぴくぴくと不規則に揺らして、頬を朱に染める。照れているのだろうか。
「じー」
するとルホスちゃんがそんな僕をジト目で睨んできた。
彼女の頭も撫でようとしたが、羊皮紙を持っている左手がそれを許さなかった。
『ちょっと苗床さん、話の続きがまだですよ。ドララドという傭兵がなぜそこに居るのか記載されていないのですか』
「あ、そうだった」
ルホスちゃんの舌打ちが聞こえてきた気がしたが、気のせいだろう。
またウズメちゃんがドヤ顔をしていた気がしたが、気のせいだろう。
姉者さんはこれを狙った感がある。そういう意地の悪い性格が彼女の特徴だ。
「えっと......ドララドにはコルポギス伯爵の護衛を任せているらしい。一ヶ月くらい」
「護衛? なんで? 命でも狙われているのか、そいつ」
「そいつ、じゃなくて伯爵ね? 頼むよ? 不敬罪とか勘弁して」
『で?』
「うーん、ここに書かれているのは......なんでも南方に厄介なモンスターが現れたらしい。その護衛だって」
『“護衛”......変な話ですね。だったら討伐依頼をするべきでしょう』
「なぜ冒険者には依頼していないのでしょう?」
『傭兵だとすぐに依頼を受けてくれるかどうか決めてくれっからな。冒険者だとその依頼が掲示板に貼り出されてから冒険者が選ぶから、どうしても対応が遅れるんだよ』
「へー。じゃあ、かなり危機的状況なのかな? 討伐よりも護衛を優先するなんて」
「そもそも厄介なモンスターってなんだ」
「そこまでは書いてないな。今回の依頼と直接関係無いからか」
そんな会話をしながら、僕らは軽く身支度をして、コルポギス伯爵領へと向かった。手段は馬車。と言っても、ちょうどコルポギス領へ向かう商人が居たので、お願いして乗せてもらった。
もちろんタダじゃない。その商人が売っている品をいくつか買って、道中の護衛も引き受けるという条件で、僕らを乗せてくれた。
コルポギス領は馬車で一日という距離であった。
「さてと。じゃあ、さっそく伯爵邸に向かおうか」
『何か作戦でも?』
「うーん。正直、作戦といえるレベルじゃないけど、ドララドは伯爵の護衛なんでしょ。その護衛役が今回のターゲットだから、伯爵さんには離れていてもらいたいよね。もしくは大人しく眠ってもらうとか」
「どうやって?」
「ちょっと強引だけど、ルホスちゃんたちには伯爵さんの対応を任せたい」
「え、わ、私たちがですか?」
僕は首肯して、懐から羊皮紙を取り出した。先日、チェルクスさんから渡された物である。これはウズメちゃんに渡しておくか。
「ここにチェルクスさんのサインまである。書かれている内容も、まるで第三者に読まれても、その全容がわかるような説明ばかりだ」
『ほう。苗床さんはこれが証明書代わりになるとでも?』
「うん。なんとかして僕がドララドを惹きつけるから、隙を見て二人はこの紙をコルポギス伯爵に渡してほしい」
ドララドと接触したら、僕はコルポギス伯爵領に出現したと言われる厄介なモンスターを倒しに来た者です、と適当な嘘を吐いて、ドララドと話し合うつもりだ。
なんでもいい。手合わせしてもらうとか、厄介なモンスターについてドララドの見解を個別で聞くとか、忙しい領主のタイミングを見て、ドララドと接触しようと思う。
ドララドだって伯爵の屋敷から離れなければ対応してくれるだろう。警戒しているのはモンスターであって、僕らじゃないはず。
「ここか」
『デカい屋敷だな』
コルポギス伯爵邸に着いた僕らは、さっそく屋敷の門にて、門兵さんたちに声をかけて話を通してもらった。ここに来るまでの道中、特にこれといった出来事もなかった。
順調といえば順調。順調すぎて怖いくらいだ。
でも万が一のことを考えて、ロリっ子共にはドララドが僕よりも強い場合、即撤退してもらって、レベッカさんを頼るように言ってある。おそらくレベッカさんならなんとかしてくれるはずだ。
それにルホスちゃんには帝国皇女ロトルさんの【固有錬成;異形投影】がある。屋敷の人か誰かに変身してもらって有効活用してもらいたい。
やがて屋敷の前に辿り着いた僕らは、使用人と思しきご老人に出迎えられ、そのまま接客室へと案内された。待つこと数十分、お茶をしながら寛いでいたら、この部屋の扉が開かれた。
中に入ってきたのは三人。右に居る人が僕らをここに案内してくれた使用人、真ん中に居る人がこの屋敷の主、そして左に居る人が――。
僕は立って挨拶しようとしたが、それを伯爵さんが手で制して口を開いた。
「遠路遥々このような田舎に来てくれたこと感謝する。私がこの地の領主、フォルト・コルポギスという」
「Dランク冒険者のナエドコです」
僕は冒険者という体でこの地にやってきた。理由は簡単、ドララドが僕がまだ傭兵になっていることを知らないからだ。依頼を受けてから、すぐにここに来たからね。
それよりはコルポギス伯爵が別途、討伐依頼を冒険者ギルドに出していると聞いていたので、それを利用したまでである。伯爵は依頼に対してランク指定までしていなかったので、ランクとか特に気にしていないはずだ。
で、そのフォルト・コルポギス伯爵は痩身な男性だった。貴族服こそ立派だが、すごく痩せ細っている。それに顔色も悪い。生来の体躯だろうか。彼は僕の両脇に居るロリっ子共を目にして、一瞬だけ訝しげな顔つきを見せるが、それもすぐに掻き消える。
僕は伯爵へ向けていた視線をそのまま左へと移す。その視線に気づいたのか、伯爵さんは依頼の話に入る前に紹介から入った。
「この男が気になるかね? 彼は私の用心棒、ドララドだ。<誘惑>の二つ名を持つ」
そう紹介された者は長身で、全身の褐色肌の露出が多い男であった。入れ墨も所々あってイカつい。年齢は三十代半ばといったくらいだろうか。
そんでもってやたらと装飾品が多い。素人目の僕からでもわかるくらい上質なアクセサリーがやけに目立つ。ただの装飾品なのか、それとも魔法具の類かは判断がつかない。
そんな褐色男が、僕らを見下ろしながら口を開いた。
その目には......目に映る者全員を見下すような高慢さが宿っていた。
「D......D......Dかぁ。Dランクなら、あのモンスターに負けても不思議じゃないよね」
「「「『『?』』」」」
彼の声は酷く落ち着いていた。なにやら不穏なことを言っている気がする。僕らが負けてもおかしくない? 何を言っているんだ。
そんなことを考えていたら、ドララドが指をパチンッと鳴らした。
「ま、殺しちゃえばいいか」
その言葉を最後に、僕の意識は暗転するのであった。
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