閑話 あの酒、度数は笑えない

 「あの坊主......<口数ノイズ>は酒に強いみたいだな」


 「みたいねぇ」


 鈴木が傭兵ギルドを立ち去った後、その場に残ったレベッカはワイングラスに口をつけながら、チェルクスの言葉に相槌を打った。


 本日二杯目のワインである。それもかなりの年代物だ。


 レベッカが鈴木の跡を追わなかったのは、チェルクスと少し話すためである。


 「それにしても、チェルクス自らお酒を作るなんて珍しいわね」


 「これでも一応、ここのマスターだ。頼まれたら作る」


 「安い酒は......ね?」


 「まぁな。<初見殺しチェリー・キラー>......ワンチェリーの実から作られる洋酒だ。カクテルにして飲みやくしてやったが、まさか一気に飲み干すとはな」


 「おまけに熟したワンチェリーの果実まで食べたわよ、あの子」


 「......酔ってたか? 最後、やけに上機嫌だったぞ」


 「たぶん酔ってないわね。スー君、毒に対して耐性があるもの」


 「ほう......」


 「アレはどちらかというと、報酬金額に喜んでただけかしら」


 「あんなでか?」


 その言葉に、レベッカは苦笑した。


 「切羽詰まっているのよ」


 「にしても、二つ名持ちの傭兵狩りをあんな報酬額で受けるとはなぁ」


 実は傭兵ギルドではヘマをした傭兵の処罰を行うこと事態は、決して少なくなかった。今回は二つ名持ちだ。それを鈴木の初回の依頼とした。


 報酬額は金貨七十五枚。それを端金と言えるほど、鈴木は貧乏していない。


 「これも減点だな。依頼を受ける身として価値観がなっちゃいねぇ」


 「それはどうかしら? スー君にとって<幻惑>如き、それくらいの見返りで十分ってことかもよ?」


 「<赫蛇>にしては随分と高く買ってるな。そんなにあの坊主は実力があんのか。わかっていると思うが......」


 「もちろん、今回の件では私は介入しないわ。意味が無いもの」


 「ならいい」


 で、と言葉を続けて、チェルクスはどこからか煙草を取り出して咥えた。その先端に火を点ける。煙が風に靡くこともなく、天井へと昇っていった。


 「アレは甘ちゃんか? 聞いてた話より頼りねぇな。とてもじゃないが、あの<四法騎士フォーナイツ>相手に喧嘩売ったとは思えねぇ」


 その言葉を聞いて、周りで酒を飲んでいる傭兵たちも心の中で同意した。事実、鈴木がBランク冒険者パーティーの<爆走の王族キングダム>を圧倒した話は既に出回っている。


 誰もがそれを信じられないと一蹴したいが、<爆走の王族キングダム>が活動中止となっている現状から、その事実を馬鹿にはできない。


 レベッカはチェルクスの言葉を無視して、やや声音を低くして問う。


 「今回の件だけど、<幻惑>のドララドをスー君に任せるってどういう了見かしら?」


 その突き刺すような声に、チェルクスは若干だが冷や汗をかいた。


 「なに、他意はねぇよ。ちゃんと依頼をこなせるか知りたいだけだ」


 「ふーん? なら達成条件を誤魔化した理由は?」


 チェルクスは鈴木にこう言った。


 プロの傭兵である<幻惑>のドララドを殺すか、再起不能にするか、この国から追い出せ、と。


 傭兵ギルドの期待はドララドの殺害だ。


 が、それを敢えて濁して、殺害以外の選択肢をチェルクスは鈴木に与えた。レベッカはそこに引っかかったのである。


 チェルクスは煙草の先端を灰皿の底に押し潰してから答えた。


 「傭兵ってのは、そいつがで価値が決まる」


 「そうね」


 「お前にしたってそうだろ? 俺はお前さんに『<口数ノイズ>のナエドコを傭兵業界に勧誘しろ』と言った。勧誘だ、勧誘。傭兵にしろとは言ってねぇ」


 「あら? モノは受け取り様じゃない」


 「そういうとこだ」


 傭兵の取る売名行為は様々だ。


 ある者は依頼の数をこなして名を広める。ある者はまるで見せつけるかのように、受けた依頼を派手に完遂して実力と共に名を広める。ある者は権力や金を使って手っ取り早く名を広める。


 そしてある者は――。


 レベッカはニタリと笑みを浮かべる。


 「だってスー君を傭兵にしたら、きっと面白いことが起こるもの」


 「そこは『傭兵ギルドに恩を売っておくため』と言えよ」


 チェルクスは溜息と共に、また煙草に火を点けるのであった。

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