第288話 はじめてのおつかい

 「そいつはな、最近色々と有名になってきた奴で、職は坊主と同じ傭兵だ」


 「いえ、傭兵になったつもりないです」


 「まぁ、あっちの方がプロっていう点で言えば、格は違うかもな」


 『こいつ、全然人の話聞かねぇーな』


 禿同。


 現在、僕らはビーチック国の傭兵ギルドにて、そこのマスターさんから直接依頼の話を受けているところだ。


 レベッカさんが金策に困っていた僕に向けてくれた善意だと思っていたが、全然そんなことなかった。


 このおっぱい、僕を傭兵ギルドに勧誘するよう依頼を受けていたのである。くそうくそう。もうこの時点で嫌な予感がしてきたよ。


 「名をドララド」


 「「「「「っ?!」」」」」


 マスターさんの放った人名に、この場に居る僕ら以外の人がざわつき始めた。どうやら聞き耳を立てて聞いていたらしい。やけに静かだったわけだ。


 「お、おい、今、チェルクス。ドララドって言ったか?」


 「まさかあのドララドの処罰をこのガキに任せる気かよ......」


 ドララドって人はよくわからないけど、その人の“処罰”を僕に任せたいわけか。


 チェルクスさんは周りの連中を黙らせるよう、眼光を鋭くして一瞥する。それだけでこの場に居る傭兵たちは静まり返った。こわ。


 「二つ名は<幻惑>。......傭兵がどういう存在か知ってるか?」


 「私がある程度教えたわ」


 と、チェルクスさんの問いに答えてくれたのはレベッカさんだ。彼女はルホスちゃんの隣で呑気にワインを飲んでいる。良いご身分だこと。


 「ならいい。傭兵はナエドコが所属してた冒険者と違って、階級なんてもんはねぇ。実績は“二つ名”と一緒に広まっていくんだ」


 「はぁ」


 「まぁ、要は坊主に依頼したいことは、二つ名持ちの傭兵を殺すか、再起不能にするか、この国から追い出してくれってことだ。報酬は前払いだ。いいな?」


 全くこちらに選択権が無い聞かれ方だ。


 報酬は前払いってことは、この依頼を受けた時点で、僕はこの依頼を完遂させなきゃいけない義務が生じる。


 ダメ元で言うか。


 「おうち帰りたいです」


 「ちなみに敢えて、<幻惑>に関する情報は与えない。坊主が好きなように情報を集めな。これも傭兵として良い経験になるだろうよ。ただ居場所だけは教えてやる」


 「......。」


 「スー君もくどいわねぇ」


 やっぱダメだった。全然こっちの話聞いてくれない。


 僕は疑問に思ったことを口にする。


 「いきなり僕なんかに、そのドララドって人の生殺与奪を任せるってことは罪人ですか?」


 「俺はさっき情報は“与えない”って言ったよな?」


 「それくらいいいじゃないの」


 なにやら眉間にシワを寄せたチェルクスさんだったが、レベッカさんの一言で呆れ顔へと変わる。チェルクスさんは溜息を一つ吐いてから続けた。


 「罪人......というか、犯した罪の証拠がねぇんだよ」


 え、罪無いの? 無いのに殺せって?


 「そいつがやってきたことは傭兵が一番やっちゃいけねぇことだ」


 「というと?」


 「


 やけに低く冷ややかな一言に、僕は思わず声を押し殺してしまった。


 「傭兵ってのは前払いで報酬を受け取ったら死んでも依頼をこなさなきゃいけねぇー稼業だ。が、当然、不釣り合いな難易度だったのか、いざそいつに依頼を任せるとダメダメなことだってある」


 ギルド側にも人選ミスったという非は少なからずあるしな、とチェルクスさんは言いつつ続けた。


 「完遂できなかった任務は、そいつに全額報酬を返上させ、その上で賠償金を払わせるのがルールだ。無論、“名”も落ちる」


 「なのに、その責任を負わなかったのが、ドララドよ」


 と、レベッカさんがワイングラスに視線を落としたまま言った。


 “依頼の抹消”とどう関係があるのかイマイチわからない僕である。


 「依頼主を殺したんだよ、そいつは」


 「......。」


 「依頼ってのは依頼主あってのもんだ。傭兵ギルドは傭兵と依頼主の橋渡し的な存在だ。その上で奴は報酬を前払いで受け取ったにも拘らず、依頼を放棄し、挙げ句、依頼主を殺しやがった」


 「おかげで傭兵ギルドの信頼もガタ落ちよ〜」


 どこか他人事のように語るレベッカさんだが、彼女の声音には少なからず怒気が混じっている気がした。それもそうだろう。自分の稼業に影響していることだ。


 僕には知ったこっちゃないが。


 「そうですか......」


 「ま、実力を測るとは言え、実感が湧きづらいだろ。殺せとは言わねぇよ。ちと傭兵ギルドを手助けする意気込みでいいぞ」


 決してやるとは言ってないのに、この言い様。おそらくギルド的にはドララドを殺してほしいのだろう。


 にしても、ドララドはやっちゃいけないことを知ってるのに、なんで証拠が無いって言うんだろ。権力か金の力で揉み消した的な?


 まぁ、いいや。罪人なら気軽に受けられるな。ちょっと迂闊かもしれないけど。


 『苗床さん、人間一匹狩れば報酬貰えるんですから受けましょ』


 『ま、居場所も教えてくれるって言ってたしな。大した手間じゃないだろ』


 魔族姉妹も同意なようだ。


 僕は眼の前に置かれているカクテルグラスを持って口を付けた。そして中に入っていた青色のお酒っぽい何かを味わうことなく、一気に飲み干す。


 これがお酒......初めて飲むな。料理酒とか飲んだこと無いし。


 味は......すごく爽やかな味だ。なんだこれ。葡萄みたいな甘さあるけど、グレープフルーツみたいな独特な後味が口内に残る。


 あと口の中というか、鼻の穴に果実特有の爽やかさとは別のムワッと感が通ってくな。それに一瞬だけ喉が焼けるように熱い。まぁ、でも......美味しいかも。


 ついでに真っ赤なさくらんぼも飲み込む。種ごと果実を丸呑みしてしまったが、果実に付いていた柄だけは口の中に残しておいた。


 ちなみにだが、依頼の話を聞いた上で、酒を飲むことは傭兵にとって


 レベッカさんは僕の取った行動にクスクスと笑っているが、チェルクスさんは溜息を吐いていた。


 「はぁ......減点だ。あのなぁ、報酬の額を提示されてねぇのに、


 そう言って、チェルクスさんは先程レベッカさんに報酬を渡した時のことのように、カウンターテーブルの裏から麻袋を取り出して、どさりと僕の前に置いた。


 そう、実は僕が先程やってみせたお酒を飲み干す行為は、『依頼を受けますよ』ってことを意味する。


 両手が率先してその中身を確認する。


 『うひょー! 金貨がこんなにあんぞ!』


 『五十......いや、七十枚くらいありそうですね』


 マジか。最高かよ。


 僕はホクホク顔で、先程口の中に残しておいたさくらんぼの柄を、舌を使って結んで空になったグラスの中に放り込んだ。


 「『え、えっち......』」


 「ひ、卑猥です、スズキさん......」


 「わーお。スー君ってキスが美味いのね♡」


 『平たい顔面の黄色人種が何を決め顔でやってるんですか......』


 僕のその行為を目にして、ルホスちゃんとウズメちゃん、妹者さんは頬を赤くして若干引いていた。レベッカさんは誂うような笑みを浮かべている。姉者さんに至っては呆れ顔だ。


 僕は前払いとして報酬を受け取り、席を立つ。


 「で、その人はどこにいるんです?」


 「まぁ、そう焦んな。俺から依頼を出して、奴をこの国に留まらせている」


 そう言って、チェルクスさんは僕に一枚の羊皮紙を渡してきた。なるほど、ドララドの居場所はここに書いてるってことか。


 あ、もう一つ聞いておかないと。


 「あと二つ目の依頼ってなんですか?」


 「ああ、護送案件だ。詳細は一つ目の依頼をこなしてからだ」


 護送? 何のだろ。まぁいいや。んじゃ、とっとと依頼を達成してくるか。


 僕は回れ右して外へ向かう。ロリっ子共が慌てて僕の後ろに付いてきた。


 「あ、ちょ、待て! 我を置いていくな!」


 「ま、待ってください」


 僕は金貨の入った麻袋を片手に、上機嫌のまま傭兵ギルドを後にしたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る