第286話 美女のお誘いは傭兵稼業にて
「どぞ、お茶です」
「ありがと」
現在、僕はビーチック国で借りているとある安宿の一室にて、レベッカさんとお茶をすることになっていた。
彼女は相変わらず、身体のラインがくっきりと出るタイトドレスに身を包んでいて、容赦なくエロい。
“容赦なくエロい”ってすごいワードだな。
ちなみにこの場にはルホスちゃん、ウズメちゃんの姿もある。二人はレベッカさんとあまり面識が無いのか、部屋の隅から彼女を凝視していた。警戒しているとも言える。
そんな警戒心剥き出しなロリっ子共を他所に、レベッカさんは今しがた僕が淹れた茶の香りを楽しんでいた。
「良い香り......。このハーブティー、高かったんじゃない?」
「ああ、それはバートさんから分けてもらったんですよ」
「え? あのバーちゃんが?」
“バーちゃん”。レベッカさんは気に入った人に対して、独特な愛称で呼ぶのだが、バートさんに“バーちゃん”はどうかと思う。
「ええ、まぁ、ダメ元で頼んでみたら......」
「......そう。このハーブティー。たしか北方の国でしか採れない素材を使っているのよ」
「え、そうなんですか?」
「そ。前皇妃の出身地よ。よくロトちゃんが好んで飲んでいたわ」
「......。」
そっか、このハーブティー、ロトルさんの......。おそらく深い意味は無いだろうが感慨深いな。ロトルさん、元気にしているかなぁ。まだ別れてから一週間すら経っていないけど。
「それで、なんでレベッカさんはこの国に?」
「スー君なら次はこの国に来るかな〜って」
「僕に何か用でも?」
「帝国が進軍を取り下げてから色々とバタバタしてたじゃない? スー君と全然ゆっくりできなかったもの」
「は、はぁ。よく僕がこの国に来るとわかりましたね。それにいくら狭い国とは言え、まさかあの店で再会するとは」
「女の勘よ、勘♡」
と、茶目っ気にウインクをしてくる美女。
大人の女性が放つ色気たっぷりな視線に、僕は思わず前屈みになっちゃいそうだ。いかんぞ、息子。自重しなさい。
『スズキ』
「......。」
しかし右手から聞こえてくる普段よりも低く唸るような声に、僕は身の毛が弥立つのを感じた。
レベッカさんはそんな僕を他所に、ハーブティーを啜って問う。
「どう? 元気してた?」
「それなりには。ただ当面の生活費をどうしたものか悩んでいるところです」
「お姉さんが養ってあげる♡」
「え、いいんですか?」
「言っといてなんだけど、少しは恥を知りなさいな」
禿同。でも期待させるようなこと言わないでほしい。
「スズキッ! その女は危険だッ! 早くこの部屋から追い出せ!」
「す、スズキさん、そういう下ひ......ハシタナイ女性とは関わらない方がいいと思います......」
「あら酷い。私、あの子たちに何かしたかしら?」
ロリっ子共の酷い物言いに、レベッカさんは僕にそんな事を聞いてきたが、特に二人からはレベッカさんをどう思っているかなんて聞いたことが無い。
それにしても、エルフっ子が「下品な女性」と言いかけたのは衝撃的だな。
「というか、生活費が足りないって......ロトちゃんから何か貰わなかったの?」
「特にお金になりそうな物は......」
「“お金になりそうな物”......はねぇ」
とレベッカさんは目を細めて僕を見つめてきた。も、もしかしてこの人知ってる?
僕が貰ったのは、ロトルさんのファーストキスである。この世で最も代え難い報酬だ。金とかどれだけ積まれても、美少女とのキスには遠く及ばない。
そんな僕の疑念を払拭するかのように、彼女から驚きの一言が飛んできた。
「責めるつもりはないのだけれど。いくら両国との関係を悪化させなかった英雄とは言え、お城の外で一国のお姫様と淫らな行為に走るのはよくないわよぉ」
「......。」
マジか、バレてんのか。
いやまぁ、人気の無いお城の裏口とは言え、一般人が全く通らない程じゃなかったし......。
「あなたの身分なら問題無いでしょうけど、ロトちゃんにとっては外聞がよろしくないわ。相手が指名手配犯なら尚の事」
「うッ。まさか見られていたとは......」
「ふふ。私の所にもそれなりに情報は集まってくるのよ」
と、維持の悪い笑みを浮かべるレベッカさん。相変わらずサディスティックなお方で......。
ということは、だ。レベッカさんが今日僕に接触してきたのは、ちゃんと情報を握っていたからだ。何か用でもあるのだろうか。
そんな彼女が話題を戻そうと口を開く。
「しばらくは冒険者として活動できないものねぇ」
「何か良い方法はありませんかね......あ」
僕は言葉の途中であることに気づく。
レベッカさんは傭兵だ。それもプロ。
以前、レベッカさんと出会ったとき、魔族姉妹と交わした会話を思い出す――傭兵業界は“金で全てが解決できずとも、保証はできる業界”ということを。
つまりはどんな依頼でも、それなりの実力があれば受けられる。その実力も至ってシンプルで、“異名”があれば証明される。
そして僕には異名がある。
「<屍龍殺し>......」
僕がそう呟くと、レベッカさんはニタリと笑みを浮かべた。
そうだ、この異名が僕の実力を示すものじゃないか。だったら冒険者で稼ぐよりも、傭兵として雇われた方がまだ稼げる。
もちろん、冒険者としての生活は捨てがたい。どっちかって言うと、僕個人としては冒険者としてやっていきたい。なんせ楽しいからね。
でも今はそんなこと言ってられない。金が無いのだ。マジで。
マジで。
「実はね、スー君には先の一件で、また別の異名が付けられたのよ。知っているかしら?」
え? 別の? <屍龍殺し>とは違うの?
あ、そういえば以前、魔族姉妹が付けられる異名は何も一つに限った話じゃないって言ってたな。
そんなことを僕が考えていると、レベッカさんは自身の唇に指を当てて続けた。
「<
「『『......。』』」
なんか思ってたのと違う......。
でも悲しかな。僕の場合、物理的にも口が合計で三つある。僕自身のと魔族姉妹の口でね。無論、その事実を知っている者は極僅かだ。だから偶々名付けられたに過ぎない。
にしても、<
「不服?」
「いや、まぁ、もうちょっと格好良いのがいいなって」
「贅沢ねぇ」
「ちなみに、そういう二つ名ってどこの連中が謳ってるんです?」
「特に決まってないわ。人が集まって話題になれば、そこから生まれるものよ、異名なんて」
「はぁ」
僕のがっかりした様子に、レベッカさんは苦笑しながら続けて語った。
「で、スー君には二つの異名が付けられているわ。それを利用して傭兵になっちゃいましょ♡」
どうやら僕はしばらく冒険者として生活できないみたいだ。
なんかこう、前々から思ってたけど、思ってた異世界ライフと全然違うな。ちくしょう。
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