第285話 とある女傭兵との再会

 「許してくれ! もうしねぇ! あんたらには手を出さねぇ!!」


 先程まで強面だったおっさんが、今となっては苦痛に顔を歪める中年男性と化してしまった。


 涙とか鼻水とか唾液で彼の顔はぐちゃぐちゃだ。悍ましいことこの上ない。


 「いやいや。まだ指八本じゃないですか。人間の身体には指が全部で二十本あるんですよ。知りませんか?」


 「ひぃ!!」


 現在、僕は人気の無い路地裏にて、<爆走の王族キングダム>と交戦していた。というより、今はもう決着がついていて、結果は言うまでもなく僕の圧勝であった。


 当たり前じゃんね。Bランクパーティーかなんか知らんけど、僕にとっちゃゴブリンと大差無いよ。


 もちろん、魔族姉妹の力は借りてない。【固有錬成:力点昇華】と【固有錬成:縮地失跡】、【固有錬成:害転々】だけで制圧できちゃった。


 ちなみにこの場にはロリっ子共は連れてきていない。こんなシーン、食事していた彼女らに見せるわけにもいかない。


 「お、お前、こんなことしてタダで済むと思ってん――」


 「ばッ! よせ!!」


 「えい」


 「あぁぁぁあああ! 足がぁぁぁぁああ!」


 僕は地に転がっている男の足を踏んでへし折った。


 こんな拷問みたいなこと、本当はしたくなかった。したくなかったんだよ、マジで。でも許せなかったんだ。


 『しっかし鈴木も残酷なことするようになったなー』


 『まぁ、大方、この者たちが<四法騎士フォーナイツ>の面々を馬鹿にしたのが気に触ったのでしょう』


 そう、それなんだよ。


 こいつら、僕とやり合う前から散々、<四法騎士フォーナイツ>をバカにしていたんだ。やれ、こんなガキに指名手配するなんて頭がイカれてるだの、王国との戦争を止めたのはこのガキに苦戦して怖気づいたからだの、と......。


 僕はどうでもいいけど、あの時は皆必死だったんだ。ルホスちゃんやウズメちゃん、アーレスさんにレベッカさん、バートさんとロトルさん......皆で頑張ってあの結果を生んだんだ。


 知らないとは言え、馬鹿にしてきたなら思い知らせてやろうと思った訳である。


 『あ、気絶したぞ、こいつ』


 「あれ、順番間違えたかな?」


 『折られていない指がまだ十本以上あったんです。足を折るのはまだ早かったですね』


 ふむ、難しいな。


 まぁ、あと一人居るし。たっぷり恐怖を与えて帰ってもらおう。こいつらが死なない限り、僕が【固有錬成:害転々】で全員の怪我を肩代わりすれば、結果的にはお互い無傷になるんだし。


 「お、お前、なんなんだよ......」


 するとまだ気を失っていない男が、僕を見上げながらそんなことを呟いていた。


 「?」


 「いくらこの国がだからって、ここまで目立つようなことするかよ......」


 ああ、なるほど。


 僕らがこの国を選んだのにはちゃんと理由がある。なにも帝国の隣国だからって理由だけじゃない。


 それはこの男が言った通り、治安が悪いところだ。


 ビーチック国は流通が盛んな国で、その分人の出入りが激しい。中には犯罪者だって居るし、国の許可も無く色んな物が売られているのだ。当初、この国に向かうことを勧められたのは他でもない<巨岩の化身>のミルさんである。


 あの人、僕が指名手配を受けていることを承知の上で、しばらくの間、身を隠すのにこの国が適していることを教えてくれたのだ。


 つまり、だ。この国じゃ割と犯罪行為は日常茶飯事らしい。さっきだってこのBランクパーティは場所を選ばず僕を襲ってきた。


 「何も犯罪をするためにここに来たわけじゃないんですよ。ただこうやって、あんたらに絡まれたら返り討ちにしても咎められないくらいには、でしばらくはゆっくりしたいだけ」


 僕はそう言って、地べたにうつ伏せで這っている男の背中を軽く踏みつけた。徐々に力を込めると、


 「や、やめ――て」


 「あ」


 相手は気を失ってしまった。


 『ちとやりすぎじゃね? クールだけどさ』


 「あ、あはは。ごめん」


 『容赦ない人になっちゃいましたね』


 僕は魔族姉妹に謝りつつ、<爆走の王族キングダム>の面々に【固有錬成:害転々】を使って、奴らが受けたダメージを自身に肩代わりするよう転写した。


 途端、四肢や指があらぬ方向に折れ曲がっていた連中の身体が元通りになる。僕は妹者さんのスキルのおかげで全回復した。


 ふむ、【害転々】って思った以上に拷問向きだな。難点は僕も同じダメージを喰らうことだけど。


 『しっかし鈴木も痛みに慣れてきたなー』


 「そう?」


 『最初の頃と比べたら大分変わったぞ』


 まぁ、うん。あれだけ戦闘経験積んだらね。何度も死にかけたし。


 『それにしても【害転々】は強力なスキルですね』


 「ね。このBランクパーティの人たちのおかげで色々とわかったのは良かった」


 このスキル、めちゃくちゃ面倒なスキルだ。


 まず【固有錬成:害転々】は単発型。それも連続使用可能である。


 ただ発動条件が特殊で、どちらか一方がダメージを喰らわないと発動させられないのだ。で、相打ちなど、お互いダメージを食らった場合は効果が発動しない。んでもって、一度【固有錬成:害転々】を使った対象者には再使用ができない。


 ずっと再使用ができないわけじゃない。相手が【回復魔法】かなんかで“害”を取り除けば、また使えるようになる。


 またレベッカさんの愛用武器の<討神鞭>が言うには、第三者同士の“害”は転写ができるらしいのだが、非常にスキル発動可能範囲が狭い。


 試しに強面おっさんAに僕が攻撃して、その怪我を強面おっさんBに転写させようとしたが、少し離れていたせいか、全然発動しなかった。練度が関係しているのだろうか。


 とまぁ、色々とこれからも検証が必要なスキルである。


 「さて、このおっさんたちの怪我は無くなったし、戻ろうか」


 そう言って、僕は再び食堂に戻ったのであった。



*****



 「あ、スズキ」


 「スズキさんッ!」


 店内に戻ると、食事を続けていたルホスちゃんと、僕の下へ駆け寄ってきたウズメちゃんの姿を目にする。ルホスちゃん、落ち着いてるね......。


 僕が戻ってきたことに驚いているのか、店内はあちこちでざわつき始めている。


 「お、おい。あの坊主、まさか<爆走の王族キングダム>相手に......」


 「マジかよ......」


 「帝国に相手に喧嘩売ったって噂は本当だったのか」


 「しかもアレでしょ、たしかDランク冒険者なのに、<屍龍>を単独で討伐したっていう......」


 「は?! 同一人物ってこと?!」


 「“ナエドコ”なんて名前、そういねぇよ......」


 なにやらこちらにまで内容が聞こえてくるほど騒いでるな。


 仕方ない、店を出るか。


 僕はロリっ子共にそう告げて、席を立ってもらった。


 お店には先の騒動で迷惑をかけてしまったので、支払いに色を付けてテーブルの上に置いた。もちろん、このお金はさっきのBランクパーティーから貰った。


 奪ったんじゃないよ(笑)。


 「スズキ、どうだ? 奴らはかなりお金を持ってたか?」


 「......。」


 たしかに奴らからお金を回収したのは認めるけど、真っ先に僕がそれをしたと確信を持って聞くのはどうかと思う。


 「?! す、スズキさんがそんなことするわけないじゃないですか!」


 『したぞ』


 『ええ、「社会の厳しさを教えてやった分払ってもらうね」って』


 「しないのは馬鹿だ」


 「そ、そんなぁ......」


 ウズメちゃんがなにやら失望をあらわにしてらっしゃる。


 ごめんって。でもほら、五体満足で帰してやったんだから、お金くらいいいじゃん。命よりは安いでしょ。


 そんなことを思いながら店を出ようとした――その時だった。


 「あん♡」


 「っ?!」


 前方不注意だった僕は、外から入店してきた人物とぶつかってしまった。


 しかし僕の顔面はなにやら極上に柔らかい突起物とぶつかったらしく、その弾力で仰け反ってしまう。


 そして瞬間的に漂う香水の匂い。大人の色香というやつだろうか、すごく脳を刺激するエロスを鼻から吸ってしまった気分だ。


 あれ、この香り、どこかで......。


 「ちょっと駄目じゃない。ちゃんと前を見て歩かないと」


 その声に僕は目を見開く。外から吹き込む風に、その人のウェーブがかかったブロンドヘアーが靡いた。


 なんせ目の前に立っているのは――


 「レベッカさん?!」


 「お久ぁ〜」


 <赫蛇>の二つ名を持つプロの女傭兵、レベッカさんだ。

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