第283話 ビーチック国到着

 『おおー! ここがビーチックか!』


 口にするのが憚られる国名だ。


 現在、入国受付時間ギリギリで入国できた僕らは、帝国の隣国であるビーチック国の中央都市に到着した。


 ビーチック国は国と呼んで良いのか怪しいほど小国である。他国からの輸入に頼り切りな面が多いらしく、そのせいで小規模ながらも流通が盛んなのだとか。


 今だって夜だと言うのに、街は大通りの脇に屋台店が点在していて、人で賑わっている。


 色々と興味が湧く雰囲気の国だが、今日はまず宿を探さないといけない。この国に来るまでの道中、大した距離では無かったし、疲れはそこまでじゃない。が、日はとっくに暮れているので、まずは落ち着きたいものだ。


 そんなことを考えていたら、僕の隣を歩くウズメちゃんが口を開いた。


 「それにしても、スズキさんは指名手配の身なのに、普通に身分証を提示したら入国できましたね。門番の人は驚かれてしましたが」


 「ああー、まぁね」


 『アレは帝国が勝手に決めたことですしね。他国が表立って捕まえようとはしませんよ』


 『ま、懸賞金狙ってる奴は話は別だがな』


 などと、考えたくなかった事実を妹者さんから聞かされ、僕は溜息を吐くしか無かった。


 まさか異世界に来て、闇組織からは金貨三百枚の懸賞金がかけられ、帝国からは白銀貨一枚の懸賞金がかけられるとは。


 なんだよ、白銀貨って。いや、わかるよ。ラノベ知識的にもさ。魔族姉妹に確認したら、金貨千枚に相当する硬貨らしい。


 表向きの指名手配になんつう価値を付けてんのさ。


 「とりあえず、まずは宿を探そうか」


 「あ、スズキ、我はあの串焼きを食べたい!」


 「はいはい」


 僕らはルホスちゃんが指差す露店に赴き、串焼きを十本程購入した。払った額は銀貨一枚。日本円にして大体千円くらい。焼き鳥みたいだな。ボリュームはかなりあるけど。


 僕は支払った際に、男性の店主にこの国について軽く聞くことにした。


 「あの、宿を探しているのですが、できるだけ安い宿はこの辺にありますかね?」


 「ん? ああ、それならこの先の道をしばらく歩いて、右側に“コザネ”って安宿があんぞ。部屋数はそこそこあっから、今から行っても大丈夫なはずだ」


 「ありがとうございます」


 「あんちゃん旅人か?」


 「ええ、まぁ、はい」


 「そうかそうか。小せえ国だが、それなりに賑わってる国だ。楽しんできな!」


 と、ニカッと白い歯を見せる店主の笑顔が眩しい。


 ついでに冒険者ギルドの場所なども聞いて、僕らは安宿“コザネ”へ向かうことにした。


 結論的には部屋を借りることはできた。一部屋だけね。金が無いからって理由だ。他意は無い。


 なのにルホスちゃんが、「スズキは我と一緒に寝たいのだな、仕方ない奴め」とか言ってきたので、僕は彼女の頭を引っ叩かずには居られなかった。


 誰のせいで金が無いと思ってるのかな。さっきの串焼きだって、君が半分以上食べてたんだからね。おかげで僕とウズメちゃんで一本しか食べられなかったよ。残りは魔族姉妹だったし。


 ちなみにウズメちゃんはエルフだが、肉とか魚を普通に食べるらしい。エルフだから果物だけ食べる的な不思議文化はこの世界に無いみたいだ。


 あ、エルフのことで思い出した。


 「ウズメちゃん、エルフの里に帰りたい?」


 「っ?!」


 部屋に辿り着いて、荷解きをしながら彼女に問うと、ウズメちゃんは酷く驚いた様子で僕のことを見ていた。


 「な、なぜ......ですか? もしかして、私が側に居ては邪魔でしょうか」


 急激に顔を真っ青にして聞く彼女が、尋常じゃなかったので、僕はすぐさま言葉を選んで返した。


 「い、いやいや、そんなことないよ。ほら、君は奴隷にされたわけじゃん? でも今は僕が側にいれば、一応は自由な行動が許されているみたいだし、故郷に帰りたいとか思ってないかなって」


 僕がそう早口に言うと、彼女は小さな口をキュッと結んでしまった。それから静かに口を開く。


 「あまり帰りたいとは......思ってません。故郷は......まだあると思いますが」


 「え?」


 故郷は残っているのに、帰りたくない?


 というか、今思ったんだが、エルフっ子の故郷は奴隷商に滅ぼされていない認識で合ってるよね。迂闊にも話題にしてしまったから、配慮に欠けてしまった。


 が、エルフっ子が言った通り、おそらくエルフっ子のみが攫われた感じだろう。


 「私の里は......私を見捨てました」


 見捨てた? ウズメちゃんを?


 暗い表情で語り出したウズメちゃんに、妹者さんが言及する。


 『どーゆーこった?』


 「......私が山菜を取りに、里から離れた日の出来事でした。当時、収穫したかった山菜が里の付近で取れなかった私は、いつもより遠くの場所まで探索範囲を広げていたんです。そしたら偶然、エルフの里を探しに来ていた人間たちと遭遇してしまいました」


 『それが奴隷商の連中だったってことか』


 「おそらく......。特に戦闘経験の無い私は、すぐに里へ引き返しました。奴隷商たちは私をすぐに捕まえなかったのは......きっと私がエルフの里に辿り着くのを待っていたんだと思います」


 『定石ですね。獲物は一匹よりも多く捕まえようとするのは狩りの基本です』


 狩りの基本、そんな姉者さんの物言いに、僕は責めようと思ってしまったが、この世が弱肉強食の世界なのは身をもって体験してきたことだ。上っ面なことは言えないので、聞き逃すことにした。


 「里はそんな奴隷商たちの思惑に気づいたのでしょう。普段は里の場所を隠すために使う【幻影魔法】をエルフ族以外の者だけではなく、私にもかけました」


 【幻影魔法】とは、魔族姉妹から聞いた話では、対象者に視認されないよう認識阻害を行使する魔法らしい。


 それを使えば、奴隷商たちはエルフの里を簡単に見つけることはできない。


 が、当時は奴隷商の連中だけではなく、ウズメちゃんにも使ったのだと、彼女は語ったのだ。


 【幻影魔法】の効果範囲や制限なんて僕は知らないから、ウズメちゃん以外の者にかけるなんて器用なことができなかったのかもしれない。だから仕方なかった事態に陥ったのだろう。


 それでも......ウズメちゃんが苦しんだのは事実だ。


 「そうだったんだね......」


 「里にとってもクジューの決断だったかもしれないだろ。今行ったら、再会を喜んでくれるかもしれないじゃん」


 するとルホスちゃんがそんなことを言い始めた。


 「かも......しれません」


 「なら――」


 「でも、私は一度捕まってしまった身。人間の手に落ちた事実は、きっと里として受け入れてくれないでしょう。......里に行っても拒絶されます」


 「......。」


 ウズメちゃんがその言葉を最後に、自身の肩を抱きしめるようにして震え始めた。


 僕はそんなウズメちゃんの下へ行き、彼女の頭に手を乗せて言った。


 「ごめん、辛いこと思い出させちゃったね。じゃあ故郷に戻るはやめようか」


 「......ごめんなさい」


 「謝る必要は無いよ。......さ、何か美味しい物でも食べて気晴らしでもしようか。何食べたい?」


 「我は......今は特に無いから、ウズメに任せる」


 「え......あ............では、ワフーパスタが食べたいです。キノコ入っているアレです」


 え、和風ワフーって僕が作るってことだよね? いいの? いやまぁご所望なら作るけど。


 ということで、僕らは買い出しをした後、キッチン付きの安宿にて晩ご飯を作り、食卓を囲んだのであった。



********

〜ルホスの視点〜

********



 その日の晩、私はスズキが寝静まったことを確認して、スズキの寝台に忍び込もうとした。


 が、


 「すぅ......すぅ......」


 「......。」


 すでに先約が居た。


 ウズメだ。この変態エルフ、スズキが寝る前から「添い寝したいです」とか言って、スズキから許可を貰っているのだ。


 なんて図々しいエルフ......。スズキに頼めば何でもシてくれるって思ってる節がこいつにはある。


 しかも二人とも無意識なのか、すごく密着してるし、抱き合ってる場面も何度も見た。


 このズウズウエルフめ! スズキもスズキだ! 頼まれたらすぐにオーケーするってなんなの!


 「ズルい......」


 『んだ、ガキ。今日もスズキと添い寝か?』


 すると妹者も起きてたのか、二人を起こさないように私に声を掛けてきた。姉者も起きていたらしく、妹者に続いて私に言う。


 『結局、あなたも朝まで寝てるから苗床さんにバレるわけですし、いっそのこと前日のうちに言えばいいじゃないですか。エルフの子のように「一緒に寝たい」って』


 「で、できるか」


 『んじゃ一人で寝てろ。元々シングルサイズのベッドなんだから狭ぇーしよ』


 「ぐ、ぐぬぬ」


 私が唸っていると、


 「んん......るほ、すちゃ......あったか......い」


 「っ?!」


 スズキが寝言で私の名前を呼んでいた。


 私が温いのか? スズキの夢の中に私が出てきてるの? というか、お前が今抱きしめてるの、ウズメだぞ。


 「......。」


 『この男のこの発言、完全にアウトじゃないですか』


 『アウトだな。道を違える前に去勢するしかねぇー』


 なんて魔族姉妹の会話を他所に、私はスズキの寝台に侵入した。


 『おい』


 「う、うるさい。今晩は寒いからくっつくだけだ」 


 『ほんっと甘えん坊ですね』


 我を子供扱いするな!とは、口が裂けても言えなかった私であった。

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