第280話 護衛役、解任

 「失礼します」


 女執事バートさんが部屋の扉をノックする音が聞こえ、入室する。僕は配膳カートの中で三角座りをしていた。キャスターが転がる音が尻に伝わってくる。


 もうこの運ばれ方には慣れたけど、今回、僕が運ばれた先は――皇帝さんの執務室だ。


 「お連れ致しました」


 「ご苦労」


 バートさんの短い言葉の次に、皇帝さんが労いの言葉を掛けた。バートさんが配膳カートの上の段を軽く小突いて、僕に合図を送る。出てこいということだろう。


 『なんか嫌な予感すんな』


 『ですねー』


 魔族姉妹の呑気な会話を他所に、僕は配膳カートから出た。


 皇帝さんの執務室にて配膳カートの中から現れる光景はなんてシュールなんだろうか。


 よっこらせと立ち上がると、この場に居るメンツを見て驚愕する。


 皇帝さんの後ろには皇女さんが控えており、また壁際には<四法騎士フォーナイツ>の面々が居る。


 全員だ。ムムンさん、ミルさん、マリさんにシバさんと全員居る。執事服を着ているムムンさん以外の人は騎士服を身に着けているな。皆さん、お元気そうでなにより。


 でもなんでだろう。皇女さん以外の人から奇抜なものでも見るかのような視線を向けられている気がする。


 それに皇女さんが明後日の方向を向いて、全力で白を切っている感じがするし。


 え、なに、僕は呼ばれてここに来たんですけど。


 「お主、なぜまだこの城におる......」


 「え゛」


 皇帝さんの言葉に、僕は思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。


 挨拶とか先にすることあるんじゃないと思ったけど、どうやらそんなことしている場合じゃないらしい。


 僕は皇女さんを見やった。


 彼女は相変わらず明後日の方向を見ている。


 おい。


 「なぜ、と言われましても......」


 「はぁ......ロトル」


 なにやら察しがついたのか、皇帝さんがジト目になって皇女さんを捉えた。皇女さんは落ち着かない様子で語る。


 「え、えっと、その、ほら、マイケルは私の護衛じゃない?」


 「今は指名手配犯だ。表向きでもな」


 「あ、あはは」


 「はぁ」


 皇帝さんの溜息が深いのなんの。


 おそらくだが、皇女さん、僕をこの城に置いているの、皇帝さんに黙ってたな。


 『さすがに無理があんだろ......』


 『まるでどっかで拾ってきた野良猫を親に隠して飼おうとする子供みたいですね』


 僕は野良猫じゃないよ。戦争を止めた英雄だよ。


 皇帝さんが何やら諦めがついた感じで口を開いた。


 「まぁよい。いや、良くはないが。して、ナエドコよ、今日ここに呼んだのは、お主の今後について話しておきたいことがあるからだ。しかしその前に......」


 と、真面目な話に入ろうとする前に、皇帝さんが椅子から立ち上がって、頭を下げた。


 その光景に僕は目を見開く。


 「この一度だけだ。皇帝の立場にいる余が頭を下げるのは。......此度の件、余の完敗だ。踏み止まれたのは、お主の活躍が大きい。あのまま復讐に身を費やしていたら......もう愛娘の顔すら見ることもできなかっただろう」


 「陛下......」


 <四法騎士フォーナイツ>の面々も頭を下げていることに気づく。


 意外なことに、ムムンさんも皇帝さんに倣って頭を下げていた。この国のトップが僕なんかに頭を下げていることに唖然としてしまったが、僕は即座に頭を上げてもらうことにした。


 ムムンさんから舌打ちが聞こえた気がしたが、たぶん気のせいだろう。ミルさんから肘打ちを食らってたが、気のせいに違いない。うん。


 とりあえず、こちらも少しくらい誠意を見せないと。


 そう思った僕は頭を下げようとしたが、


 『鈴木、頭下げんなよ』


 え?


 『一国の王が何の爵位も権力も持たない者に頭を下げたんです。同じ行為をすることは恥と思いなさい』


 『同時に誇れ。てめぇが頭下げさせたんだ。経緯はどうあれ、今この瞬間、鈴木は対等の存在と認められたんだからよ』


 魔族姉妹にいつにもなく低い声で言われ、僕は頭を下げること止めた。


 あまりこっちの世界のマナーとかはわからないけど、ここは二人の言う通りにしよう。たしかにここで僕が頭を下げるのは、なんか違う気がする。


 そして話題は変わった。


 「お主にはいくつか選択肢がある。ミル」


 「はッ」


 皇帝さんがミルさんの名を呼んだことで、説明をミルさんから聞かされることになった。


 「ナエドコ、貴様には三つの選択肢がある。うち一つは、我々としては既に選んでいたと思ったが......こうしてまた会えたことを嬉しく思う」


 と、強面のミルさんが苦笑して言葉を濁した。


 おそらくその選択肢のうち一つは、僕が出国することだ。皇帝さんたちは今日まで、僕がその選択肢を選んだと思い込んでいたが、まさかのまだこの城に残っていたという事実。


 再会を素直に喜んで良いのかわらかない、といった顔をする面々だ。


 報酬貰ってないから出国できませんでしたよ......。すみません、ほんと生活苦しいんです。


 ミルさんが説明を続けた。


 「一つ目、我が国の貴族になること。爵位諸々は追って決定するが......どうだ? 生活に不自由しないくらいには、裕福な暮らしができると思うぞ」


 『却下だ、却下。あたしらの目的からして、一国に留まんのは論外』


 『ええ。目的を果たしたら、苗床さんの自由ですけど』


 とのことなので、僕は丁重にお断りさせていただいた。


 この答えを察していたのか、ミルさんが続きを言う。


 「二つ目、このままロトル殿下の護衛役を担ってくれないだろうか?」 


 「......。」


 “担ってくれないだろうか?”


 その言葉はもはや選択肢ではない。ミルさんの......いや、もしかしたらこの場に居る全員の望みなのかもしれない。


 見れば、皇女さんはドレスがシワになるくらい握り締めていた。その震える手が彼女の緊張を物語っている。


 他の誰でもない。皇女さんが側に居てほしいと願っているんだ。......それくらいわかる。


 でも、


 「申し訳ありません」


 僕は頭を下げて意を示した。


 ミルさんから残念そうな声が聞こえてきたので、頭を上げて彼と目を合わせた。


 「......理由を聞いてもいいか?」


 「僕にはまだやることがあります。その目的を果たすまで、僕は進み続けないといけない」


 そうはっきりと言うと、ミルさんは皇女さんを尻目に、困ったような顔つきになった。


 皇女さんは......俯いているので、表情は陰っていて見えない。見えないけど、たぶん......。


 「では必然と三つ目か」


 すると皇帝さんがミルさんに代わって話を続けた。


 僕が選べる選択肢は三つ。もう他二つは蹴ってしまったんだ。残り一つに決まりだろう。


 さて、こちらの予想している三つ目と、相手が提示してくる三つ目は果たして同じだろうか。


 まさかここにきて、指名手配犯だから牢屋行きね、的な展開にはならないよね。......さすがに無いか。空気読も。


 そもそも一番最初に『既にうち一つの選択肢を選んだと思った』とか言ってたし。


 「はい、お世話になりました」


 数日前まで戦っていた人たち相手に、僕は深々と頭を下げたのであった。

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