第279話 束縛する皇女

 「なんなの! 皆して同じことばっか聞いてきて! 終いには『殿下はあの平たい顔の冒険者に唆されていたのですね、お気の毒に』って言うの!」


 もしかして、もしかしなくても、“平たい顔の冒険者”とは僕のことだろうか。僕のことだろうなぁ。


 現在、僕は晴天の下、帝国城にある皇女の部屋のバルコニーにて、部屋の主を宥めていた。


 皇女さんは入室するや否や、僕の胸に飛び込んできて、次々と愚痴を垂れ流している。今の彼女は多方面から事情聴取を受けているらしい。


 アレだ、帝国も貴族社会の根が深いから、各派閥毎に直接聴取されているのだろう。この城に王国側の騎士が、それも<三王核ハーツ>が二人も侵入してきたんだ。


 皇帝の一人娘とは言え、責任能力を問われる日々を送るのは相当なストレスだろう。


 「「......。」」


 そんな皇女さんは隙を見てはこうして自室に戻ってきて、僕に愚痴を垂れ流しているのだが......ルホスちゃんとウズメちゃんの視線がイタい。


 二人とも少し離れた所に立って、冷ややかな視線を皇女さんに向けている。事情が事情なだけに、強く当たれない感じが少女たちから見受けられた。


 僕は苦笑しながら、皇女さんの肩を掴んだ。


 「ま、まぁまぁ。仮とは言え、帝国は平和の道を選んだのです。しばらく大変かもしれませんが、頑張りましょう」


 『すげぇー他人事』


 『まぁ、他人事ですからね』


 他人事だからね......。


 何度も言うが、僕はもう役目を終えたんだ。


 ちなみにあの激戦の後、アーレスさんは僕を置いて秒で帰国し、レベッカさんもどこかへ旅立ってしまった。なんなの二人。ちょっと薄情すぎない?


 僕も名残惜しいけど、すぐにお暇しようとしたよ? でも駄目だった。成り行きか、何故かこうして皇女さんの部屋に居る。


 てか、軟禁......いや、監禁されてる。


 皇女さんに束縛されている。


 「......して」


 「え?」


 「撫でで......頭」


 「......。」


 んでもって、なぜか僕は彼女の癒やされペットよろしく、こんなことを所望されている。ここ数日こんな感じだ。


 ロトルさん、こんなべったり甘えてくる子だったっけ?


 『ま、またかよ......』


 『正直、ツンデレ系ヒロインと感じてましたが、こうも甘えてくるとは......。見誤りました』


 「あ、あの女、ガキか......」


 「る、ルホスさん......」


 魔族姉妹はともかく、向こうにいるロリっ子共がドン引きしてますよ、皇女さん。


 バートさんも見てられないと言わんばかりに、溜息を吐いていた。


 僕は致し方なく皇女さんの頭を撫でる。さらさらの金色に輝く髪はふんわりしていて、撫でているこちらも心地よいが、居た堪れない。


 あのロリ共もそうだけど、僕なんかに撫でられて何が良いのだろうか。


 平たい顔の冒険者だぞ。ぐすん。


 「ふぅ。少し元気が出たわ、ありがと」


 「そうですか。ではロトルさん、今後の話がしたいのですが――」


 「あ、今日はたぶん夕食前には戻ってこれると思うから、ここで大人しくしてなさい」


 「いや――」


 「バート、マイケルをしっかりと見張っててね」


 「......。」


 「は、はい」


 皇女さんはそう言い残して、この部屋を後にした。


 おわかりだろうか。そう、皇女さん、僕を全く解放してくれないのである。ここ数日間、この部屋に僕を押し留めているのだ。


 もちろん、トイレとか湯浴み、就寝時以外はここに居るって意味だ。食事とか全部ここで済ませてるし。


指名手配犯だから迂闊に城内を歩けないのが辛い。ちなみにこの部屋から出る際は、女執事のバートさんを頼っている。


 下手に出回れないから、彼女が給仕用の配膳カートで僕を運んでくれているのだ。もちろん上から布を被せて、周りからは見えないようにして、である。


それも僕だけじゃなく、ルホスちゃんやウズメちゃんにも同じことを。


 皇女さんの【固有錬成:異形投影】で誰かに化けられる手段もあるけど、有効時間が数分と短い上に回数制限もあるから多用できない。


 おかげでバートさんのストレスも溜まりまくり。


 僕は帝国をおさらばしたい。


 バートさんもこいつら早く出てけと思ってる。


 でも皇女さんがそれを許さない。


 「スズキ、もういっそこの城から抜け出すか?」


 『だなー。こんな生活続くなら堪ったもんじゃないぞ』


 「うーん、でもアレを期待しているんだよねー」


 「アレって何でしょうか?」


 『あのお姫様にエッチな期待でもしているんですか?』


 「「『え゛』」」


 妹者さんとロリ共が間の抜けた声を漏らすが、僕は即座に否定に走る。


 「違うよ。報酬だよ、報酬。僕は王国との戦争を止めるために活躍したんだよ? 既に出国したレベッカさんだって報酬貰ったんだ。僕だって貰えるでしょ」


 『な、なんだ。そっちか』


 「ほッ」


 「え、エッチな行為は禁止です......」


 『ああ、たしかに。それは期待できそうですね』


 でしょ?


 しばらくして、野暮用なのか、この部屋にいなかったバートさんが戻ってきて、配膳カートを僕の方へと運んできた。キャスター付きだから、ゴロゴロとカーペットの上を転がる音がやけに響く。


 「乗れ」


 「? まだお手洗いは大丈夫ですけど。あ、ルホスちゃんかウズメちゃんかな?」


 『うわ、デリカシー皆無ですよ、この男』


 「い、いえ、違います」


 「っ?! わ、我じゃない! というか、我はトイレしない!」


 何その一昔前のアイドルみたいな発言。


 デリカシー無かったのは悪かったけどさ。


 しかし二人とも違うのならば、誰が配膳カートに乗らないといけないのだろうか。


 するとバートさんは苛立ちながら僕に指差す。


 「陛下がお呼びだ!!」


 え、ええー。

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