第278話 国家規模の指名手配犯

 「おま、さっきからスズキの膝の上にずっと乗ってんだろ!!」


 「す、すみません、でも定位置なので」


 「定位置なわけあるかッ!!」


 「ひゃう?!」


 現在、僕は帝国城の皇女さんの部屋にあるバルコニーにて、日向ぼっこをしていた。女執事のバートさんが茶を淹れてくれたので、それを呑気にも啜っているのである。


 で、僕の膝の上に座っているウズメちゃんを退かそうと、ルホスちゃんが彼女の耳を引っ張っていた。


 乱暴はやめてよ。茶が溢れてしまうじゃないか。


 あつッ。ほら、手にかかった。


 『あちッ』


 『火属性魔法に長けた妹者でも熱いと思うことあるんですね』


 『ったりめーよ』


 妹者さんもダメージを食らった模様。


 てか、これなんか独特の味がするな。ハーブティーてやつかな。前居た世界ではあまり慣れ親しんだ味じゃないからか、やけに違和感がある。


 でもこの後味といい、鼻の奥をすぅーっと抜ける香りといい、すごくいいな、これ。バートさんに言って、貰えないか聞いてみよ。


 そう思って、僕は近くに控えているバートに声をかけた。


 「バートさん、このハーブティー? 良い香りですね。少し分けてもらえませんか?」


 「......。」


 「バートさん?」


 あれ、女執事さんの名前を呼んでも反応してくれない。


 どうしたんだろ。


 しかしそんな僕の疑問を他所に、バートさんが口を開いた。


 「き、貴様、いったい何をしている......」


 「え?」


 「『え?』じゃない。ナエドコ、貴様は今自分がどういう状況に置かれているかわかっているのか?」


 ああ、か。


 僕はハーブティーを飲み干して、カチャッと静かな音を立てながら、満面の笑みを作った。


 そして目尻に涙を浮かべる。


 「もちろん、わかってますよ」


 「そ、そうか。なのに、なぜ呑気に茶を啜ってるんだ」


 そう、僕はなんと国家規模の指名手配犯になってしまったのだ。


 なんだよ、国家規模って。



******



 結論から言おう。


 帝国は王国へ戦争を仕掛けることを止めた。


 以上。


 宣戦布告とかしたし、軍だって動かしたけど、に陥ったため、帝国側としては致し方なく軍を一旦退いた感じ。


 まぁ、それでも大国同士なだけにしばらくはピリつくと思うけど、なんとか無事、戦争は勃発しなくなった。


 僕にとっては激戦だったんだけど、数日経った今は呑気にも平和な日常を過ごしている。


 で、帝国がまともに戦争できなくなった状態とは、以下の理由から判断された。


 「耳は......ひ、引っ張らないでくだ、ひゃい」


 「うお?! お前、耳を引っ張ったら、オーラがピンク色になったぞ?! 発情してんのか?! 耳を引っ張られて?!」


 「し、ししししししてません!!」


 眼の前のロリたちが喧しい。


 まず一つ、帝国軍本隊の総指揮を担う皇帝さんの命が狙われたこと。その際に<四法騎士フォーナイツ>がほぼ全滅しかけたことだ。


 帝国軍には王国軍を滅ぼすためにヤバい数の軍隊、ヤバい兵器を揃えてたけど、結局は主力部隊が壊滅寸前までやられたから断念せざるを得なかった。


 王国との戦争を始める前から絶望的な戦力ダウンを食らったんだ。仕方ない。


 まぁ、その“何者か”ってのは、僕らのことなんだけどね。


 「嘘だッ! オーラが赤になった! この変態エルフがッ! スズキの上からさっさと退けッ!!」


 「うぅ......耳は弱いんですよ......あと退きたくないです」


 「退けよッ!!」


 で、次の理由は帝国軍前線部隊の足止め。それを成したのは僕......というより妹者さんによる力技だ。


 【紅焔魔法:國改メ】。あれ、マジでヤバかった。何がヤバかったのかというと、帝国軍前線部隊が所持していた<特級殲滅兵器:ミリオンレイ>が、【雷槍】の雨を降らしてきたんだけど、全部着弾する寸前で燃やし尽くした。


 その後も色々と炎の壁に叩き込まれたんだけど、全て意味が無かった。


 そんでもってその【紅焔魔法:國改メ】は向こうしばらくは消えずに維持されるのだと。


 『【紅焔魔法:國改メ】って、今のあなたならどれくらい保ちますか?』


 『んー。全盛期なら数年は保ったが、今のあーしだと保って半年だろーなー』


 とのこと。マジか、あの環境破壊にも等しい炎の壁、半年もあのままなのか。ちょっと迂闊だったな。


 そんな壁が現れてしまったのだから、帝国軍はシルマジ渓谷を越えることができず、しばらくその場で待機せざるを得なくなった。


 迂回するにしても時間がかかり過ぎてしまったり、仮にその行為を取ったとしても迂回している途中で壁が消えてしまったら、軍として隙を見せてしまうことになる。


 結局は本隊から受けた皇帝さんの指示により全軍後退が命じられ、大人しく帝国へ帰還することになったのである。


 まぁ、あのまま部隊を維持してたら物資が不足するもんな。


 そんでもって皇帝さんは皇女さんの説得により、王国に戦争を仕掛けることを断念した。


 その表明までには色々とあったけど、結果的に帝国は軍を引き下げ、解体にまで事を運ぶことを決めた模様。さっきも言ったけど、維持費が馬鹿にならないからね。


 戦争勃発を見事防ぎ、死者ゼロ、被害ゼロ(ちょっとお城周辺が破壊されたけど)という快挙を成し遂げることができた。


 これにて一件落着......んなわけないのが、僕の異世界ライフである。


 「指名手配を取り下げることってできません?」


 「な、ナエドコの首があれば......」


 「......。」


 『しっかしひでー話だよなー』


 『全くです。戦争を防げたのは他ならぬ私たちの存在が大きかったのに、まさか指名手配犯扱いされるなんて』


 そうそれ、それだよ。


 なんで僕が指名手配犯なの?


 でも悲しきかな。そんな扱いを受けても納得しなければならないのが世間体ってもんだ。


 ちなみのこの指名手配犯は表向きである。当然だよね。じゃなきゃこんなとこで呑気に茶を啜ってない。誰だって皇女さんの部屋で、指名手配犯が寛いでいるなんて想像もしないだろう。


 筋書きはこう。


 皇帝さんが何者かによって襲撃を受けた。その者は皇女さんの護衛役を担い、お城に潜伏した。そして戦争当日、皇帝さんを襲ったことで、その正体が明らかになる。


 曰く、ナエドコは王国が放った刺客だと。


 帝国近隣で<屍龍>を召喚し、自ら討伐してナエドコは名を揚げた。その後、皇女を利用し、皇帝の命を狙うが、<四法騎士フォーナイツ>の面々と戦うも力及ばず渋々撤退。


 その際、ナエドコの下僕、赤髪の女とレベッカさんが時間稼ぎをしたことも目立った原因だ。後者はともかく、前者は少し調査を入れたら、<三王核ハーツ>の一人、<狂乱の騎士>のアーレスと判明したのである。


 またレベッカさんを救出する際に、王国騎士団総隊長のタフティスさんの姿も城内で目撃されたことから、この侵入は王国が入念に企てられた陰謀と結論付けられた。


 尤も、そのタフティスさんの正体は、ルホスちゃんが【固有錬成:異形投影】で化けたからなんだけどね。本人は王国に居るし。


 で、<四法騎士フォーナイツ>は襲撃も受けたことから、帝国城内で王国側が好き勝手できる、というあってはならない事態が発覚したため戦争は一時中断し、内部調査及び体制の整理で帝国上層部は大忙しというわけだ。


 まぁ、先も述べたように、これらは全て表向きで、ここから皇女さんを筆頭に真犯人は王国側ではなく別の組織が介入していることを、時間をかけて証明していくらしいのだが......それはこれから先の話だ。


 『ま、ここに居ることが許可されているくらいには、認められてるってこった』


 『よかったですね? 本隊を止めるためとはいえ、皇帝の命を狙った事実は変わらないのに見逃されて』


 「あ、あはは......」


 思わず乾いた笑い声が漏れてしまう。


 表向きの悪役として仕立て上げられた僕だが、もちろん事情を知る者は居る。


 まず皇女さんと皇帝さん。前者は言わずもがな。後者も王国との戦争を踏み止まったんだ。必然と今回の一件で一役買った僕を抹殺はできない。確信は持てないけど、皇女さんの父親だし、不義理なことはできないはずである。


 無論、皇族直属の護衛騎士である<四法騎士フォーナイツ>も周知している。


 「そ、そもそもルホスさんは昨晩、スズキさんと寝てたじゃないですか。独り占めしていましたよね」


 「し、してない! アレは我が寝ていたベッドにスズキが入ってきただけだ!」


 ちょ、人を犯罪者にしないでくれる?


 僕はそんなロリたちを他所に、思考を続けた。


 えっと......あとは一時期、隠れ蓑としてお世話になったクリファ・マーギンス辺境伯とそのご息女、ロティアさんも同じく事情を知っている身だ。


 なので今回の騒動の実態を知っている人は、両手の指の数も居ないほどになる。


 「では今晩は私が添い寝します」


 「なッ。おま、後から入ってきて図々しいぞ! ズウズウエルフッ!!」


 “ズウズウエルフ”ってなに。


 で、そもそも王国側のスパイが入ってきてしまったのは、皇女さんにその原因の一端があるのでは無いかと詰められ、責任という面で彼女はしばらくの間、微罪処分を受ける羽目になった。


 形だけで言えば、書類送検っぽいけど、その内容はそこまで重くないらしい。軽い事情聴取程度とのことで、まぁ、うん、頑張ってくださいという感じだ。


 ということで、僕は見事役目を果たしたわけだが......。


 バンッ!!


 突如、この部屋の扉が乱暴に開けられ、皇女さんが入ってきた。


 「あ、ロトルさん」


 「......。」


 ズカズカと入ってきた皇女さんは、美しい金髪を揺らしながら、バルコニーに居る僕の下へ向かってきた。


 その剣呑な雰囲気に気圧されて、ルホスちゃんとウズメちゃんが僕から離れる。


 そしてそのまま――ロトルさんは膝を折って、僕の胸に飛び込んできた。


 「ろ、ロトルさ――」


 「もう嫌ッ! この国出たい!! 私をどっかに連れてって!!」


 「......。」


 そう、これが、僕がこの城から抜け出せない理由である。

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