第275話 はは、お手上げだ

 「総隊長!」


 帝国軍前線部隊の総指揮官を担うオーディー・バルトクトの下に、一人の伝令兵が駆け寄ってきた。


 前線部隊は戦場と化す予定地点はまだ少し先で、今は王国と帝国のほぼ中間地点であるシルマジ渓谷の区域に入る手前の場所に居る。


 そのため現段階で尋常じゃない様子の伝令兵が来ることは異常事態を示している。オーディーは溜息を吐いて応じた。


 (まぁ、見当はつくけど)


 「何事?」


 「前方約二千クード先、<四法騎士フォーナイツ>のシバと思しき人物を発見いたしました! シルマジ渓谷上空にて、何やら待ち構えている模様です!」


 「ああー、やっぱり」


 オーディーは再度、深い溜息を吐いた。


 ちなみに伝令兵はシバを呼び捨てにできるほど身分は高くない。しかし報告という点のみ、要点を伝えることが重視されているため、騎士の階級に関係なく呼び捨てにすることが許されている。


 オーディーは先程、この前線部隊の遥か上空を飛行する物体を捕捉していた。その正体はシバとすぐに判明したが、なぜ帝国軍本隊に配置されている<四法騎士フォーナイツ>がこの場に単独で居るのか、オーディーは不思議であった。


 が、そんな疑問もシバの傍らに居た人物を目にして、納得のいくものへと変わる。


 「またシバの付近には正体不明の――」


 「ナエドコだよ、そいつ」


 「――者が......へ?」


 オーディーが伝令兵の言葉を遮って言う。


 伝令兵は知らなかったようだが、この前線部隊の中でも知っている者は少なからず居る。


 なにせシバと同伴していたのは、帝国皇女ロトル・ヴィクトリア・ボロンの護衛の者なのだから。と言っても、それは一時的な雇用関係に過ぎないが。


 そんな金銭だけの上っ面の関係に過ぎないはずなのに、


 「はずなのに......なんでそこまでするのかなぁ」


 「そ、総隊長?」


 オーディーは天を仰いだ。


 おそらくシバは何らかの手段によって、鈴木側についた。


 あまり考えられないが、それは何らかの魔法という手段でシバの意思に関係なく強制されたものかもしれないし、自らの意思で鈴木に加担したのかもしれない。


 どちらにせよ、イレギュラー的な存在の鈴木が関与しているのは確かだ。


 いったい前線部隊が進軍してから、帝都で何が起こったのか......想像は難しくないが、オーディーの胸中は穏やかではいられなかった。


 「困ったなぁ......。まぁ、いい。このまま進んで。可能ならシバと会話したいし」


 「は、はぁ」


 オーディーが予想するに、おそらくそう遠くない日に本隊から伝令が来るだろう。その内容次第でオーディーの取るべき対処は変わってくる。


 このまま何事もなく進軍できるか、などと甘い考えは無い。なにせ鈴木の目的はこの前線部隊の進軍を止めることだから。


 それでもやることは変わらない。このまま王国に攻め込み、滅ぼす――そう思ったときのことだ。


 「「っ?!」」


 突如、地震が起こる。


 大地が盛大に揺れ動くことで、前線部隊の列が乱れ始めた。馬は大自然の怒りに混乱していななき、兵たちも異常事態に慌て始めた。立って居られる者も入れば、地に膝を着ける者もおり、隊列の崩壊がオーディーの視界に映った。


 故にオーディーが声を張り上げる。


 「隊列を崩すな!!」


 「「「っ?!」」」


 普段の総隊長からでは聞くことのない怒声にも似た大声に、混乱の渦の中に居た騎士たちが即座に立て直す。


 オーディーの一括により、すぐさま隊列を戻すことができたのは、日頃の訓練の賜物と言えるだろう。


 しかしそんな一同も、前方に広がる光景に唖然としてしまった。


 それはオーディーとて例外ではなかった。


 「な、なんだ、アレは?!」


 誰かが驚愕の声を漏らす。


 場を乱したのは、立つことがやっとの大地震の発生だけではなかった。


 進軍先前方には


 先程までは存在しなかった壁だ。その高さはシルマジ渓谷を堺に、その先の岩山すら見せない程高い。


 そして赤い壁は......炎から成っていた。


 まるで地獄の底から吹き出たかのように地下深くから噴火を続ける様は、正しく炎の壁。灼熱を孕む壁は、言うまでもなく万物の横断を拒絶するかのようだ。


 故に絶え間なく吹き上がる炎は......前線部隊の足を止めた。


 「そ、総隊長、これは......」


 「はは......参ったな。お手上げだ。......ほら、ボサッとしてないで行動を取れ」


 「え?」


 「とりあえず、臨戦態勢に入れ。簡易的でもいい。陣形を作ったら<ミリオンレイ>であの壁に攻撃しろ」


 「は、はッ!」


 オーディーの指示は即座に実行され、前線部隊は陣形を展開した。


 一台や十台では済まされない数の<特級殲滅兵器:ミリオンレイ>が炎の壁を射程圏内に入れるよう配置され、魔力が充填される。


 やがてその兵器が発射可能な域に達した時、オーディーが指示を下す。


 「撃て」


 瞬間、<ミリオンレイ>が火を吹く。


 たった一台で数十万にも及ぶ【雷電魔法:雷槍】が発射された。それが数十台の<ミリオンレイ>から発射され、槍の雨が降る、などの形容すら生ぬるい災害が、紅蓮の壁へと降り注いだ。


 しかし、


 「なッ?!」


 「うわ......」


 その全てが尽く紅蓮の壁に直撃する前に、燃え尽きる。


 【雷槍】という読んで字の如く、雷の槍を、それもとてつもない数の槍を全てだ。紅蓮の壁はその耐久力を見せることすら無く、接近したモノを平等に焼き尽くす力を発揮した。


 その信じがたい惨状に、自然とオーディーの口から声が漏れる。


 「“一度、に振れば、国を焼き尽くす煉獄を”――」


 そしてその光景に、オーディーが歴史の一端を語り始めた。


 「“一度、に振れば、不可侵の境界線を”――」


 「は、は?」


 「昔......それこそ多くの“英魔”が居た時代――百年前に起こった<種族戦争>が世界各地で勃発してた時代に言い伝えられた歴史の一端さ」


 突如、語り始めたオーディーの言葉に、近くに居た補佐官が戸惑う。


 しかしオーディーはかまわず続けた。


 「その魔法はね。たった一回放っただけで、国を燃やし尽くしたり、不可侵の線を引くんだよ。......あんな風にね。“横”に振ってくれて助かった」


 「っ?!」


 オーディーの信じ難い言葉に、補佐官の顔色が驚愕に染まる。冗談にしては度が過ぎる歴史を知った瞬間であった。


 「過去、その魔法を使えた者は片手の指も居ない。うち二人は魔族、うち一人は人間、そして――その魔法を創った魔神のみだ」


 「ま、魔神......」


 魔神という単語は決して軽はずみで口にして良い単語ではない。


 なにせ、魔力を多く持ち、魔法に長け、“魔”に愛された魔族よりも遥か上に位置する存在が魔神なのだから。


 帝国に限らず、ある程度の教養を身に着けている者ならば誰もが知る存在、それでいて安易に声にしてはならない存在――“魔神”。


 「わ、我々はどうすれば......」


 「待機......だ。直に本隊から連絡が来るでしょ。気長に待つしかない。それしか俺らにはできないよ」


 「そ、そんな......」


 おそらくオーディーの実力があれば、あの紅蓮の壁に穴を開けることはできる。しかしそれは長く続かないだろう。大穴を開けたとして、すぐに塞がってしまうのが関の山だ。


 故にあの壁を越えられる者は必然と限られてくる。言うまでもなく、<特級殲滅兵器:ミリオンレイ>なんて巨大な物を持ち込めるはずもない。


 「ナエドコ、先の<屍龍>を氷漬けにした【氷塊一輪】といい、君はいったい何者なのさ」


 そんなオーディーの乾いた声が、補佐官の耳に残ったのであった。

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