第274話 その炎は・・・
「さてと! 準備も整ったことだし、始めよっか!」
『『......。』』
「始めようか!!!」
『『はい』』
僕は涙が流れ落ちそうになるのを必死に堪えながら、声を張り上げた。
現在、僕は同伴者のシバさんによって、シルマジ渓谷の真上に居る。今からここを帝国軍前線部隊が越えるのだが、その軍ももはや目と鼻の先だ。
早いとこ終わらせよう!
「ナエドコの唇......柔らかかった」
『『......。』』
僕の視界の端、少し離れたところで、頬を赤くして、どこか達観したような顔つきになっているシバさんがいるが、今は気にしちゃ駄目だ。
気にしたら、思い出したら死にたくなる。
『鈴木の覚悟......無駄にしねぇーからな! 息子が勃っちまっても、あーしは何も言わねぇー!』
妹者さんは男泣きするように同情してきたが、僕には何のことなのかさっぱりだ!
『その、催促した立場で言うのもなんですが......すみません、本当に』
姉者さんが申し訳無さそうにしているが、僕には何のことなのかさっぱりだ!
今日起きたことは、黒歴史ということで記憶の底にしまいたい。忘れたいけど、たぶん無理だと思う。
そんなことを考えていた僕を他所に、妹者さんが声を張って宣言した。
『おっしゃ! 魔力も十分あんだし、全力で行くか!!』
「今更だけど、これから使う魔法って【多重紅火魔法】なの?」
『いいや、あたしが全盛期のときに作っ――使ってた魔法だ』
今、“作った”って言おうとしなかった?
そう言えば、姉者さんも<屍龍>戦のときに使った魔法は、全盛期のときに使えた魔法って言ってたな。
【凍結魔法:氷塊一輪】。辺り一帯を銀世界のように氷漬けにする魔法だった。そう考えると、魔族姉妹って今更ながらヤバい存在だったのだと察する。
彼女ら曰く、“蛮魔”って言ってたけど、蛮魔ってそんなにすごい奴らなんだな......。まぁ、人造魔族ヘラクレアスのことを思い出せば、その凄さも頷けるけど。
『鈴木、姉者の【氷塊一輪】同様、この魔法をお前の前で使うことに若干躊躇いはあった』
すると妹者さんがいつもより声音を低くして、そう言ってきた。
僕は魔族姉妹の魔闘回路を使って、魔法を使うことができる。ろくに魔法の理論も知らない僕が、だ。
姉者さんは今後、僕が【氷塊一輪】を使えてしまう可能性を懸念していたが、その懸念もあの威力を知れば頷ける。
あんな力......安易に使っちゃ駄目だ。
今回も同じ理由だろう。魔法の重みを知らない僕に忠告してくれたんだ。
「ごめん、無理言って。口約束じゃ信用に足らないかもしれないけど、それでも僕は安易に使わないと誓う」
『かかッ。十分だ』
そう言い終えるのと同時に、右腕が僕の意思に関係なく、前へ出た。
差し伸ばした先、手のひらが......五指が全てが広がる。まるで眼下の光景を掌握するような力強さが感じられた。
『後悔すんなよ?』
妹者さんらしからぬ低い声音に、僕はダマのような唾を飲み込んだ。
途端、右腕の先に唐紅色の魔法陣が展開される。割と小さめの魔法陣だ。そこからゆっくりと下に向かって何かが現れる。
そこから姿を見せたのは――剣だ。
【閃焼刃】でも【双炎刃】でも【閃焼紅蓮】でもない別の剣。
今まで生成してきた火属性の剣の中で、灼熱なんて生ぬるい熱を宿した剣だ。
獄炎の末路というべきか、その剣は鋭利さが存在しない。刃が潰れるほど、剣という形を辛うじて止めているような代物だ。ドロドロに溶けて、何度も再生したが故の炎の剣。
その柄を右手が掴んだ――その時だ。
「っ?!」
ボッ。
僕の右腕が肘の上まで一瞬で燃え、炭化するように黒くなる。
「ぐッ?!」
『言っとくが、この状態じゃ、あーしの【固有錬成】を使ったって意味はねぇーぜ?』
妹者さんだって焼かれているはずなのに、そんなことを平然と語ってみせた。
最近は色々と魔法行使による耐性が付いてきたと喜んでいた僕だが、なるほど、僕はどうやら自惚れていたらしい。
「ナエドコ......」
すると少し離れた所に居るシバさんが、尋常じゃない汗を流していることに気づく。あまり周囲に気を配っている余裕は無かったが、確かに一気に暑くなった感じがする。
でもシバさんはそんな暑さを気にしているんじゃない。彼が釘付けになっているのは、僕が手にしている炎の剣だ。
僕はシバさんを他所に、右腕に集中した。
まだ魔法は完成していないのか、その剣の柄を握ることはできても、振るうことはできないと、本能が訴えかけてきた気がした。
『とある国がありました』
すると姉者さんが何やら語り始めた。
『その国は......そうですね、帝国ほどではありませんが、それなりに栄えていて、力もある国でした。しかし――』
きっと昔の話だ。僕がこの世界に来るよりも前の話。
そんな昔話の続きを聞いて、僕は絶句する。
『一晩で地図から消えました。――たった一つの魔法で』
「っ?!」
察するは、その“たった一つの魔法”が、この剣なんだ。
姉者さんは構わず語り続ける。
『苗床さん、今から使う魔法をその目に焼き付けなさい。“蛮魔”たる所以の一端が見れますよ』
そして右腕は手にしている剣を水平に持ち上げる。
妹者さんが口を開く。
『この剣を一度振るったら、その国は焼かれた』
「国が......焼かれる?」
『ああ。火は吹き荒れ、辺りに伝い、全てを焼き尽くした。地図から消えたその国は、国という面影こそあれど、原形を止めていたのはたったの一夜だけだ。日が昇る頃には、灰と炭しか残ってねぇー国になっちまったんだ』
その歴史を作った魔法が、この剣というのだろうか。
妹者さんはこの剣の名前の由来を示し、その名を語る。
『故にこの魔法はこう名付けた――【紅焔魔法:國改メ】』
そして渓谷をなぞるように、その剣を横薙ぎに振るう。
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