第273話 初キス、まさかの〇〇〇と

 『ばッ!! おま、ふざけんなよ!!』


 真っ先に否定の言葉に走ったのは妹者さんだ。


 僕は今しがた、姉者さんにシバさんとキスして魔力を供給してもらえと言われて、思考が停止した。


 『す、鈴木のファーストキスをこんな女男に渡すかッ! しかもDキスだぁ?!』


 気にする所そこ?


 いや、まぁ、うん、そこも重要なんだけど。君が気にすることかな。


 でも確かに姉者さんの言った通り、理論的には可能だ。僕は魔族姉妹の魔闘回路に接続できるから、魔力を流し込むことができるし、その魔力も他者から譲渡してもらえば不可能じゃないはず。


 でもDキスって。


 僕はシバさんを見つめた。


 「?」


 「......。」


 彼は小首を傾げて、何やら先程から独り言をしている僕を不思議そうに見てくる。


 『仕方ないでしょう? 時間が無いんですから』


 『認めねぇーから! な?! 鈴木!!』


 と言われましても......。


 僕はシバさんに聞いた。


 「シバさんって......男性ですよね」


 「? うん」


 『なんちゅー質問してんだ、おめぇー!』


 いやだって......実は男じゃないとかだったら、ここに来て僕の中に葛藤とか生まれなかったもん。


 でも悲しきかな。少し前、彼と一緒に入浴してたとき、彼の股間に小振りなアレが生えているのを目にしてしまっているから、事実を受け入れないといけない。


 男かぁ......。


 『鈴木、すんなよ?!』


 『いや、するしかないですよ。時間ありませんからね? それともなんですか、戦争を止められるかもしれない幸運を、男とはキスができないという理由で棒に振る気ですか』


 姉者さんの辛辣な一言に、僕の中になんとも言えない焦燥感が生まれる。


 姉者さんの言っていることは正しい。なのに心做しか、どこか彼女の声が弾んでいるように聞こえてくるのはなぜだ。


 もしかして、もしかしなくても楽しんでない? このクソ魔族姉。


 『ああー、苗床さんにはこの戦争を止められる術があるのに、まさか同性とはキスができないだけで今までの努力が水の泡ですか〜』


 黒だ。こいつ、黒だ。


 そんな葛藤が顔に浮かんでいたからか、シバさんが僕に近づいてきた。僕らは宙に浮いているというのに、彼は僕を見上げるようにして、顔を覗き込んでくる。


 エメラルド色に光る彼の大きな瞳が、僕の焦燥感に満ち溢れた顔を映す。小さな口も艶っぽくて、柔らかそうに見えてしまった。


 ああもう、全然男に見えないよ、この子......。


 「もしかして......魔力が足らない?」


 「......はい」


 「......さっきの戦闘で消耗したからね」


 僕は彼の問いに素直に答えた。


 すると、シバさんはすぐにその打開策を口にする。


 ――口元に人差し指を当てて。


 「じゃあ、私が魔力を譲渡してあげる」


 「『っ?!』」


 戦慄が走った気がした。僕は今、捨てちゃいけないものを捨てなければいけない窮地に立たされている気がする。


 シバさんと......Dキスしてもいいと思ってしまった。


 僕は慌ててシバさんに確認を取る。


 「い、いや、魔力を譲渡するってアレですよ? き、経口摂取というかたちで、互いの唇を重ねるんですよ?」


 「ん。知ってる。帝国騎士は誰でも一度は訓練としてやってるよ」


 やってんのかよ。


 僕の頭の中で屈強な騎士たちの行為が脳内再生されて、吐き気を催してしまった。


 じゃあ、なに。シバさんもどっかの騎士とシたって言うの?


 しかし僕のそんな疑問は、彼の次の一言によって払拭される。


 「といっても、私はから、まだ誰ともやったことないけど」


 「『『......。』』」


 まぁ、その容姿じゃ、相手にとっては開いちゃいけない扉を開くことになるかもしれないから、わからないでもない。憶測だけど、そんな感じがする。


 するとシバさんは若干、頬を朱に染めながら言った。


 「だから初めてすることになる」


 ......ごくッ。ダマのような唾液を飲み込んだ音が脳内に響いた気がした。


 『ごくッ、じゃねぇーよ!!』


 『まぁまぁ。あなたは私とDキスしてましょうねー』


 『ん?!』


 すると魔族姉妹は僕を置いてけぼりにしておっ始めた。


 その際、姉者さんが鉄鎖で右腕を自分ごと巻き付けて、逃れないようにしていることに気づく。


 おかげで宙に浮いている僕は、自分で勝手に両腕を縛っている風にしか見えない人になってしまった。


 そんな光景にシバさんが目をパチクリとさせている。


 「何しているの?」


 「い、いや、これはその......両腕を縛っておかないと、シバさんを襲ってしまうかもしれないので」


 僕はいったい何を言っているのだろうか。


 相手は男だぞ。


 「......そう」


 そうって......。


 あとシバさん、ちょっと照れてそっぽ向くのやめてくれません? チラッとこっち見るのやめてくれません?


 もしかしてシバさん、満更じゃない?


 魔力供給は致し方ないことって割り切ってる感じ? 覚悟決まるの早くない?


 「じゃあ、時間もあまり無いから......」


 「え゛」


 心の整理が追いついてない状態で、シバさんが僕の両頬に手を添えた。


 おいおいおいおいおいおいおいおいおい!!


 おいぃぃぃいいい!!


 「ま、待っ――」


 「嫌?」


 切なそうな顔でその質問はアウトだろッ!!


 僕が何も言えないでいると、シバさんの顔が近づいてきた。


 シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だけどアリ、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン、シバさんは男だからノーカン。


 頭の中でそんなことを考えていたら――その時は来た。


 来てしまった。


 「ん」


 「っ?!」


 目を見開く。シバさんの顔は未だかつてないほど近い。さっきまで僕と戦っていたのに、どこか花のような香りがした気がした。


 そして何よりもヤバいのが――口内。


 最初は互いの唇を触れるだけだったのに、シバさんの舌が僕の中に侵入してきた。まるで舌が蛇のように、口内のあっちこっちを這ってくるのがなんとも言えない感覚に陥る。


 やがてシバさんの舌は追い求めていたモノと遭遇したのか、僕の舌を蹂躙してきた。


 最初は舌の先で突かれ、次第に絡まるようにして、自身の舌が弄ばれたのだ。


 「ぷは」


 「はぁはぁ」


 お互い不慣れだからか、息継ぎのために一度唇を離すと、シバさんは恍惚とした表情で僕を見てきた。


 「魔力......まだ足りない?」


 「......。」


 僕は思考が停止しそうになるのを必死に堪えながら......首肯してしまった。


 まだ魔力が不足しているのは確かだ。確かなのに......確かなのに......。


 「そう......じゃあ続けようか......んッ」


 斯くして、僕は人生初のキスを、シバさんと成し遂げてしまうのであった。

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