第272話 とっておきは愛の力で?

 『やべぇーな』


 『ヤバいですね』


 ヤバいなぁ。


 そんな語彙力が欠如した感想が、僕と魔族姉妹の口から漏れてしまうのも無理は無い。


 なんせ思ったよりも帝国軍の前線部隊か進行していたからだ。間に合ったっちゃ間に合ったんだけどね。


 現在、僕らはシルマジ渓谷と呼ばれる地の上空を飛んでいた。


 ここ、シルマジ渓谷は二つの大山の間にある。一方は草木の生えていない岩山で、もう一方は少し離れた場所から緑豊かな森が続く山と、隣り合う高山でこうも環境が変わってくるのかと不思議に思えてくる渓谷である。


 そんな渓谷付近を、シバさんの【固有錬成:北ノ風雲】に助けられ、魔力を消費せずに移動してきたが、今は予定の地点に到着したので、ただ宙に浮いていた。


 で、僕らの眼前には、帝国軍前線部隊と思しき大勢の軍が居るのだが、その数がすごい。


 「いったいどれだけ居るんだ......」


 「前線部隊は二十万」


 と、僕の疑問に静かに答えてくれたのは、僕を運んでくれているシバさんだ。


 先程まで豪快に泣いていた彼だが、今はもう落ち着いている。まだ少しだけ目元が赤く腫れているが、シバさんは見た目女の子でも男の子だ。触れないでおこう。


 僕はシバさんから聞かされた数に、半ば思考が停止しかけた。


 「に、二十......」


 「この後、合流予定の帝国軍本隊はその倍はあるよ」


 『ってことは六十万かよ?!』


 『はー。さすが人間ですね』


 魔族姉妹の声はシバさんに聞こえていないので平気で会話しているんだけど、手のひらにある口は見られたらヤバいので、気をつけないといけない。


 シバさんの話によれば、前線部隊には、以前マリさんに聞かされた<特級殲滅兵器ミリオンレイ>があるので、殲滅力には申し分ないとのこと。


 ちなみにその<特級殲滅兵器ミリオンレイ>とやらは、【雷電魔法:雷槍】に匹敵する攻撃を雨のように降らせるアホみたいな兵器だ。


 するとシバさんが眼下の軍を指しながら口を開いた。


 「ナエドコは前線部隊をどうにかする術があると言った」


 「ええ、まぁ、はい」


 『あーしの力だけどな!』


 「......本当に止められるの?」


 僕が曖昧な返事をしたからか、シバさんは怪しむような視線を僕に向けてくる。


 ちなみにシバさんがこの軍を率いるオーディーさんに交渉を持ちかけるという手段は選択肢に無かった。


 いくら<四法騎士フォーナイツ>の地位にいるシバさんがそれをやっても、言うことを聞いてくれないから無意味とのこと。まぁ、端から彼の権力を当てにはしていないからいいけど。


 「このシルマジ渓谷を超えると王国領域に入る。だからこの先で王国軍は防衛線を引いているはず」


 『ちゅーことは、ここいらで進軍を止めねぇーな』


 『ま、そういう意味で言えば、ここが渓谷で良かったですね』


 姉者さんの意見に僕も同意する。


 シバさんの話によれば、陸路ではこの渓谷を通らなければ、王国への進軍は現実的ではないのだと。何が現実的ではないのかというと、ここを迂回しては王国へ辿り着けないみたい。


 そんでもって帝国軍はヤバい兵器をたくさん持ってきているから、物資的にもここを通らずに進軍など考えられないのだ。


 で、このシルマジ渓谷には、大型兵器を運べる程の大きくて頑丈な橋があるのだが、渓谷という地形を渡るということもあって、進軍ペースは格段に落ちると見ていた。


 しかし現状では帝国軍はシルマジ渓谷を超えるどころか、まだ渡り始めても居ない場所に居る。


 だから軍を止めるなら、ここだ。


 僕はシバさんが近くに居るにもかかわらず、さっそく妹者さんに頼んだ。


 「ということで、妹者さん。さっそくお願い」


 『魔力足らんくて無理』


 「......。」


 即答。


 え、ちょ、マジ? ここに来て?


 いやまぁ、シバさんと戦う前からかなり魔力を使ってたからわからないでもないけど。


 『では私とDキスします?』


 『そうするしかねーんだけど、ちと時間が足らねぇーわ』


 という妹者さんの返答に、僕は頭上に疑問符を浮かべた。


 「時間?」


 『ああ。魔力共有でいつも通り妹者から貰うにしても、使おうとしてた魔法を使うのに、長時間Dキスしないといえけねぇー』


 ちょ、長時間Dキス......。


 なんてパワーワードなんだ。初キスすら向かえたこと無い僕には想像がつかない行為である。


 ちなみにシバさんに運ばれている道中で、魔族姉妹は度々Dキスをしていたが、妹者さん曰く、限界キャパギリギリまでは魔力を貰ったとのこと。


 妹者さんがこれから使おうとする魔法は、それ以上の魔力を必要としていて、魔力保有限界量を超えて得るには、魔法を行使する直前にしたいのだとか。早い段階で魔力を限界以上に貰うと、色々と込み上げてきてぶちまけてしまうらしい。


 ゲロかよ、それ。


 「じゃあ、これから限界超えて魔力を供給してもらうってこと?」


 『おう』


 「前線部隊、すぐそこまで来てますけど」


 『おう』


 おう、じゃないよ......。


 「どうしよっか......」


 『前線部隊が渓谷過ぎてから仕掛ければいいだろ。それまで待つしかねぇー』


 と、呑気なことを言い出す妹者さん。この渓谷で仕掛けることがベストなんだけどな。渓谷を越えてしまったら迂回ルートが存在するらしいから。


 『ふむ......。苗床さん、そこの少年に魔力は十分にあるか聞いてみてください』


 などと、姉者さんが僕に聞いてきたので、僕はシバさんに聞いてみた。シバさんは小首を傾げて、特に躊躇うこと無く答えてくれる。


 「あるよ?」


 あるらしい。それもそうか。かなり激戦を繰り返してきた僕らだが、そもそもシバさんは魔法を使っていない。【固有錬成】のみで戦ってきたのだ。


 そう考えると、この人が魔法も同時に使ってきたら、僕はあれほど善戦できなかったな......。


 しかしシバさんの魔力の残存有無を聞いてどうしたんだろう。


 まさかまた鉄鎖で彼から魔力を吸収するのかな? どちらかと言えば、妹者さんに如何に早く魔力を譲渡できるかどうかが問題だと思うんだけど。


 僕のそんな疑問は、姉者さんの次の言葉で深まるのを停止する。


 『苗床さん、どういう訳か、あなたは私たち姉妹の魔闘回路に繋がることができます』


 魔闘回路とは以前にも説明を受けたが、魔法を行使する上で、どう術式を展開するか、どれだけ魔力を注ぎ込むか、などを決める媒体的な存在である。


 で、Dキスという魔力の経口摂取は、自身の中でその魔闘回路を介して、自分の魔力へと変換するわけだけど、それがどうしたんだろ。


 と、ここであることに気づく。


 そういえば僕は二人の魔闘回路に勝手に接続できて、魔法を使ったりすることもできるのだから、逆に僕が供給した魔力を流し込むこともできるのだと。


 つまり――


 『なので、これから苗床さんにはその少年とDキスをしてもらいます』


 ――シバさんから魔力を直接供給できるということだ。


 シバさん、男の子ですよ......。

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