第271話 それが僕だから
「うぅ」
僕は呻きながら身を起こした。
辺りは灯りなんて無い暗闇が広がる木々ばかり。月明かりこそあるけど、視界良好というほどじゃない。
僕はそんな中、帝国軍の前線部隊を止めようと跡を追っていたが、道中でシバさんと戦うことになってしまった。その途中で姉者さんと選手交代させられたのである。
なんか善戦してたみたいで、辺りを見渡せば、シバさんが空中から出現している漆黒の鉄鎖によって縛り上げられている様を目にする。
【固有錬成:
『苗床さん、【
『ああ、今のうちに殺しておく気か。さすがだな!』
しないよ、物騒だな。
たしかに今の状態のシバさんなら、簡単に殺せるけどさ。
で、姉者さんから身体の主導権を取り戻した僕は、このまま彼が自由の身になる前に立ち去ることもなく、踵を返してシバさんの元へ向かった。
「シバさん」
「......。」
僕が声をかけるも、彼は黙って俯いたままだ。
僕はしゃがんで、下から彼を見上げるようにした。するとシバさんは今までに見たことがないくらい、目元を赤く晴らして、涙を静かに流していることに気づく。
血が滲むほど悔しそうに唇を噛んでいる様が痛々しい。
僕はそんな彼に言った。
「やり直しませんか」
*********
『『は?』』
魔族姉妹から間の抜けた声が漏れる。
見ればシバさんも僕を見て、何を言い出すんだこいつ、って顔をしている。
僕はかまわずに口を開いた。
「このまま戦争が始まってしまったら、本当に取り返しがつかなくなります。だからお願いします。力を貸してください」
「......私たちの目的は王国を滅ぼすこと」
「そのための力ですか?」
「......そう」
彼は僕の問いに、少し時間を置いてから答えてくれた。きっと即答できないくらいには迷っているんだろう。
その迷いがあるだけで――十分だ。
「あなたの力は......本当に殺戮のために使う力ですか?」
「......そうと言っている」
「僕はそう思いません。何かを、誰かを守るために振るう力......いや、振るいたいと思う力じゃないですか」
途端、シバさんの目つきが鋭くなる。僕の言葉に反発するよう、声を荒らげた。
「か、勝手に決めるなッ!!」
「決めてません。だって......シバさんが今まで見てきた“騎士”の在り方が、それなんでしょう」
思い起こすは、人造魔族ヘラクレアスとの戦い、或いは僕との仕合。結果はどうあれ、その時から垣間見えたのは、シバさんの力の誇示――承認欲求。
彼はよく言っていた。
『私なら負けない』
『私だけで十分』
『私の方が強い』
高慢かもしれないけど、それだけじゃない。シバさんは示したかったんだ。自分には誰かの望みを叶えられる力がある、と主張してきたんだ。
若くしてミルさんと同じ<
「わ、私は......」
今までのシバさんは無意識だったのか、気づきたくなかった部分を僕に見透かされ、声を震わせた。
明らかな動揺。それでいて、認めたくない感情なのに、事実は誰かに認めてもらいたくて、内心では整理が追いつかずグチャグチャになっている感じが見受けられた。
僕は姉者さんに【
シバさんは自身を縛り上げる漆黒の鉄鎖が急に消失したことで、膝から地面に崩れ落ちた。
僕は依然として膝を着いたまま、彼に手を差し伸べる。
「誰よりも誇り高き騎士を、その背を近くで見てきたのはシバさん、あなただ。憧れたって不思議じゃない。認められようと思うのも......間違っちゃいない」
でも、と僕は続けて語った。
「その認められる方法は......力の使い方は、何も誰かを傷つけて成す必要は無いじゃないですか」
「それでも私は<
尚も言い張ろうとする彼の言葉を遮って、僕は力強くシバさんの震える手を握った。
「あなたの力は誇れるものにしましょうよ」
その言葉を聞いて、シバさんは目を見開いて僕を見つめてきた。
そして彼のエメラルドに輝く大きな瞳は、その端に大粒の涙を浮かべた。それが溢れ出して、ポロポロと頬を伝って落ちる。目元が赤く腫れても、涙は止めどなく流れた。
かつて災害とまで言われた彼の【固有錬成】を、このまま戦争なんかに使ったら変われない。
変わるなら今だ。
彼が胸中に思う憧れの人物に力の誇示をするならば、今しかないんだ。
「私は.....ねを.......胸を張りたい。ミルに救われた命を......誰かの大切なものを奪うために使いたくない! ミルみたいに......大切なものを守りたい!」
シバさんは長年抱いていた感情を塞き止めていた壁が決壊したかのように、次々と思いを吐露にした。
弱音と思われるかもしれない本音を一つずつ。押し殺してきた感情を一つずつ。自分で確かめるように、声に出して言った。
そんな彼の思い全てを、僕は聞いているだけであった。
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