第270話 [姉者] やれやれ、困ったものです

 「交代って......私とですか......」


 そんな半ば呆れた声を漏らしたのは苗床さん......ではなく、私が発したものでした。


 妹者が乱暴に苗床さんの意識を刈り取ったので、こうして彼の肉体を自由に使えるようになったのですが、まさかあんな雑に......。


 妹者、あなた苗床さんに少なからず好意を抱いているんですよね?


 ちょっとお姉ちゃん、妹の素行を不安に思います。


 『しゃーねーだろ! 鈴木は肉弾戦特化のスキルを持ってるが、タネが相手にバレてんだ』


 「さいです......かッ!!」


 私が言い終えるのと同時に、またも後方へ下がって敵から距離を置きます。


 すると先程まで私が立っていた場所の地面が抉れるようにして地形が変わりました。何かに押し潰されたかのように抉れた感じでしたが、その正体は考えるまでもなく、敵の攻撃でしょう。


 あの風による攻撃、本当に厄介です。


 「雰囲気が変わった......なんなの、あなた」


 すると眼前の女の子みたいな見た目の少年が、そんなことを私に言ってきました。


 私は色気たっぷりに、唇に指先を当てて答えました。


 「ふふ。内緒です」


 「......キモい」


 まぁ、苗床さんの姿でこんなことしたらそうなりますよね。


 して、ここで疑問に思う方が出てくるかもしれません。


 肉弾戦特化のスキル持ちは、先の戦いでさらなる力――【固有錬成:闘争罪過】を取得した苗床さんの名が真っ先に浮かぶでしょう。


 しかし今の彼はその力を満足に使えず、【固有錬成:力点昇華】も【固有錬成:縮地失跡】もタネが相手にバレてしまっています。正直、彼では善戦することが難しいでしょう。


 では妹者なら?


 妹者の【固有錬成:祝福調和】は苗床さんの身体能力を相手と同レベルまで底上げできますが、如何せん相手があの感じですからね。


 どうみても近接戦向きな者ではない人の身体能力をコピーしても意味が無いでしょう。


 で、私と来たわけです。


 鉄鎖を無限に生み出せる、この私です。


 「ちょこまかと――」


 「私も動くの嫌いなんですよ」


 四方八方から風の刃が飛んできて、その中心にいる私は、次の瞬間にはそれらによってブロック状に切り刻まれるはずでしょう。


 しかし残念、この状態の私は――鉄鎖を口から出しません。


 故に――飛んできた風の刃の進行方向に、鉄鎖を出現させます。


 宙には瞬く間に展開された無数の黒い魔法陣。その至る所から鉄鎖が槍のようにして、刃の前に立ちはだかります。そして――激突します。


 「っ?!」


 「ふむ、やはり鉄鎖一本では防ぎきれませんか」


 私は顎に手を当てて、考察に入りました。


 空中から出した鉄鎖は大して魔力を込めていなかったので、強度も大したことありません。


 しかしまぁ、そこは私のお手製ということもあってか、そこそこ頑丈なので、何本か重ねて放出すれば風の刃は相殺できますね。


 「それならッ!」


 すると、少年は両手を上に挙げて、即座に尋常じゃない量の風を掻き集めます。


 いつぞやの次から次へと増え続ける猿蛇種の人造魔族を、一網打尽にしたときの攻撃ですか。風の圧縮でしたっけ。私を吸い込もうとしないのは、こちらの行動を警戒しているからでしょうか。


 甘いですね。


 「戦い方が......若い」


 「っ?!」


 私が指先でクイッと合図を送ると、彼の足下から黒色の魔法陣が展開し、鉄鎖による刺突が少年の腹部に炸裂しました。


 まぁ、鉄鎖に刃なんて付けていないので、せいぜい棒で鳩尾に良いのを食らった程度だと思いますが。


 「がはッ」


 「隙が多すぎます。お察しの通り、私の鉄鎖は魔法による生成ではありません。ご自慢の風の壁では自動で防いでくれませんよ?」


 少年が腹を抱えたことで、魔法の圧縮が途中で中断されたからか、周囲から掻き集められた風は霧散と同時に、辺りに勢いよく逃げていくように吹き抜けていきました。


 苗床さんが、この少年は痛みにはあまり慣れてないって言ってましたが......まさにその通りでしたね。


 私は少年に近づきながら、即座に鉄鎖で彼を縛り付けます。


 このまま縛り上げられてはマズいと察したのか、少年は風による刃で、自身を縛る鉄鎖を切断していきます。


 が、


 「くそッ」


 右手を縛る鉄鎖を切断しても、両足を縛る鉄鎖が出現し、両足を縛る鉄鎖を切断しても、今度は首を縛る鉄鎖が出現するので、完全にイタチごっこと化しました。


 「こういうのは次の一手をどちらが先に繰り出すかで違ってきますね」


 「邪魔ッ!!」


 「おっと」


 途中で自身を縛り続ける鉄鎖の切断を止め、少年は私を直接攻撃してきました。


 が、私はそれを数本重ねた鉄鎖で防ぎます。


 同時に、彼を縛り続ける鉄鎖の数も減らさないようにしました。


 そのため、彼の行為が一歩遅れて、結局は完全に縛り上げられてしまう羽目になりました。


 諦めた様子は見受けられませんが、一度大人しくなった少年は、私を睨みつけてきました。


 「これで勝ったつもり?」


 「いいえ? 【固有錬成:神狼ノ嘆きグレイプニル】」


 「っ?!」


 途端、今までの鉄鎖とは違い、光沢を失った漆黒の鉄鎖が少年を縛り上げます。


 【神狼ノ嘆きグレイプニル】。一度、人造魔族ヘラクレアスに使った力ですが、今の状態だと呆気なく使えましたね。やはり苗床さんの身体に私の核がより馴染んだからでしょうか。


 まぁ、束縛時間は大して変わらない感じがしますが。持って十数分くらいですかね。


 「な、なにこれ」


 「私の【固有錬成】です。さて、今の子は知ってますかね? 【固有錬成】は磨けば磨くほど、より強力なスキルに練り上げられることを」


 「まさか!!」


 そのまさかです。


 少年が風の刃を【神狼ノ嘆きグレイプニル】に向けて放とうとしますが、周囲から風の刃は発生しませんでした。


 その事実に、少年の顔色が驚愕に染まります。


 「【固有錬成】を封じられた?!」


 「ええ。【固有錬成】を使って、そこから自由になるつもりでしょう? 【神狼ノ嘆きグレイプニル】はその自由を許さない、“束縛”という概念を具現化したようなスキルですから」


 「化け物がッ」


 すると今度は私に向けて攻撃を仕掛けてきた少年ですが、それも例の如く、全て鉄鎖で防ぎ切ります。


 【神狼ノ嘆きグレイプニル】で少年から魔力も頂戴しているので、それで鉄鎖を補強すると、さっきよりも少ない本数で暴風による猛攻を防げました。


 「はぁはぁ」


 「気は済みましたか?」


 『姉者つえー』


 と、今まで黙っていた妹者が口を開きました。


 ったく。ろくにサポートもせずに、何をしていたんだか。まぁ、妹者には魔力をできるだけ温存してもらいたいですしね。


 少年を見れば、彼は下を向いたままでうんともすんとも言わなくなりました。ただ表情は陰っていてわかりづらいですが、相当悔しそうにしているように見受けられます。


 私はそんな少年をこの場に置き去りに立ち去ろうとしましたが......。


 「はぁ......」


 『?』


 溜息が自然と漏れてしまいました。そんな私を、妹者が不思議そうに見上げてきます。


 どうやらこのまま少年とお別れするのは駄目みたいです。


 「、あなたのそういうところ、本当に良くないですよ」


 私は意識が瞬く間に遠のくのを感じながら、その場に倒れました。


 まさかここに来て「代われ」とは......。

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