第269話 どこ吹く風か
「【力点昇華】!」
『【爆炎風】!!』
現在、僕らは帝都を離れてとある場所に向かっていた。
向かう先は帝国軍前線部隊が居る場所。道中の森林や岩山を文字通り爆速で駆け抜けているのである。
手段は至ってシンプル。僕が【固有錬成:力点昇華】を使い、同時に妹者さんが【烈火魔法:爆炎風】を使って、加速度をえげつない程爆上げしていった。
『まだ追いつきそうにないですね。既に王国軍と衝突していたらどうしましょ』
姉者さんの縁起でもない言葉に何も返せない僕は、ただただこの高速移動に集中しまくっていた。妹者さんも僕と同じらしく、必死に僕に合わせてくれている。
前線部隊に追いつこうとしているのは、もうそれ以上進軍させないためだ。
王国軍と衝突したら戦争不可避。今までやってきたことが全て無駄になる。
そうならないためにも急いでいるのに......
「そこ」
「っ?!」
シバさんが邪魔してくる!!
僕が回避行動を取った後、少し前に居た地面が底が見えない程抉れていた。彼の風を操るスキル――【北ノ風雲】による攻撃だろう。
帝国城から離れた僕は、シバさんに追従されていた。
彼は地上を駆け抜ける僕と違って、上空からこちらを捕捉している。おかげでこっちはただ地上を駆け抜けるだけではなく、彼の攻撃にまで意識を向けないといけない。
『あの女男、邪魔ですね』
禿同。一応、今のところ手が空いているのは姉者さんだけなので、彼女にシバさんの相手をしてもらいたいのだが、できたらとっくにやってるよな。
普通に射程圏外だし。
『苗床さん、ここは一度、足を止めて、あの者の対処をしないといけません』
と、姉者さんが言ってきた。
まぁ、このまま前線部隊の居る場所に突入しても、シバさんが居たらまともに作戦を実行できないよね。邪魔されるに決まってる。
そんなことを考えていたら、眼の前の景色がいきなり爆発した。
いや、爆風の勢いこそあれど、そこに可燃性など無い。暴風の塊が着弾と言うべきか、そんなものが僕の進行を邪魔した。
きっとまた【固有錬成:力点昇華】と【烈火魔法:爆炎風】を使っていたら、あの爆撃に飲み込まれていたことだろう。
やがて土埃が舞う中、僕の前にゆっくりと浮遊しながらシバさんが降り立った。彼の灰色の髪が風に靡いて、この静かな夜の森と同化しているかのように静かだ。
「シバさん、退いてください」
「......。」
僕がそう言っても、彼はまったく退く気配を感じさせなかった。僕は怒鳴った。
「シバさんッ!!」
「......できない」
ああそうかよ!!
僕は【力点昇華】を発動して、彼との距離を一気に縮めた。合わせて姉者さんが生成した【鮮氷刃】を振るって、シバさんを叩き斬ろうとした――けど叶わなかった。
突撃した僕はある程度の距離で進行を阻まれる。氷の刃を振り下ろしても何かを切ったとという感触は無いのに、これ以上進むことができない。
シバさんの――風による防壁だ。
「私は――<
何か言い聞かせるように、彼は柄にもなく声を張って僕に力を振るった。
「っ?!」
『【烈火魔法:爆炎風】!!』
身動きがままならなかった僕は、妹者さんが発動した魔法によって後方へ吹き飛ばされる。
ジェット噴射のような直線的な動きを生み出せたのは、加減抜きの魔法を放ったからだ。もちろん、攻撃のためじゃない――回避のためだ。
僕が先程まで立っていた場所が、まるで巨大な刃が通ったかのような荒々しい溝が横一直線に生まれる。
シバさんの風による刃だ。
『馬鹿野郎!! 真正面から突っ込むな!』
「っ!! ご、ごめん!」
『苗床さん、冷静に行きましょう。相手は何か取り乱してます』
姉者さんの言う通り、たしかに今のシバさんは普通じゃない。
何か葛藤しているのか、歯を食いしばってそこに立っている感じだ。きっとそれは体力的な話じゃない。悩んでいるんだ、現状に。
「私はッ! あなたを殺す!!」
シバさんが両手を盛大に振るう。それが合図となってか、ほぼ不可視に近い風による斬撃が、四方八方から僕を襲ってきた。
僕はそれらを魔族姉妹の力を借りながら回避に専念し、隙を窺う。
「殺して! 王国を滅ぼして! 皇帝の! ミルの役に立つ!!」
「人殺しを望む親なんかいるかよ!!」
「っ?! だからミルは親じゃない!!」
僕は無数の風の刃の隙間を狙って【螺旋氷槍】を放つが、それも呆気なくシバさんより数メートル手前で防がれてしまった。
ミルさんが親じゃないってんなら、なんであの人の名前をここで口にしてんだよ。
そんなことを僕が考えていると、シバさんの頭上に唐紅色の魔法陣が浮かんでいることに気づく。
まさか!!
「妹者さ――」
『死ねやッ!!』
【紅焔魔法:火炎龍口】。魔法陣から龍の頭部を模した火炎が、その上顎と下顎を大きく開いて、直下のシバさんを飲み込む。
僕が妹者さんを止めるより早く、魔法が炸裂してしまったのだ。
しかし荒れ狂う火柱の中から声が聞こえた。
「だから――意味が無いッ!!」
瞬間、生きたまま焼かれたと思しきシバさんが、火柱を掻き消して姿を見せた。
同時にシバさんが前方に突き出した手から放たれる――回避困難な風の槍が。
「かはッ」
『【祝福調和】!!』
『さすがに今のは反応できないでしょう......いや、そもそも反応していない?』
姉者さんが妹者さんの仕掛けた攻撃を防いでみせたシバさんに疑問の念を抱く。
僕もおかしいと思う。だから仮説を口にした。
「たぶんだけど、シバさんの風の障壁、魔法に反応してほぼ自動的に発動している気がする」
『......ちッ。やはりそうでしたか』
『んなら話は早ぇ!!』
しかし僕と同じ見解だったのか、姉者さんと違って妹者さんは大声で吠えた。なにやら策があるらしい。
妹者さんは僕の顎に手を当てて、
『姉者と交代だッ!』
ゴキンと豪快な音を立てながら、僕の首あらぬ方向に回した。
薄れゆく意識の中、以前、魔族姉妹と交わした会話の一端を思い出す。
魔族姉妹は僕の意識を刈り取れば、僕の身体を自由に使えるということを。
......にしても、宿主の意識の刈り方、雑すぎはしやせんかね。
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