第268話 【融合化】―― Check――
「『【
「っ?! させるかッ!!」
ムムンはレベッカがこれからするであろうことを阻止すべく、全巨木の根から光線を射出した。まともに食らえば蒸発する熱線。掠れば致命傷になりかねない攻撃の嵐であった。
瞬く間にレベッカを飲み込む光の奔流だが――その者は健在であった。
光の中から、聞こえるはずもない女の声が聞こえる。
「“真名を示せ”――」
レベッカの声だ。しかしその声は普段よりも低く、まるで何かに取り憑かれたような剣呑さが漂っていた。
しかしその声に応じる者が居た。
『“我が名は<打神鞭>。万物に阿鼻叫喚を与えるモノなり。汝の望みを示せ”――』
やがて光線は止む。
否、ムムンが攻めの手を止めたのだ。
即座に巨木の根の数を増やし、これから迫りくるであろう強敵に備える。
その強敵は、土埃が立ち込める中、悠然と姿を現した。
「“望みは”――」
姿を現したのは、美しいブロンドヘアーを風に靡かせるレベッカだ。
先程までは病衣を纏っていたが、今は赤紫色の濃いドレスを纏っている。レベッカの女性たらしめる曲線美を魅せるドレスに、その上から獣の毛皮のコートを羽織っていた。コートはなにものにも染まらない漆黒色である。
そんな容姿のレベッカは手にショートソードのような武器を手にしていた。
否、剣の類ではない。棒状のそれは刃を持たない細い金棒を思わせた。
レベッカはその金棒――<打神鞭>の腹に唇をそっと当ててから、望みを口にする。
「快楽♡」
【
*****
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ムムンの忌々し気な言葉に、レベッカは余裕の笑みを浮かべて答えた。
「あまり長くは保たないけどね。病み上がりだし」
「ならば時間稼ぎでもするか!!」
言い切るや否や、ムムンが【固有錬成:葉ノ牢】で巨木の根を操作し、レベッカに攻撃を仕掛ける。
まるで先の雷の龍のように鋭い牙や強靭な顎こそ無いが、圧倒的な重量で巨木の根がレベッカを襲った。
が、レベッカが<打神鞭>を一度振るっただけで、
「っ?!」
それらの巨木の根は容易く弾かれた。
いや、ただ弾かれただけではない。全てへし折られたかのように先を失っていた。
レベッカは妖艶な笑みを浮かべて口端を釣り上げる。
「できるといいわね」
「化け物め!!」
瞬間、レベッカが大地を弾くようにして駆け出す。
「死ねぇ!!」
再び巨木の根はその数を増やし、レベッカに襲いかかる。無論、それだけではない。ムムンは周囲一帯を囲むようにして控えている巨木の根も先端に花を咲かせ、そこから光線を放った。
常人ならば掠れば蒸発待った無しの火力だ。それを四方八方から浴びせるようにして降り注ぐ。
それでも、
「ははははは!!!」
「なッ?!」
嗤うレベッカは戦場を駆け抜ける。
迫りくる怒涛の根を次々と避け、弾き、破壊した。降り注ぐ熱線も当たらない。女を捉えられない。直撃したかと思えば、そこにレベッカの姿は無かった。
まるで大地を駆け巡る朱の稲妻。その稲妻は地面を這う蛇のように帯びているが、素早さは他の追随を許さない移動であった。
故にその姿を捉えられる者は居ない。
気づけばムムンの眼の前にレベッカが迫っていた。
意地の悪い笑みを浮かべたレベッカと目が合う。
「ねぇ、ムムン。その騎士のプライド、ズタズタにしていいかしらぁ」
「っ?!」
ガキンッ。
ムムンの鋼の胸当てに何かが衝突した。否、その行為こそ目では追えなかったが、見ずともわかる――<打神鞭>で打たれたのだ。
見ればその胸当ては一箇所、大きく凹むような窪みができている。<
続いて二撃目が来ると思いきや、レベッカは一度攻撃を当てたのみで、すぐさまムムンから距離を取った。その様にムムンは違和感を覚える。
(なぜ離れた。そもそも鎧にこそダメージはあったが、私には大した傷を付けられていない。......警戒しすぎたか?)
そんな疑問を頭の中で抱いた――その時だった。
「ごふッ」
ムムンの口から血の塊のようなものが吐き出された。
途端、ムムンは視界が瞬く間に朱に染まる。まるで涙のように両の目から血が流れ出した。目だけではない。耳や鼻とまるで全身の穴という穴から血が吹き出したのである。
自身の身体に起こった症状はそれだけではなかった。
手足は痺れ始め、言うことを聞いてくれず、膝を地に着けてしまう。
先程まで外傷すらなかった自身の肉体は、まるで胸を中心に重度の火傷を負ったように爛れていた。だというのに、手足はまるで凍りついてしまったかのように酷く冷たい。
呼吸もままならない。何が何だかわからなくなってしまったように、ムムンの頭の中はグチャグチャになっていた。
「......な......だ......これ、は......」
その答えはすぐに辿り着く。
状態異常。<赫蛇>のレベッカと呼ばれる女傭兵が得意とする戦法であったことは、ムムンも以前から把握していた。
それでも一度の攻撃でここまで付与されるものなのか、ムムンは信じたくない衝動に駆られるばかりだ。それに自身には状態異常に対して高い耐性があることを自負している。
それら全てを無視して、この異常の数々。ムムンは意識を手放さないように必死になった。
「流血、麻痺、火傷、凍傷、混乱......まぁ、本当はもっと付与したかったのだけれど、やりすぎたら愉しめないじゃない?」
レベッカが愉快そうに<打神鞭>をぱしぱしと叩きながら言う。
戦闘を楽しんでいるのではない。眼前の敵が苦痛に顔を歪める様を見て心の底から恍惚としているのだ。
そうわかってしまった途端、ムムンの胸中に底しれぬ恐怖が芽生える。
(これも状態異常......か)
痛みなどとうの昔から感じなくなった。そう思っていたが、それは自惚れに過ぎなかったのである。現にムムンの全身に駆け巡る激痛の嵐は、多大な精神的苦痛も伴っていた。
「さぁ、ムムン! 良い声で鳴いてちょうだいッ!!」
まるで逃げることのできない獲物で弄ぶかのように、レベッカの瞳はサディスティックを極めていた。
再度、レベッカが離れた位置から<打神鞭>を振るう。まるで先の接近がブラフであったかのように、<打神鞭>が伸びた――その時だった。
「なめるな!!」
ムムンが吠えるのと同時に、レベッカが立っている地面から根が生えた。
レベッカが鞭を振るう瞬間を狙った行動だ。必然、成す術も無く、ムムンに<打神鞭>の一撃が当たる。先程とは別の状態異常の数々が付与された瞬間であった。
「あら?」
一方、そんな間の抜けた声と共に、レベッカの四肢はいとも容易く、根によって厳重に束縛される。ムムンは薄れゆく意識の中、そのままレベッカを絞め殺そうと力を込めた。
が、
「こんなので殺される訳ないでしょう?」
レベッカがまるで紙切れで手足を縛られたに過ぎないと言わんばかりに、それらを引き千切る。
しかしそれは足止めに過ぎなかった。
『レベッカ! 上だ!』
<打神鞭>の叫びに、レベッカが前方に注意を向ける。
すると先の攻防の比ではない巨木の根が一斉に花を咲かせ、レベッカにその先端の中央を見せた。そのどれもが光線を放ち始める――瞬間だ。
「そう来なくっちゃ!!」
レベッカが力任せに、<打神鞭>を振るう。
その鞭はまるで距離という概念を嗤うかのように、全ての巨木の根に行き届いた。
横薙ぎに一線――その一振りで巨大な花たちが光線を放つ前に首を刈られる。大きな花弁が宙を舞う様は、まるで命の尊さを体現しているようだった。
そんな中、ただ一人、レベッカは口元を手で押さえて、恍惚とした表情を浮かべていた。
しかし、
「一人、忘れてない?」
レベッカの前に、気配を殺し切って接近した者が現れた。
<陽炎の化身>マリである。
少女は自身に【固有錬成:犠牲愛】を施したことで、異常なまでの身体能力を底上げにより、レベッカに気づかれないように接近していた。
マリが握るショートソードが、無防備なレベッカの腹部を貫いた。途端、レベッカが吐血する。
「がはッ。ま、り......ちゃ......ん」
「最後の最後で油断したわね」
マリがショートソードをレベッカから引き抜いて、倒れゆく女傭兵を見下ろした。レベッカは油断ならない存在だ。生きて捕縛など考えてはいけない。故にマリは冷徹にもレベッカを殺した――そう思った時であった。
「あ......れ?」
マリは眼下のレベッカを見下ろしていたはずなのに、なぜか空を見上げていた。
否、自分が仰向けに倒れていることに気づく。マリは自身の【固有錬成】の効果切れを疑ったが、そうではなかった。
なぜ倒れたのか理解できたのは、上から自分の顔を覗き込むようにして、レベッカが見下ろしてきたからだ。
「残念♡」
「まさか......幻覚」
正解、と茶目っ気にウインクをされ、マリは絶望した。
身体に外傷こそ感じられないが、おそらく身動き取れないのも麻痺による効果だろう。してやられた。完全に虚を突いてレベッカを殺せたと思っていたのに。そんな思いが、マリの胸中に渦巻く。
マリは辛うじて動かせる口で言った。
「こ......れから......趣味の拷問にでも......走る気? さい......ていな、おんな」
「女の子をナかせるのは趣味じゃないわ」
そう言って、レベッカはムムンを見やる。が、ムムンはいつの間にか地面に倒れ伏していた。おそらく最後の力を振り絞って、マリの攻撃に繋げたのだろう。
レベッカはつまらなさそうに溜息を吐いて、【
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