第267話 <赫蛇のレベッカ>
「ただいま、ベンちゃん♡」
『ベンちゃん呼びやめろや』
その二人――女と鞭の短い会話に、戦慄を覚えたムムンとマリであった。
レベッカの手に握られているのは真っ赤な鞭。僅かな光沢を見せるも、その質感は圧倒的なまでに魅力的な鞭であった。まるで貴族の娯楽用に作られた、見た目に注力して作られた一品のように思える。
が、その正体は【
故に所持者と武器が会話できる訳で――故に戦慄を覚えた次第である。
「れ、レベッカ! 下ろしてくれ!」
そんなレベッカに抱えられていたバートは、そっと地面に下ろされ、ゆっくりと後ろに下がった。
自身から離れゆくバートを背中越しに、レベッカは短く礼を口にした。
「ありがと、バーちゃん」
「......。」
きっとレベッカからしたら特有の愛称で呼んできたに違いない。が、それでもバートにとってはその一言が、“婆ちゃん”と呼ばれたような気がして仕方が無かった。
先程、バートを殺しかけたにも関わらず、ムムンはもはや警戒する意思を示すこと無く、ただじっと目の前の女傭兵を見据えていた。
マリも同様に動けなかった。
『レベッカ、敵はあの二人か?』
すると<討神鞭>が主との再会に喜びを見せること無く、そう問う。内心では非常に喜んでいるのだが、それを表に出すとレベッカが調子に乗ってしまうので、控えている次第である。
「ええ。<
『おいおい。病み上がりからとんでもねぇ相手と戦う気かよ』
「仕方ないじゃない。そう頼まれたちゃったんだもの」
『......。』
レベッカの言葉に、<討神鞭>は黙り込む。
傭兵業界ではトップの実力を誇るレベッカ。そんな彼女は大金を積まれてようやく依頼の話を聞くという噂がある。
常にレベッカの側に居た<討神鞭>からしたら、その噂は本物だ。そんな女傭兵が、“頼まれた”だけで動く。そのことに若干の違和感を覚えてしまった【
『ガラにもねぇことするようになったじゃねーか』
「あら、褒め言葉かしら?」
『はいはい。んじゃ、リハビリがてら――状態異常攻撃てんこ盛りで行くか!!』
瞬間、レベッカから膨大な魔力が溢れ出した。
「っ?!」
「......チッ」
その光景に唖然としてしまうマリ。苛立ちを隠そうともせず、舌打ちするムムンであった。
「【雷電魔法:雷撃龍口】!!」
レベッカが振るった鞭が、雷から成る龍を出現させた。
稲光を放ちながら、龍はその強靭な顎で眼の前の騎士たちを喰らうべく、大地を一直線に駆け抜ける。
「うわぁぁああ!!」
マリは真横に回避するが、ムムンは避けなかった。
「ナメるなよ! 傭兵風情がッ!!」
【固有錬成:葉ノ牢】。
三人の周囲一帯を囲むべく、地面から生えた巨大な根が龍を取り押さえるようにして頭上から襲いかかった。
雷の龍は巨木の根と衝突したと同時に、掻き消える。相殺されたのだ。
否、相殺ではなかった。
「行けッ!」
「『っ?!』」
雷の龍を押し潰した跡、巨木の根はそのままレベッカを狙うべく突撃した。
レベッカが後方へ下がると、直前まで立っていた箇所に、複数の巨木の根が密集して突き刺さる。が、勢いはそれでも衰えない。
巨木の根はそれでもレベッカの跡を追った。それらを回避しながら、レベッカは<討神鞭>を振るい、撃墜していく。
「【雷電魔法:爆閃徹甲】!! もう! キリが無いわよ!」
『厄介なスキルだぜ。雷属性と相性がわりぃ』
レベッカが爆発を伴う雷撃を放つが、押し寄せる巨木の根の猛攻は止まない。
そんな時だった。
「死ね」
「『っ?!』」
静かに吐き捨てるような声と共に、視界の端――頭上から光線がレベッカを襲う。
ズドン――ただの一発では無い。
ズドドドドと幾重にもなる光線が、レベッカを射抜こうと雨のように降り注いだ。
その光景に、マリは息を呑んだ。
「さ、さすがムムンね」
「油断するな。この程度で死ぬような奴ではない」
そう苦言を呈するムムンの言葉は正しく、
「いッたーい」
光線を浴びせた地点とは別の場所から、その声は聞こえた。
声のする方へムムンたちが見やれば、そこには片腕に手を当てたレベッカが立っていた。
レベッカの片腕はだらりと力無く垂れていて、その指先から血が流れ落ちている様を目にする。
「掠っちゃったじゃない。跡に残ったら、どう責任取ってくれるのかしら。......あ、また後でスー君に頼も♡」
「......アレも避けるか」
「ほんっと化け物ね」
マリの言葉に、失礼ね、と苦笑したレベッカは、<討神鞭>と会話する。
「こっちの攻撃が当たれば、状態異常を付与させて有利になるのだけれど......現状じゃ難しいわね」
『ああ。あの地面から生えている根がウゼぇ。際限なく生えてくるわ、雷属性と相性悪いわでお手上げだぜ。攻撃はなんとか凌げるが、防御に隙がねぇー』
「多重系魔法なら崩せると思うのだけれど......」
『んな隙ねぇーよ。今の状態じゃな』
「今の状態......ねぇ」
<討神鞭>の言葉に、レベッカがオウム返しのように口にした。
そんな武器との会話に、ムムンが口を開いた。
「なぜあのDランク冒険者といい、貴様も勝ち目の無い戦いに身を投じる」
まるで理解できないといった様子で、ムムンはレベッカを見据えた。その声音には侮蔑の色が混じっていて、それを聞いたレベッカの眉がぴくりと動いた。
「私たちは勝ちに来たんじゃないのよ。戦争を止めるために戦ってるの」
そんな言葉を強がりと受け取ったのか、ムムンは鼻で笑った。
「はッ。戦争は止まらん。直に始まる。あの冒険者がなにやら止めに向かったが、前線部隊を止められる訳が無かろう」
「それはどうかしら? スー君はやる時はやる子よ」
「不可能だ。それにシバが追っている。きっと道中で殺されているだろう。もしくは他国へ逃げたのかもな」
そう言い捨てるムムンに、今度はレベッカが鼻で笑った。
「あの子は逃げないわ。どんなに傷ついても、死にかけても、そして死んでも......あの子は逃げない」
その言葉を聞いて、マリは下に視線を落とした。
レベッカの言葉を否定できなかったのだ。現に鈴木はマリと窮地に立たされても見捨てることはしなかった。それどころか、命を救ってもらった。少し前までは、敵になった自分を殺さなかった。
その優しさが、マリの今の立場を否が応でも意識させる。胸を締め付けるような痛みを与えてくる。
ある少女が涙を流したから。そんな理由で帝国軍に喧嘩を売った少年が、マリには輝いて見えて仕方がなかった。
自分の決めた道を突き進む鈴木が、堪らなく愛おしかった。
「マリだって......」
できることなら、戦争なんて始めたくない。マリだって思っていたことだ。
それでも年若いこの少女は、<
せめて我を貫く鈴木に恥じないよう、マリも意地を見せることにした。
だから、
「マリだって......<
マリは自身の胸に手を当てて、唱える。
「【固有錬成:犠牲愛】!!」
マリの全身を淡い赤色の光が包み込む。傍から見ても異様な光景。その実は自身の身体能力の底上げである。その様に、レベッカはマリという存在をこの時から侮れなくなった。
レベッカが溜息を吐く。
「スー君も罪な男ねぇ......ベンちゃん」
『......やる気か? アレを』
<討神鞭>の確認に、レベッカは苦笑しながら応じた。
「疲れるけど、やるしかないじゃない。......後で胸張ってあの子とハグしたいもの」
『ったく......面倒くせぇ』
と言うものの、<討神鞭>も満更ではなかった。その様子から、レベッカは同意と見なし、鞭を前にして両手でビッと張る。
そして静かに唱えた。
「『【
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