第266話 レベッカという女傭兵
「さてと、こちらも始めましょうか」
妖艶な笑みを浮かべて、ムムンとマリの前に立ったのはレベッカだ。
彼女は病衣に身を包んでいるが、無論、着替える間も無い。おまけに武器すらなかった。愛用している鞭――<討神鞭>すらこの場には無い。
正直、この状態が続いたら、負けるのはレベッカであると、自他共に認めていた。
「レベッカ!!」
するとレベッカの前に一人の少女が現れた。
マリだ。少女は桃色の髪を靡かせながら、ショートソードを片手にレベッカへと斬り掛かっていた。その顔はまるでレベッカを宿敵と言わんばかりに鬼の形相である。
「あら、マリちゃんじゃない」
「死ねッ!!」
マリに斬りかかられても、レベッカは飄々とした様子でそれらを躱し、一気に距離を取った。両者の間に距離が生まれる。
「怖いわ〜。どうしたのよ、急に」
「急にぃ? マリはこうしてあんたを殺せる日を待ち望んでいたの!」
「ええー。私、何かしたっけ?」
「ぐぬぬ。あくまで惚ける気ね!」
怒り狂うマリだが、レベッカは自分がいったい何をしたのかと必死に記憶を辿っているところであった。
思い当たる節があるとすれば、少し前、訓練と称して、マリを多くの訓練兵が居る中でボコボコにしたことだろうか。将又、彼女が好んで付けている香水を「くっさ(笑)」と一蹴したことだろうか。
レベッカには多すぎて皆目検討がつかなかった。......それら全てが、マリを怒らせた全てだというのに。
そんなことを考えながら、レベッカはマリの奥に控えているムムンを見据えた。
(マリちゃんよりもムムンが厄介なのよねぇ。今はなんか、皇帝陛下のことが気になっているのか知らないけど、注意が散漫しているみたいだし......)
ムムンはレベッカを警戒している。してはいるのだが、それよりも少し離れた位置に居る主君に注意を払っていた。
皇帝バーダン・フェイル・ボロンは娘であるロトルに何かされている。
それくらいしか離れた位置に居るムムンにはわからなかった。さすがに一度、謀反を起こした皇女とは言え、次は父の命を狙ってくるとは思えない。
ムムンから見ても、それ程までにロトルは甘い人格の少女と認識していたからだ。
問題はレベッカを前にしていること。ミルはアーレスとの一騎討ちで加勢は見込めない。シバは鈴木を追いかけた。マリだけでは戦況を立て直せないとわかっていた。
故にムムンはレベッカを警戒する。警戒はするが、自らは踏み込めないでいた。
(ベンちゃんがいればねぇ......)
と、レベッカは【
そんなレベッカに対し、螺旋状の氷の槍が飛来してきた。マリの攻撃である。
「【凍結魔法:螺旋氷槍】!」
「【雷電魔法:雷槍】」
が、レベッカが人差し指の先で展開した【雷電魔法】により、その氷槍は相殺された。螺旋状で貫通力に特化しているとは言え、レベッカとマリとでは力量差に圧倒的な差がある。
「きぃー!!」
「若いうちから怒ってばっかだとシワが増えるわよ」
などと、煽るレベッカだが、
「ご忠告ありがと! オバサンの教訓として覚えておくわ!」
「......。」
煽り返されてしまった。ビキキ。レベッカの額に青筋が浮かぶ。
レベッカは目が全く笑ってない笑みを浮かべた。大人の余裕を見せたのだ。
「お、おほほ。嫌ね〜。化粧覚えたてのお子様は、それだけで大人の女性って勘違いしちゃうのよねぇ」
「っ?!」
「まずはその乱れた服装をどうにかしなさいな。まさかそれで谷間を見せつけている気かしら〜」
レベッカは自身の双丘を片腕で持ち上げるようにして添え、その豊満な胸を見せつけた。
大人の余裕を......見せているのだ。辛うじて。おそらく。
これで黙っていられないのがマリである。
「べ、別に〜。マリはそんなつもりはありませんけどー。オバサンの垂れた胸よりはマシだと思いますけどー」
「た、垂れてないわよ!! ちゃんと張りも形も最高を保ってるわ! スー君だって鼻の下を伸ばしてたもの!」
「な?! ナエドコさんはあんたみたいなオバサンの胸なんかに興奮しないわよ! マリみたいな美乳が好きなの!!」
「美乳(笑)。ああー、やだやだ。小さいのを美乳って謳うの情けないわよぉ」
「なんですって! このイキオクレ!!」
「い?! 私は一人の男に縛られないだけだから!!」
「はいはい、マリは行き遅れないように気をつけますぅ」
「こ、この小娘――」
と、レベッカが言いかけたところで――ズドン!!
レベッカが立っていたところに、人ひとりを容易に飲み込む光線が天より降り注がれた。その衝撃に、マリは強風に煽られるが、転ばないようにと両の足に力を込めた。
レベッカに浴びせた光線は地面に大きな穴をあけ、円形に周囲を溶かす程の灼熱を伴っていた。その熱線は言うまでもなく、ムムンによる一撃である。
「マリ、さすがだ。敵の注意を引きつけ、隙を作るとはな。おかげで攻撃しやすかったぞ」
「......。」
後方からムムンに褒められるが、マリは全然嬉しくなかった。むしろ機を窺っていたとはいえ、あんな会話を聞かれていたことに若干の苛立ちを覚える。
しかしそんなレベッカの隙を突いた一撃でも、
「危ないわねぇ」
「「......。」」
レベッカはいつの間にか、近くの瓦礫の山の上に立っていた。
彼女の身体に青白い電撃が走っている様を目の当たりにして、ある種の【身体能力強化魔法】でも行使して回避したのだろうと、ムムンは察した。
(チッ。やはり一筋縄ではいかないか)
ムムンはそんな内心の苛立ちを表には出さず、レベッカをじっと見据えた。
「マリ、お前はとにかくレベッカに接近しろ。奴に触れれば勝ちは確定だ」
「言われなくても!」
マリが駆け出す。マリの【固有錬成:犠牲愛】は対象に触れることで発動条件を満たす。対象を傀儡にすることができる能力はレベッカも知っていたので、マリに触れられてはならないと気をつけていた。
幸にも、ムムンの後方支援があるとは言え、マリの近接戦だけに注意していれば躱すことは造作も無い。
が、それではいつまで経っても状況は覆らないのも事実である。
(せめて鞭っぽい武器があれば――)
と、レベッカが思っていた時だ。
「レベッカッ!!」
自身の名を叫ぶようにして呼んだ声に、レベッカは振り向いた。
「ば、バートちゃん?」
帝国皇女ロトルの専属女執事であるバートが、どこからとなく、この戦場に現れたのだ。正気の沙汰ではない。ろくに戦闘経験も無いバートがこの場にいては、巻き添えを食らって死ぬだけだ。
レベッカがそんなバートの無謀さに叱責しようと、声を上げようとした――その時だ。
「コレを渡しに来た!!」
「っ?!」
バートが手にしている物に、レベッカは目を見開いてしまったのである。
それはレベッカが今まさに求めていたモノ――<討神鞭>だ。
瞬間、レベッカは即座に駆け出した。
「させるか!!」
が、ムムンもこれを見逃さない。バートを狙って、地面から生やした巨木の根の花より熱線を放つ。
「ムムン!!」
その容赦の無い行為に、マリが怒りをあらわにした。
いくら謀反を起こした皇女とその従者とは言え、命まで奪うことは許されていない。そもそもそんな命令は主君から受けていなかった。それなのに、ムムンは戸惑うことなく殺しにいったのである。
いや、
「チッ。外したか」
殺せなかった。
「あっぶなーい」
どこからか、戯けた様子を思わせる声が聞こえてきた。
声のする方へ振り向けば、そこにはバートを脇に抱えたレベッカが居た。例の如く、身体中に青白い稲妻を走らせて――。
そしてレベッカのもう片方の手には――
『よぉ、レベッカ。会いたかったぜー』
“
「ただいま、ベンちゃん♡」
『ベンちゃん呼びやめろや』
<赫蛇のレベッカ>、再誕の時であった。
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