第265話 騎士の背と父の背
「ふんッ」
「くッ!」
アーレスとミルの攻防は過激化する一方であった。
アーレスの横薙ぎに、ミルは大剣で受け切る。
受け切ったが、威力を殺しきれず、後方へ仰け反ってしまう。なぜ女性の体躯で、巨漢の自分の膂力を上回るのか、ミルは不思議で仕方が無かった。
それも目の前の女が<狂乱の騎士>という異名で全て理由がついてしまう。
それがアーレスという強敵であった。
「これなら......どうだッ!!」
「っ?!」
しかしミルも負けない。
上段に構えた大剣から剣技を晒す。
繰り出すは【アルガーヌ流・龍尾剣術】――
「【白竜一鱗斬り】ッ!!」
振り下ろした一撃は大凡、大剣一本と男で成せる破壊力ではなかった。
まるで隕石の直撃を模した威力。その威力がなければ、竜の尾も斬れぬと言わんばかりの一線に、帝国城の敷地の一部が破壊し尽くされた。
地面に大きな窪みを作るほどの衝撃により、辺り一帯に瓦礫が飛び散る。土埃が舞う中、直撃したアーレスは――
「ははッ! そう来なくてはな!!」
「っ?!」
――無傷であった。
ミルはその場を飛び退き、距離を取った。
アーレスを見れば、出会った当初の凛とした雰囲気はどこへ行ったのか、もはや狂気じみた笑みすら浮かべている様である。
しかし女の身体に外傷こそ見受けられないものの、アーレスが手にしていた剣は砕け散って、柄しか残っていなかった。耐え切れなかったのである。
それもそのはず、ミルの先程の剣術はこの国の武の頂を示すには十分な一撃だったからだ。
ミルは冷静に見据えつつ、問う。
「武器は失われたぞ。まだやる気か?」
「無論だ。剣が折れた程度で私の闘志は折れん」
アーレスの即答に、ミルは呆れ顔を見せた。
「......立派な騎士だな」
「貴様もな」
そんな武器も持たないアーレスだからか、ミルは無意識にも吐露してしまっていた。
「私の【固有錬成】は対象を少し頑丈にするものだ」
「?」
なぜそんなことを言い出すのかと、首を傾げるアーレスに対して、ミルは続けた。
「なに、こちらも言わねばと思っただけだ。先程、貴殿も自身の【固有錬成】について語っただろう?」
「......騎士の矜持とやらか」
「さぁな」
「ついでに言うとだな、私の【固有錬成】が発動している間は、如何なる攻撃も通用しない。信じるかどうかは任せる」
信じるしか無いだろう。
ミルはそう思った。なにせ先の一撃を食らっても無傷であったのだから、今更嘘を言っても仕方がないと思うからだ。
(さて、どのようにして攻めるか)
ミルがそう考えていた時であった。
「――が」
アーレスの言葉はまだ続いていたのだ。
「今はそのスキルは発動していない」
そう言い切る女の手には、一振りの刀が握られていた。
「【水月魔法:滝太刀】」
アーレスが静かにその刀の名を口にする。
その刀は透き通った水で形作られた一振りだ。月明かりで照らされてようやく可視できるような美しさを秘めている。
ここに来て初めて見せる魔法に、ミルは唖然としていた。無論、アーレスが魔法を使った時点で、彼女のスキルは発動しなくなるのだが、ミルにはその発動条件の詳細を知る由も無い。
それでも自然と彼の口は開いた。
「【固有錬成】を......使わないだと? なぜ自ら優位性を捨てる」
「貴様に言われたくないな」
アーレスの言葉を鵜呑みにするのであれば、今後、ミルの攻撃はアーレスに通用することを意味する。明らかに有利な状況を不利なものへとした行為だ。
しかしそれでもアーレスから放たれる覇気に、ミルは踏む込めなかった。
「私はこれでも王国騎士団第一部隊副隊長の身だ。誇り高き騎士には相応の礼を見せる」
“誇り高き騎士”。その言葉がミルの胸に突き刺さる。
決して他の事を考えている場合ではないはずなのに、脳裏に我が子の――シバの顔が過ぎってしまったのだ。
とてもじゃないが、今の自分は少なくとも“誇り高き騎士”ではない。
その戸惑いに、アーレスが勘づいた。
「先程、貴様は言ったな。あの少年――シバには騎士としての矜持を叩き込んできた、と」
「......ああ」
その言葉に嘘偽りは無い。現にそうしてきた自覚はある。
しかし最後にシバに言ってしまった。自分の息子であると主張してしまった。<
「何も間違っていないだろう?」
「間違っていないのかもしれない......が、言うべきではなかった。少なくともあの場ではな」
「いいや、そんなことはない」
されどアーレスから共感の言葉は返ってこなかった。
別に敵から特段欲しい共感でも無い。それでもミルはアーレスの言葉の続きをまってしまった。その静寂に、アーレスが続きを語る。
「貴様はこれまでに騎士がなんたるかを、あの少年に教えてきた。それは他の誰でもない。ミル、貴様の背で語ってきたはずだ」
「っ?!」
その言葉に、ミルが目を見開く。
「これは持論だが、誰かに自身の背を見せる者はな、胸を張って生きてきたからこそ初めて成せているのだと思っている」
「そ、それは......」
「貴様が何を思って、何を伝えたかったのかは知らん。......が、そこに親子の縁など関係無い。ましてや血の繋がりなど、後悔の理由にはならないぞ」
「......。」
ミルの脳裏に今までのシバの有り様が過る。
年を重ねるに連れ、主君の命を絶対に従い、忠誠を誓い、命をかけるようになった。
誇らしい。まさにその気持ちで満たされた自分が居る。現に自身こそが、その美徳のような極みの人生を歩んできたつもりなのだ。
今度は我が子も同じ道を辿ってくれるとは。そう感動してしまう自分が居た。
が、同時に思い至る。
シバという少年の気持ちを殺してしまったのではないかと。
自身の教えに黙って従ってきたのは、本意ではなかったのかもしれないと。
その一端が見えたのが、鈴木とのやり取りだ。
戦争を反対する鈴木の激情に当てられ、シバに迷いが芽生えてしまった。それがミルという男に後悔の念を抱かせた。シバは......感情を殺した少年だったのかもしれないと。
「見せたかったのだろう? これまでの自分の背中を。そしてこれからの生き様を」
「わ、私は......」
「望んだのだろう? 自分の気持ちを殺すなと。示せと。――胸を張れと」
「私はッ!!」
「何を恥じる。何を悔やむ。最後まで騎士でいられなかった? 馬鹿を言うな。騎士の矜持を叩き込み、その上で選択を与えた貴様は――父親そのものではないか」
瞬間、ミルが跳ぶ。
まるで爆心地かのように、男が立っていた地面は弾けるようにして抉れた。
「私はぁぁああぁぁあ!!」
アーレスを襲うは、この国の騎士の頂点に立つ男だ。
剣をひたすら振るい、主君の障害を両断し、道を切り開いてきた騎士だ。
そして誰よりも大きな背を我が子に見せてきた――父親だ。
「【アルガーヌ流・龍尾剣術】――」
ミルの両腕に握られた大剣が、竜を幻視させた。鋼の塊が、まるで竜の体躯のような靭やかさを見せる―――竜を体現した。
「故に私も応じよう。誇り高き騎士には――全力だッ」
対するミルを迎えるは、他国の騎士であり、女の身でありながら、“最強”と謳われた者。
【固有錬成:万象無双】を解いた今、アーレスに守りは無い。攻めあるのみの剣を振るう――鋼とは対極に位置するような水の刀で。
「【バンディスト流・
竜に挑むにはやや劣る存在の一頭の虎。
されど、その牙は、爪は竜に届いた――否、並んだ。
竜と虎が互いの首を狙う。
「【牙狩り】!!」
「【虎断ち】ッ」
断たれたのは――竜の首であった。
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