第264話 <狂乱の騎士>VS<巨岩の化身>
「シバ......」
夜間、月明かりが地上を照らす中、<巨岩の化身>ミルは、今しがたこの場を後にしたシバに向けて、そう呟いた。
そんな彼はアーレスに吹き飛ばされたことにより、城壁に壁を埋めていたが、持ち前の頑丈さに物を言わせて、平然とその場から抜け出して立ち上がった。
シバは鈴木を止めるべく、跡を追いかけたのである。
鈴木がこれから何をするかなど、想像は容易い。手段はわからないが、王国軍と帝国軍の衝突を避けるために動き出したのだろう。
この場にアーレスとレベッカを置いて。
「あの少女は貴様の娘か? 似てないな」
アーレスがミルに近づきながら、そう問う。
彼女は自身の赤髪を夜風に靡かせながら、ゆっくりと距離を縮めていった。ミルはアーレスのただならぬ雰囲気に当てられ、その身に緊張を走らせる。
「息子だ」
「......そうか」
「似てないのは認めよう。なんせ私とシバに血の繋がりはないのだからな」
自嘲気味に嗤ったミルは、大剣を前方に構えてアーレスを見やる。
眼前の女は只者ではない。一連の行動を目にしたミル自身、そのことは容易に確信が持てた。おそらく、いや、十中八九、眼の前に立つ者は王国騎士団の<
これから帝国が戦争を仕掛ける国である。多少なりとも情報は入っている。
「<狂乱の騎士:アーレス>......まさかここで相対するとは」
「怖気づいたか?」
「抜かせッ!」
今度はミルから仕掛けた。
両足に力を込め、一気にアーレスとの距離を縮める。そして大きく振りかぶった大剣をアーレスに振るった。
力任せの一撃。されど研ぎ澄まされた一線は、ただ膂力のみで完成された力技である。
しかしアーレスは手にしている剣でその攻撃を防いだ。
ガキンッ。二つの金属の塊が衝突した瞬間、爆発でも起こったかのような爆風がその場に生まれた。
「ぬおおぉぉおお!!」
「む?」
拮抗したかと思えば、ミルの雄叫びと共に、大剣に込められる力は増していき、徐々に仁王立ちするアーレスの足の位置をずらしていった。
そして、
「吹き飛べッ!!」
アーレスは耐えきれず、真横へ吹き飛ばされた。
帝国城の別棟に激突するアーレスを前に、ミルは油断なく、再び大剣を構えた。
やがて土埃が舞う中、瓦礫の山をまるで降りかかる雪のように払い除けながら、アーレスが姿を現した。
「やるな、<巨岩>」
「無傷......か」
「ああ、私の【固有錬成】だ」
アーレスのその一言に、ミルは目を丸くした。
まさか自身が傷を負っていない理由をあっさりと口にするとは思っても居なかったからだ。
そして同時に気づく。
アーレスがこの状況下で、何故か笑みを浮かべていることを。それは余裕の笑みでも、見栄からなる笑みでもない。純粋にこのひと時を楽しもうとする酔狂さを感じさせる笑みであった。
ミルはアーレスから視線を外し、ムムンたちを見やる。
(支援は見込めんな)
アーレスの実力は未知数だ。それでもムムンが支援してくれるのであれば、ミルはこの戦闘を制することができると感じていた。
が、ムムンとマリはレベッカの相手をしなくてはならない。
マリ一人ではレベッカの対処が難しいと判断されるからだ。状況的に許されるのであれば、シバがこの場に残せたのなら、話はまた別であっただろう。
「一つ、聞いていいか?」
するとアーレスが剣を構えること無く、ミルに近づきながら、そんなことを聞いてきた。ミルは応じる。
「なんだ?」
「なぜ、あの少年......シバを向かわせた?」
アーレスの問いに、ミルは疑問を抱いた。
「なぜ......と言われてもな。ナエドコを止めるために決まっているだろう」
「止められるか? 彼に、ザコ少年君が」
おそらくアーレスはシバの実力を知っていないから、そんな質問をしてくるのだろう。たしかに鈴木は強者だ。並の者ならば手も足も出ないだろう。
が、鈴木の跡を追ったのはシバだ。<
「シバはああ見えて強い」
「<暴風の化身>と呼ばれているらしいな」
「知っていたのか。ならばわかるだろう? ナエドコとの実力差は覆らない。まだ本調子を取り戻せていないナエドコなら尚の事な」
そんなわかりきったことを口にするミルだが、依然として胸の中にしこりのような違和感が生じているのを実感していた。
この感覚は......“不安”と決めるには、やや確信に至れない感情であった。
アーレスは否定の言葉を述べた。
「実力云々ではない。あの少年は迷っていた。おそらく、まともに戦えないぞ」
「......。」
女の言葉に、ミルが抱く気持ちの違和感の正体がわかった。
それは、
「だろう......な。貴殿の言う通りだ。今のシバは不安定そのもの。そしてそんな弱者にしてしまったのは......この私だ」
「......。」
まさか出会って間もないシバのことを、アーレスには見抜かれていて、誰よりも長く過ごしてきた自分が見抜けなかったことに、ミルは歯噛みした。
否、見抜けなかったのではない。見なかったのだ。
否定したかったのだ。
「私はあの子の父親だ。血の繋がりはない。......だからか、本来の親が与えるげき愛情よりも、騎士としての矜持を叩き込んできた」
「当然だ。私が仮に貴様の立場ならば、子であろうと部下であろうと厳しく接する。それは間違っていない」
「はッ。どうだか」
ミルは自嘲するように鼻で笑った。
思い返すは、シバが鈴木の跡を追う際の出来事。ムムンに我が子に対して「お前は<
事実だ。その言葉になんの問題もありはしない。されど、ミルは口にしてしまった。
お前は俺の子だ、と。
そう言ってしまった衝動が今も理解ができない。なぜ、あの時、自分はあんなことを言ってしまったのだろうか。
「なぜ......最後まで騎士として......言えなかったのだろうな」
ミルは力無くそう呟くと、気を取り直してアーレスに剣先を向けるのであった。
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