第261話 年上お姉さんの再誕
「ザコ少年君!!」
アーレスさんが手にしている剣を地面に突き付け、その柄頭に両手を置いて声を張った。
彼女は僕に背を向けているのだが、その背は女性とは思えないほど大きく感じる。騎士の威厳がそこにはあった。絶対的な信頼感があるのだ、アーレスさんには。
僕は深呼吸をしてから大声で返事をした。
「はいッ!!」
「君はまだやれるか!」
「もちろんです!」
「ではレベッカを頼んだ!! 先程、ウズメと合流できたが、君に呼ばれたため、あの子のスキルを頼らなかった! それで良かったか?!」
より確実に、事態を有利に進めるのであれば、ウズメちゃんと合流した際に、例の手段でレベッカさんを覚醒させるべきだった。
が、アーレスさんはそれよりも僕を優先してくれた。確信も無いのに、僕の声に応えてくれたんだ。信頼してくれたんだ。
だから今度は僕が示さないと。
――この選択は間違っていなかったって。
「レベッカさんは任せてください。僕が......復活させます!」
『『っ?!』』
「......信じるぞ」
魔族姉妹は酷く驚いていたが、アーレスさんは静かにそう答えるだけであった。
だから僕は彼女に頼む。
「どれくらい時間を稼げそうですか?」
「......<
「五......いや、三分ください」
「任せろ」
そう言い終えるのと同時に、アーレスさんは剣を手に取り、<
僕はアーレスさんを信頼して、彼女がこの場に運んでくれたレベッカさんの下へと向かう。氷の棺の中に居る美女は病衣を纏っていて、全身を猛毒で侵されているとは思えないほど安らかに眠っていた。
レベッカさん、今、あなたを助けますから。
『お、おいおい! おま、どういうことだよ!』
『苗床さん、この女の状態異常を治せる術があるんですか?』
「いや、僕には治せない」
『ふぁ?!』
『どうしましょう、宿主の頭がおかしくなりました......』
お、おかしくなってないよ......。
大丈夫、<
思い起こすは、一国の皇女が泣き崩れる姿。嗚咽混じりに涙を流し、大して力も無い僕に縋りつくほど弱りきった少女の姿だ。少女の悲痛な声が、今も僕の耳に残っている。
できることなら代わってあげたい。彼女を苦しめるものは全て僕が引き継ごう。だからもう泣かないでほしい。
そんな高慢さが、あの【固有錬成】を発動させるきっかけになったんだ。
そしてその“きっかけ”は“確信”へと替わる―――皇帝さんの意志と相反するように。
片や過去に少女が流した涙に誓いを立てた――“復讐”を。
片や今の少女が流した涙に誓いを立てた――“安寧”を。
「だからきっと......この【固有錬成】の持ち主は、優しい心の持ち主だ」
このスキルの元の持ち主のことは、僕は知らない。<討神鞭>はその元の持ち主――人造魔族は他者の苦痛を別の者へ移す無慈悲なスキルって言ってたけど、僕はそう思わない。
だってそれは捉え方の違いであって、誰かの痛みを自分に移すこともできるのだから。
少なくとも僕はそう信じている。
そしてそれを今から証明してみせる。
「ふぅ......」
僕は手にしている【閃焼刃】を掲げた。
そしてそれを――氷の棺の中で眠るレベッカさんの腹部に突き刺した。
僕のその行為に、魔族姉妹が絶句する。それでも僕は続けて唱えた。
「【固有錬成:害転々】」
*****
ビキ――ビキビキビキ......パリンッ。
氷の棺に【閃焼刃】を突き刺して間もなく、レベッカさんを覆う氷塊が砕け散った。僕は彼女の腹部に目掛けて、【閃焼刃】を突き刺したんだ。
当然、彼女の傷口から血が流れる。ドクドクと傷口を焼かれながら、それでも止めどなく赤黒い血が地面へ流れ落ちた。
レベッカさんは氷の棺から開放された後、重力の名の下、前方へ倒れそうになったが、僕はそんな彼女の身を【閃焼刃】を引き抜きつつ、抱き止めるようにして支えた。
『苗床さんッ! あなた何をしているんですか?!』
『ま、待て! なんだかこの女の様子がおかしいぞ!』
レベッカさんの顔は真っ青だった。いや、顔色だけじゃない。全身の肌から垣間見える色は、まるで血が通っていないような病的なまでに白かった。
が、それも束の間。
『お、おいおい。これはどういうこった?』
『この女の体内にある毒の侵攻は再び始まったはず......』
魔族姉妹の疑問は尤もだ。ただ氷の棺から彼女を開放したら、待っていたのは“死”だったのだから。
レベッカさんの真っ青な顔色は、冷たかった体温は、死体のように脱力しきった身体は......徐々に温もりを取り戻していった。これが意味することは、彼女を蝕んでいた状態異常の回復である。
無論、【閃焼刃】による攻撃ではない。
そしてレベッカさんの回復と同時に、
「ごふッ」
『鈴木?!』
『苗床さんッ!』
僕は口から血の塊を吐き出した。
一気に体温が下がっていくのを感じる。肌の感覚するら無くなってきた気がした。そんな僕の異常さに気づいて、魔族姉妹が驚愕しているが、これは当然のことなんだ。
なんせ僕がレベッカさんの体内にあった毒を受け継いだんだから。
はは、<屍龍>の猛毒を食らった僕でも、この毒には耐性が追いつかないや。すごいな、レベッカさんは。こんな毒を食らっても平然としていられたなんて......。
今までレベッカさんを支えていた僕だが、今度は僕が前方へ倒れた――その時だった。
「あん♡」
艶のある声が耳元で囁かれた気がした。
その声は大人の女性の声で、すごく色気に満ち溢れていた。
全く身体に力が入らない僕は、倒れるのと同時に、自身の顔を何か柔らかなもので挟まれたことに気づいた。
柔らか......いい匂い......エッチな匂いだ。以前も味わったことのある至福の感触である。
もう毒が全身に回って気を失いそうになってるけど、抱き止められたことくらいすぐにわかった。
その人は――
「スー君ったら、相変わらず大胆ねぇ」
レベッカさんだ。
優しく僕を抱き止めてくれた。彼女から慈愛に満ちた視線を向けられている気がするが、僕はかまわず返事をした。
「レベッカ......さん、おかえり......なさい」
「ただいま。......助かったわ。ありがとう」
短くそう言う彼女は、僕の頭を優しく撫でていた。ああ、この温もりをいつまでも堪能していたいなぁ。
でもそんな呑気なこと言ってる場合じゃない。
「さてと......よくも私のスー君に酷いことしたわね」
レベッカさんは片手で自身のブロンドヘアー掻き分けながら、前方の敵を睨みつけて言った。
「痛めつけてあげる♡」
恍惚しつつ、不敵な笑みを浮かべて。
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