第260話 待ち望んだヒーロー

 「ふむ......帝都で待機している軍は本隊か」


 ワイバーンの背に乗る人物は、夜風に赤髪を靡かせながらそう呟いた。


 その者の名はアーレス。王国騎士団第一部隊副隊長である。


 『グアァァアァア!!』


 ワイバーンは咆哮を上げた。いや、嘆きだ。ワイバーンは咆哮ではなく、嘆いているのだ。


 それもそのはず、なにせアーレスを乗せているこのワイバーンは――カリタカ樹海にて、群れを駆逐され、たった一人の人間の手によって調教されたのだから。


 野生の本能から逆らえないワイバーンは、背にアーレスを乗せて、カリタカ樹海から帝都まで休み無く飛行しているのである。


 しかしワイバーンは帝都に辿り着くとほぼ同時に、眼下の人の群衆から総攻撃を食らっていた。


 その攻撃のほとんどは命中しなかったが、それでもこの土地にとって異分子であるワイバーンを排除しようと、一身に命を狙われていたワイバーンである。


 故にワイバーンの飛行は安定しない。


 「王国に宣戦布告、前線部隊の進軍はわかるが、まだ本隊が進軍していないだと?」


 アーレスはワイバーンの荒い飛行に動じず、状況を見定めていた。アーレスの予測では、既に本隊は進軍しているのだと見ていた。


 それに帝国城の一部が騒がしい。遠目から見ても、何やら争い事が勃発しているように見えた。おそらくそれが本隊の進軍を遅らせている原因だろうと見て、アーレスはその場へ向かう。


 そして道中、またも目を疑うような事態を目にした。


 「あわわわわ! ルホスさん! 騎士たちが下からたくさん来てます!!」


 「ええい! 邪魔だッ! 我に引っ付くな!!」


 (ウズメと......もう一人はルホスか? なぜ帝都に? 王都に居るはずだが......)


 帝国城の中で一番高い建造物の屋根の上に、二人の少女が居たのを目にしたアーレスであった。


 なぜあのような目立つ場所に、二人の少女が居るのか、アーレスは疑問に思った。しかしその疑念は、ルホスが抱えている氷の棺を目にして霧散した。


 氷の棺の中には――レベッカが眠っていたのであった。


 (なぜレベッカを二人が......いや、今はそんなことどうでもいい。二人は私を待っていたのか。すぐに互いを視認できるよう、一番目立つ場所で)


 そうとわかった途端、アーレスは満身創痍なワイバーンに二人の少女の下へ向かうよう命令した。


 「クソガキどもッ! 早くそこから下りろぉぉお!」


 「君たち、そこで何をやっているんだッ!」


 「ひぃ!! ルホスさんッ!!」


 「くそッ! こうなったら【棍牙】を使って――」


 と言いかけたルホスと、怯えた様子でルホスにしがみ付いていたウズメを、アーレスが一瞬でかっ攫った。


 ワイバーン騎乗による神業とも言えるだろうその行為に、ルホスとウズメが目を見開いた。


 「「っ?!」」


 「待たせたな。無事か?」


 「「あ、アーレス(さん)?!」」


 ワイバーンに連れ去られた二人は、待ち人との不意の合流に唖然とするも、すぐさま状況を説明しようとした。


 それを聞きながら、アーレスは今も尚、氷の棺の中で眠るレベッカを見やる。


 (ウズメとレベッカ、そして私が居る今なら、レベッカを例の手段で復活させることができる。しかし......)


 アーレスの胸に焦燥感が生じる。


 どう考えても、そんなことをしている場合ではない。二人の話を聞けば、鈴木はたった一人で<四法騎士フォーナイツ>と戦っている。


 先程、遠目から見た景色で、なにやら戦闘が繰り広げられているように見えたのは気のせいでは無かったのだ。ならば一刻も早く、鈴木の助太刀をすることがアーレスに課された最優先事項になる。


 仕方ないが、レベッカのことはまた後で――そう思った時のことだ。


 「アぁぁぁああレスさぁぁぁぁああん!!」


 「「「っ?!」」」


 どこからか、鈴木の声が聞こえてきた。その怒号にも似た声に、三人は驚く。


 「スズキッ?!」


 「あ、あそこです!!」


 「......。」


 ウズメが指差す方向に、アーレスは視線を移した。


 そこには確かに戦いの痕跡があった。辺りは破壊し尽くされていて、周辺にはなにやら謎の巨大植物まで生えている。


 一言で言ってしまえば――“異常”。そしてそこに......鈴木は居る。


 その確信が得られた瞬間だった。


 「レベッカさんも連れてきてくださいッ!!」


 「わかったッ!!」


 ――鈴木の声に、アーレスが即応じたのは。


 「「え゛」」


 ルホス、ウズメの口から間の抜けた声が漏れる。


 しかしもう遅い。アーレスはレベッカを閉じ込めている氷の棺をルホスから奪い、担ぎ上げ、ワイバーンの背から飛び立った。


 「「ちょ、えぇぇぇええ?!!」」


 急な展開に魔族とエルフの少女は驚愕するが、アーレスは今の二人を気遣う必要はもう無いと判断し、飛び立ったのである。


 真っ直ぐに。


 自身の助けを求めている少年の下へ。



*****


 ヒュ――ダンッ!


 僕の眼の前に、空から何かが落ち来てた瞬間だった。


 「......何事だ」


 「空から何か落ちてきた?!」


 「二人とも! 警戒を怠るなッ!」

 

 「......。」


 土埃が舞う中、僕の目の前に落下してきたものに対し、どこか落ち着き払った様子のムムンさん、慌てた様子のマリさん、警戒心をより一層強めたミルさんと三者三様の反応をしていた。


 ただ一人、シバさんだけは目つきを鋭くして、


 そして、その正体に逸早く気づいたのは彼であった。


 「少し前から殿下の護衛役がナエドコの他にもう一人増えた。上がった報告では、その者は女性冒険者で、ランクはD。......でも今はそんな情報を真に受けない」


 どこからか、落下物による衝撃で舞った土埃を吹き飛ばす風が、その者の姿をこの場に居る全員の目に焼き付けた。


 僕の眼の前の女性は、担いでいた氷の棺をガシャンと地面に下ろし、一歩前に出る。線の細い身体なのに、彼女の背を目にした僕は底知れない信頼感が湧き上がった。


 深紅色の美しい長髪を後ろで結った女性は、正しく僕にとっての勝利の女神。


 そう、この人の登場を僕は待っていたんだ!!


 「アーレスさん!!」


 「私が来るまでよく耐えた。偉いぞ、ザコ少年君」


 アーレスさんは僕に背を向けたまま、腰に携えていた剣を引き抜いた。


 ゆっくりと。その刃を眼前の連中に見せつけるように。


 やがて彼女は剣先を前に向けた。


 「よくも私の――うちの騎士団の新人をイジメてくれたな」


 「『『......。』』」


 あの、騎士団に入った覚えがないんですけど......。

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