第259話 泣いてたんだって、言ってるじゃないか
「綺麗な花だなぁ......ったく」
地面に倒れ伏していた僕は、踏ん張って身を起こした。
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それが今となっては無数の多彩な花と化している。なんか花の中央が淡い光を収束させているんですけど。もしかして僕の胴体を消し飛ばしたの、あの巨大な花から出た光線のせい?
どういうことだよ。
「奥の手があるのは自分だけだと思ったか? はッ。良いザマだな――」
「でもナエドコは強かった」
ムムンさんの言葉を遮ったのはシバさんだ。
彼は......やはりと言うべきか、自身の傷を【固有錬成】で治さなかった。いや、治せないんだ。その代わり、回復ポーションを飲んでいた。空になったその瓶を、彼は地面へと投げ捨てた。
おそらく彼の【固有錬成】は同時に使えない。
【固有錬成:日ノ風露】は陽の光を浴びることが発動条件。効果範囲は未知数だが広範囲。使用制限は見受けられなかった。言うまでもなく、支援特化のスキルだ。
【北ノ風雲】は陽の光を浴びないことが発動条件。風を操るから攻守共に厄介極まりない。当然、ゴリゴリの攻撃特化のスキルである。
だからポーションで傷を治したんだ。
シバさんは静かに口を開いた。もう先程までの、戦闘時の荒々しい性格の彼ではない。普段の落ち着いた様子を見せる。
「自分の血を見たのは......初めて」
はは、さいですか。
僕は身体を起こそうとするが、手足に力が入らないことに気づく。それでも妹者さんが気を遣ってくれて、【閃焼刃】を生成したので、僕はそれを杖代わりにして、その場に座ることができた。
どうやらまだ立てそうにない。
僕の外見は無傷だが、限界が来ていることを察したのだろう。<
余裕と言わんばかりな佇まいである。ちくしょう。
だから僕は言ってやった。
「シバさん、あなた親に殴られたこと無いんですか?」
僕のそんな突拍子もない質問に、彼が小首を傾げる。
ちなみに僕は親に殴られたことは無い。ただ興味本位で聞いただけだ。
しかし彼は律儀にも答えてくれた。
「無い。私に親は居ないから」
「ああ、あなた、親に捨てられたんですっけ」
「......。」
僕は嫌味満載で言った。そして続けた。シバさんから少し離れた所に立っているミルさんに視線を向けながら。
「ミルさんには?」
「......ミルは別に私の親じゃない」
その言葉に、ミルさんは眉一つ動かさなかった。動揺すらしないらしい。さすがと言うべきか。
するとシバさんが、先程よりも幾分か低い声で口を開いた。まるでこんな会話に何の意味があるのかと、思考放棄するかのように。
「言い残す言葉はそれでいいん――」
「ミルさんの装甲を僕の拳が貫いたとき、シバさんは取り乱していたように見えたんですけど......僕の気のせいですか?」
「っ?!」
その言葉に、シバさんは毛を逆立てるようにして、僕を睨みつけてきた。殺気すら感じる眼光である。
それでも僕は怖気づかなかった。
「ミルさんが......特別に大切なんでしょ」
「......。」
この沈黙を図星と見るべきだろうか。
僕は続けた。
「ミルさんから聞きましたよ。あなたは赤ん坊の頃、【固有錬成】が暴走して親元から離れたって」
「......だからなに?」
「母親に抱き上げられることもなく、父親にあやされることもなく......」
「さっきから何が言いたい――」
「それでもミルさんはあなたをあの場から救った」
僕が彼の言葉を遮って言うと、彼は黙って視線だけをミルさんに移した。
「大切なら大切でいいじゃないですか。誰にだって、自分にとって大切な存在の一つや二つある。肉親である必要は......無い」
その場で座っていた僕は、【閃焼刃】を杖にするようにして、なんとか立ち上がってみせた。その様を見て、シバさんが狼狽えた様子で問う。
「......まだやる気?」
「当たり前でしょ」
「なんで......なんでそこまでするの......」
「はッ。なんでって......まだわからないのかよ」
僕は呆れたように、彼の言葉を鼻で笑いながら、溜息と共に吐き捨てた。
「あんたらがこれから始めようとしてんのが、大切なモノの奪い合いだからだッ」
途端、全身に力が入る感覚を覚えた。
魔族姉妹の魔法でもスキルでもない。僕が使えるスキルによるものでもない。
気合だ。気合だけで踏ん張っているのだとわかった。
僕は眼前の騎士たちを見据えた。
「シバさん、あなたがやりたいことってなんですか? 戦争ですか? これからたくさんの人の命を奪って、大切なものまで奪って......泣かせて......それがあなたのしたいことですか?」
「わ、わた、しは......」
「主君の命令だから? ミルさんの役に立ちたいから?」
僕は歩を進めた。一歩ずつ。そう、一歩ずつ。
決して大きくもなく、真っ直ぐ歩けた訳じゃないけど、着実に進んでいた。
「いいのかよ......そんなんで......本当にいいのかよ」
「私はッ――」
「そんなんでッ! 胸張れんのかって聞いてんだよッ!!」
「っ?!」
僕は【閃焼刃】を真っ直ぐ構えた。大丈夫、僕の闘志は揺らいでない。折れていない。――まだやれる。
シバさんは......俯いている。酷く動揺しているのか、少なくとも自分の意志を主張できないくらいには、もはやただの子供に過ぎなかった。
「私は......」
「いい。シバ、お前は正しい」
が、そんなシバさんより前に出た者が居る。
ムムンさんだ。
「冒険者如きにわかるまい。我々は騎士だ、陛下の剣だ。命が下れば剣を振るう。そこに己の感情など要らん。必要なのは絶対の忠誠、それだけだ」
ムムンさんが片手を上げる。
それが合図となったのか、巨大な植物が一斉に僕の方へと向き始めた。同時に、美しい花たちは淡い光を集める。きっと僕の胴体を消し飛ばしたときのような光線を放つ気なんだろう。
まともに食らったら、さすがの魔族姉妹でも危ないかな......。
たぶんだけど、あの【固有錬成】......今なら使える気がするのに。
「はぁ......。二人ともごめんね。もうちょっとだけ付き合って」
『かかッ。あいよ!』
『それより苗床さん、空を見てください』
空? 姉者さんが左腕を動かして、その人差し指を星空へと向けた。自然と僕の視線も上へ向く。
すると目を凝らして見れば、そこには――
「っ?! ドラゴン?!」
夜空を駆ける一体のドラゴンが居た。
ドラゴンには会ったこと無いけど、大きな羽にトカゲのような尻尾、鋭い爪に牙が見受けられたので、ドラゴンに見えたのである。
しかし僕のそんな推測は的外れだった。妹者さんが否定する。
『いや、アレはワイバーンだ!! なんでここに居んだ?!』
『それも驚きですが、あのワイバーンの背に誰か乗ってません? よく見えませんが、あそこに乗っている人は......』
「っ?!」
姉者さんが言った通り、ワイバーンの背にはある人が乗っていた。
その人は―――。
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