第258話 風を統べる者
「そこ」
「っ?!」
右腕を失った僕は、静かに手を振ったシバさんを目にして、後方へ飛び下がった。
僕が後方へ飛び下がる前に居た場所に強烈な風が通り過ぎ、地面を削るようにして爪痕を作っていく。
風による攻撃......差詰、風の刃というべきか。
それが僕を絶え間なく襲ってきたのだ。
「ちッ」
僕は舌打ちした。風の刃を避けるのは難しいことじゃない。
【固有錬成:闘争罪過】で身体能力が飛躍的に向上したから、見て避けるという余裕が生まれた。飛来してくる過程で、その箇所が若干だが、歪んで見える。注視していれば、避けられない攻撃じゃない。
僕は飛び下がった後、妹者さんの【固有錬成】によって、離れた箇所に落ちてある右腕を回収し、完全に回復される。
『なんで今使えるようになったんだよ!! あのうぜぇー風を操るスキル!!』
『おそらく日照時間が関係しているのでしょう』
『日照だぁ?』
僕も姉者さんに同意だ。
思い返すと、闇組織を襲撃した際もそうだった。僕らは使い切りの転移系魔法具を使用して帝都に戻ってきたのだが、転移先はシバさんのミスで遥か上空に転移。
シバさんのスキルが使えれば、僕らはパラシュート無しで安全に着陸できたはずだ。だが彼はそれをしなかった。できなかった。それはあの時、陽の光を僕らが浴びていたからだ。
「ミルさんが言ってたよね。シバさんは幼い頃、【固有錬成】の暴走で山を消したって。それは夜間に発動し、夜明けには収まったって。だから......日が沈んだ今、シバさんは風を操る【固有錬成】を使える」
僕の確信を得た発言に、まるでシバさんは肯定するかのように浮遊した。
そんな僕らが、日が暮れても互いを認識できるのは、明かりをそこら中で灯しているからだろう。
「少し違う。私の【固有錬成】は日が当たっていなければ使える。そしてもう日は沈んだ。だから、ここからは――私がナエドコの相手をする」
そう言い終えるのと同時に、シバさんの姿が霞んだ。
いや、
「っ!!」
『上かッ!!』
「死んでから絶望して」
頭上、高さ十メートル程の位置に移動した彼は、宙に浮きながら片手を振るう。
僕は身体能力の飛躍的な向上に身を任せ、真横へ飛ぶ。
その瞬間、地面が巨大な十字が描かれるように抉れた。
「へぇ。それを避けるんだ」
『ナイスだッ! あんなの食らったら再生まで時間かかっぞ!!』
『次! 後方から来ますッ!』
くそッ!
僕は背後を見やると、姉者さんの言う通り、空間の歪みのようなものを視認して回避する。
「背中に目でも付いているの?」
「いつになくお喋りですね!!」
僕は余裕そうに浮かんでいる彼に向けて、鉄鎖を振るった。
鉄鎖は鞭のように撓って彼を捉えるが、やはりと言うべきか、例の風の壁によって、一定以上の距離でビタンッと侵攻を阻まれた。
「無駄」
「ならこれはッ!」
僕は地面に手を突っ込んで、まるで岩の卓袱台返しと言わんばかりに、引っ剥がし、その面をシバさんに叩き付けようとする。
が、そんな質量にものを言わせた一撃も、風の壁によって防がれる。
「だから無駄――」
と言い欠ける彼に、僕は【固有錬成:縮地失跡】を発動させ、彼の背後に転移する。
「全力で行きます!!」
「っ?!」
さてはシバさん、戦闘に夢中になってて忘れかけてたな。
僕は相手が視認できなくなった瞬間、死角に転移できるということを!
僕は右足を上げ、【固有錬成:力点昇華】を使用し、振り下ろす――踵落としだ。
「うぉぉおおお!!」
「ぐッ!!」
シバさんは即座に風の壁を形成するが、咄嗟の一撃に耐えきれず、そのまま地面へと叩き落された。
【闘争罪過】×【力点昇華】の馬鹿力だ。耐え切れないのも無理はない。
シバさんの落下で辺り一帯に土埃が激しく舞うが、彼が風を操作してそれらを吹き飛ばす。
「いッたい......なぁ!!」
妹者さんの呼びかけと同時に、彼はそのまま両手を僕に差し伸ばしてきた。シバさんの顔が憤怒に染まっていることに気づく。痛みになれていないのだろうか。
『っ?! 避け――』
妹者さんが何か言おうとした瞬間、僕の上半身は脊髄を残すようにして、肉体の両側に巨大な穴があいた。
風が貫通したのか!! 全然反応できなかったぞ!!
でも両足は健在だ!!
「もう一発ッ!!!」
僕は落下と同時に、眼下のシバさんを踏みつける形で、【闘争罪過】×【力点昇華】を行使した。
シバさんはすぐに自身を包み込むよう、風のバリアを作るが、連続で行使するには不向きなスキルなのか、今度のはかなり手応えがあった。
「っつぅ!!」
シバさんの口端から血が流れ出るのが見えた。
手応えがあったのは間違い無い!
『んなら、このまま畳み掛けるぞ!!』
『うぷッ』
いつの間にか再生した妹者さんと姉者さんが阿吽の呼吸で、【烈火魔法:鎖状爆焼】を発動させる。そこから僕が手を加えて、【多重紅火魔法:
それを上段に構え、一気に振り下ろす!!
「『【多重紅火魔法:爆鎖打炎鎚】――』」
が、
「貴様はいったい誰と戦っている」
ぐわん。
突如、僕は宙に放り出されたように、バランスを崩した。
いや、胴体を吹き飛ばされた。光線が僕の胴体を貫いたのだ。
「ごふッ」
そんな自分の様を目にした後、今度は僕の視界の端で影――鋼の塊が映った。
「おぉぉおお!!」
「っ?!」
ミルさんが胴体半分だけになった僕を、大剣でフルスイングして吹っ飛ばしたのだ。
僕はまるでヒットした野球ボールのように城門付近に叩き付けられた。
「がはッ」
壁の一部が崩れるのと同時に、僕も瓦礫と一緒に落ちる。
地面に倒れ伏す僕は、全身に伝わってくる冷たい感覚に、急速に
『おい、鈴木!! 鈴木ッ!!』
『......ちッ。タイムリミットが来ましたか』
魔族姉妹はどうやらあの不意打ちから、無事に再生できたらしい。
身体に傷こそは無いけど、【闘争罪過】の反動がここに来て始まったみたいだ。さっきまで底しれない力が漲っていたのに、今はもう全身から血が流れ出ていく感じがして、力が上手く入らない。
【闘争罪過】は死ぬまで自分を強化し続ける。同時に、自身の死を早める時間制限付きだ。
僕は【闘争罪過】を発動してから何度も致命傷を食らってるし、いつ解除されてもおかしくなかった。
もう立つことすらできないかもしれない。
「おい、冒険者。聞こえなかったか? 貴様はいったい誰と戦っているつもりだ?」
すると、こちらへ近づいてくる足音が聞こえてきた。未だに身を起こせない僕は、なんとか視線だけでもそちらへ向けるようにした。
声からわかってたが、僕に話しかけているのはムムンさんだ。
僕の胴体を吹き飛ばしたクソ野郎である。
「シバと戦っていたのか? 違うだろう? 我々<
クソ野郎が死に体の僕を煽ってくる。その顔は地を這う羽虫でも見ているかのように、嫌悪感が剥き出しだった。
<
「はは......なんだよ、それ」
<
多彩な花だ。なに一つ、その色に重複が見受けられないほど美しい花である。それもすごく大きい。
日はもう沈んだのに、日光を求めて上を向いて咲き誇る花もあれば、目なんて無いのに地面に倒れ伏す僕を遠くから見下ろしてくる花もある。どう見てもただの植物じゃない。
「くそ......こんなんで終われるかよ」
『『......。』』
僕は悪態を吐きながら、震える手を杖代わりにして身を起こしたのであった。
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