第257話 逆転するか、やられるか

 「はぁはぁ......」


 『お、おい! 鈴木! 大丈夫か!』


 僕は息絶えそうな思いを堪えながら、闘争心を滾らせていた。


 もう日は暮れそうである。かなり長いこと戦っていたが、アーレスさんはまだ来そうにない。


 現状、なんとか<四法騎士フォーナイツ>の面々と渡り合えているのは確かだ。が、それもおそらく長くは続かない。


 『【固有錬成:闘争罪過】......。あのとき、トノサマミノタウロスは決死の覚悟で私たちを殺しに来ていました。おそらく、あの果てし無き身体能力の強化は......』


 姉者さんが言いたいことは察している。


 【固有錬成:闘争罪過】――スキルを発動させると、破格の力を得られるが、その代償は大きい。


 たぶん、死ぬまで力を高めていくスキルだ。


 じゃなきゃ、あの時、妹者さんの【固有錬成:祝福調和】でトノサマミノタウロスの身体能力をコピーした僕の膂力を、直ぐに上回ったことに説明がつかない。


 でも、


 「僕は死ぬ気無いから!」


 『わーってんよ!! てか、あーしが死なせねぇー!』


 僕は一気に駆け出した。


 <四法騎士フォーナイツ>も先の攻防で、僕のこの状態が長続きしないと察しているのだろう。だから守備に徹するよう、あっちから仕掛けてこないんだ。


 なら!!


 「ふッ!!」


 僕は鉄鎖を巻き付けた左腕を振るう。


 イメージは鋼の鞭。それを撓らせるように、眼前の重騎士――ミルさんを狙う。


 ミルさんは手にしていた大剣を盾にして、鉄鎖による一撃を防いだ。が、かなり勢いがあったのか、後退する。


 その隙に、シバさん目掛けて走り出す。


 「させるかッ!!」


 が、ムムンさんが【固有錬成:葉ノ牢】で巨木の根を地面から生やし、僕の邪魔をする。魔法は一切効かない根だが、今の僕なら――


 「邪魔ッ!!」


 「っ?!」


 根を蹴飛ばす。それだけで頑強な根は引き千切られるようにして分断された。数本、それを繰り返した後、僕はこのままシバさんとの距離を縮めた。


 シバさんは厄介だ。


 広範囲の回復効果に加え、魔族姉妹から魔力を奪ってくる。まずは彼をなんとかしないと!


 なのに、


 「らぁあああ!!」


 「っ?!」


 視界の端から誰かが斬り掛かってきた。


 マリさんだ。完全にノーマークだった。こんな僕相手に立ち向かってくるとは思ってもいなかった。


 この制御が難しい力をマリさんに振るってしまったら瞬殺してしまう。それがわからない彼女じゃないはずだ。


 僕は振り下ろされたショートソードを鉄鎖を巻き付けている左腕で受け止める。


 「何してんですか、あなたは!!」


 「マリは......<四法騎士フォーナイツ>だから!!」


 怒鳴りつけても、マリさんは怯まなかった。今も必死に震える身体に鞭打って、僕の前に立っているのである。


 『ちぃ! 仕方ねぇー! 【紅焔魔法:天焼――』


 妹者さんが僕から右腕の支配権を奪い、魔法を詠唱しようとする。


 駄目だ。今の僕でそんな魔法使ったら、マリさんは怪我だけじゃ済まされない。


 「待って妹者さ――」


 僕が妹者さんを止めようと呼びかけたら――右腕が消えていた。僕の肩から先の腕が無くなっていたんだ。


 いや、違う。


 視界の端に、自身の右腕が宙を待っているのを目にした。


 「......は?」


 『右に避けなさいッ!!』


 っ!!


 僕は考えるよりも先に、姉者さんに言われた通り、右へ飛んだ。すると、僕が飛ぶ前に立っていた箇所に、一陣の風が通り過ぎた。


 それは明らかにただの疾風ではなく、マリさんを巻き込まないように、


 僕はこの攻撃を知っている。


 「シバさんッ!!」


 思わず、その名を叫んでしまった。


 彼は静かに応じる。


 「お待たせ。ここからは私の番」


 ここでシバさんが攻撃に転じるのかよ!!



*****



 「お、おい! なんだアレは!」


 「モンスター?!」


 「アレは......ワイバーンだッ!」


 誰かがそう叫んだ。


 帝都付近に待機命令を受けていた帝国軍は、頭上遥か高くを飛ぶモンスターを目にしてざわめいていた。


 ワイバーン。それは亜龍種のモンスターとも呼ばれ、外見こそ物語にも出てくるような伝説上の生き物、ドラゴンのそれに似ているが、比較すると小柄なモンスターだ。


 数もそれほど少なくない。ワイバーンは群れで行動するモンスターだ。そのはずだが、今、帝国軍の頭上を駆けるワイバーンは一体だけである。


 そんなはぐれワイバーンが、眼下の帝国軍を無視し、一直線に飛行しているのだ。


 ――帝国城へ。


 「なぜここにワイバーンが?!」


 「知るか!! 隊長! 撃ち落としますか!」


 誰かが近くに居る大隊の司令塔を担う者に判断を仰いだ。それに対し、隊長は叫ぶようにして命令した。


 「う、撃て!! 撃ち殺せ!! 城へ向かわせるな――」


 「お、お待ち下さい! 誰か......誰かワイバーンの背に乗っています!」


 「はぁぁああ?!」


 部下の言葉に、隊長は素っ頓狂な声を上げた。


 ワイバーンの背を見やれば、たしかに誰かが乗っていた。というのも、乗っている者が赤髪の長髪ということもあってか、注視すればかなり容姿の目立つ人物だとわかったからだ。


 その異様な光景に、誰もが唖然とする。


 それでも隊長は叫んだ。


 「い、いや、ワイバーンに騎乗する者が我が軍に居るとは聞いてない! 撃てッ! 殺れぇ!」


 「「「はッ」」」


 この時より、一体のワイバーンは地上の帝国軍から命を狙われるのであった。

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