第256話 【固有錬成:闘争罪過】

 「【固有錬成:闘争罪過】」


 途端、視界が――目に映るもの全てが赤く染まっていく。


 身体中が熱い。火炙りにされているような気さえする。呼吸がままならない。胸を押さえるも、どくんどくんと躍動するように心臓が跳ねて、もう爆発寸前のようだ。


 頭の天辺から足先まで電流が流れたみたいに痺れる。熱くて熱くて仕方が無いのに......身体の芯から力が湧いてくる。


 これが――トノサマオーガの【固有錬成】。


 同胞を無惨にも狩られ、残された者の――“怨恨”だ。


 「な、なんだアレは!!」


 「......ちッ。まだ力を隠していたか」


 「......すごい力」


 この【固有錬成】発動の引き金はわからない。わからないけど、たぶん今の僕の状況下が、トノサマオーガと戦った時と似ているからだ。


 どれだけ策を練っても、妹者さんの力で互角の膂力を得ても、すぐに相手の力が上回って、捻じ伏せられる絶望が酷似していた。


 最終的には、時間稼ぎに徹して、毒ガスで殺せた僕だけど、真っ向からじゃ倒せなかったのは今でも覚えている。


 ああ、ヤバい。この【固有錬成】......


 「フゥー、フゥー」


 「な、ナエドコさん......なの?」


 どこからか、そんな女性の怯えた声が聞こえてきた。


 たぶんマリさんだ。最後まで僕を無力化させようと、必死になって参戦した彼女に違いない。


 すみません、今から僕......自分でも力が制御できなくなります。


 『鈴木! おい、鈴木!!』


 『......これが吉と出るか凶と出るか』


 魔族姉妹の声もはっきりと聞こえなくなってきた。


 僕は手放しそうになる意識の中、呟く。


 「第二......ラウンド、だ」



*****



 「ムムン! 私を援護しろッ!」


 「言われずともする!」


 突如、鈴木は豹変した。赤黒い稲妻を全身の所々に纏っていて、どう見ても異常さが漂っていた。


 そんな鈴木を前に駆け出したのは、<四法騎士フォーナイツ>の中で前衛役を担うミルだ。


 そのミルの間合いに鈴木を入れるまで、ムムンが巨大な木の根で鈴木を襲った。


 今までの鈴木とは明らかに別モノ。ムムンは【固有錬成:葉ノ牢】で、四方八方に張り巡らせた根による攻撃を仕掛ける。


 が、


 「......。」


 「っ?!」


 鈴木はそれを全て躱した。


 否、躱すだけではない。


 うち、何本かの根を素手で掴んで、引き千切った。


 「化け物がッ」


 しかしそれで手を止める<四法騎士フォーナイツ>では無い。


 鈴木の足下から出現させた木の根を、そのまま絡めるようにして巻きつける。縛り殺す気でいく。動きを封じられれば御の字だ。


 だが鈴木の身体はそんな巨木の根を全て引き千切った。まるで薄布を引き裂くように容易く。


 「がぁあぁぁぁぁあ!!」


 鈴木は吠える。誰がどう見ても今の鈴木は異常だ。理性を手放しているようにしか見えない。


 「【固有錬成】の暴走......」


 シバがボソりと呟いた言葉を、誰も聞き取れなかった。


 思い浮かべたのは、過去の自分。もう記憶も朧気で、【固有錬成】に目覚めたばかりの自分が、肉親を殺しかけたとミルから聞かされていた。


 【固有錬成】の暴走。スキルを持つ者のみに苛まれる不幸。自身の力で発動条件、制限を手探りして見つけねば、厄災を撒き散らす時間が続くだけだ。


 その遠い記憶が、シバの中に蘇る。


 「ならば力比べだ!」


 鈴木を穿たんと、ミルが突撃と同時に強烈な一撃を撃ち込んだ。


 大剣による横薙ぎ。一線を描く攻撃に鈴木は、


 「なッ?!」


 腕を盾にして防いでいた。


 いや、ただの生身の腕だけではない。


 「鉄鎖だとッ?! それも【固有錬成】か!!」


 『姉者! こっからは鉄鎖の強度調整だけに集中しろッ!』


 『わかってます!!』


 鈴木の左腕に、どこからか鉄鎖が巻き付いていた。


 鉄鎖は姉者の【固有錬成】で、腕に巻き付けたのは鈴木の意思だ。


 そう、鈴木の理性は完全には消えていなかった。


 『鈴木ッ! あーしが治すッ! 全力でぶちかませッ!』


 「っ!!」


 「っ?! 来いッ!!」


 鉄鎖を巻き付けた左腕に力を込め、拳を作る。


 【固有錬成:闘争罪過】――それはあるモノを代償に、自身の身体能力を極限にまで引き上げる力。


 代償は己の“命”。


 得られる力は、他の追随を許さぬ部類の膂力。


 その拳が――炸裂した。


 「ごふッ」


 ミルの腹部に、鈴木の拳が突き刺さる。


 <四法騎士フォーナイツ>専用の、それも前衛役を担う、ミルにしか着用を許されない特注の鎧に、


 ミルの口から血が吹き出る。


 「ミルッ!!」


 いの一番に叫んだのはシバだ。


 普段のシバでは想像できない蒼白が、少年の顔を染め上げていた。


 配置を無視し、シバが駆け寄ろうとするが、ミルがそれを片手で制した。


 「がはッ......なるほど、これはまともに......ふぅ......うけては......いかんな」


 「......なに、まともに食らってんですか」


 血を吐き捨てながら紡ぐミルの言葉を返したのは、未だに巨漢の腹部に拳を突き刺したままの鈴木であった。


 その返事に、ミルが目を見開く。鈴木はスキルの暴走に呑まれ、自我を失ったと思っていたが、そうではなかったのだ。


 「驚いた......まさか【固有錬成】の暴走ではなかったのか」


 「......あなたに一撃入れるまで朦朧としてましたけどね。......ミルさん、今の僕は、あなたの防御力を貫ける力がある」


 鈴木はそのまま静かに続けた。


 「シバさんの回復が追いつく前に――殺せます。殺したくないけど、まだ力が制御できない。できないから......あなたを殺してしまいそうだ」


 その言葉に、ミルは鼻で笑った。


 そして吠える。


 「はッ!! それは私の【固有錬成】も貫けてから言うんだな!!」


 「っ?!」


 『鈴木ッ! そいつから離れろッ!!』


 『来ます!!』


 【固有錬成:牛孤】――対象を微小に硬質化させるスキルだ。


 鈴木の拳はミルの腹部に突き刺さっており、そのまま硬質化されたのだ。


 「ムムン!!」


 ミルの合図とほぼ同時に、鈴木の頭上から巨木の根が押し潰さんと降り注いだ。


 その場から飛び下がったミルが片膝を突く。シバが即治癒を行い、ミルは全回復した。その様を見て、マリが問い質す。


 「なんで【牛孤】で防がなかったの?!」


 「......正直、自信が無くてな。硬質化は奴の動きを止めることに使うことにした」


 こと守備に関して、ミルの右に出る者はいない。それはミルの持つ【固有錬成】を抜きにして称される実力であった。


 そんな男が攻撃を防ぎ切れるか『自信が無い』と言った。それ程までに、今の鈴木は異常な力を得たというのだろう。


 そんなことを考えていた一同に、異音が聞こえてくる。


 ブチ......ブチブチ。


 何かが引き千切られ、跳ね返され、押し返されている。


 「なんなのよ、もう......」


 一人、マリだけは、豹変した鈴木に怖気づいてしまっていた。


 盾役でもあるミルですら、鈴木の猛攻を耐えきることはできなかった。それがもし自分に向けられていたら......そう思うと、途端にマリの身は震え出す。


 「マリ! しっかりしろ!!」


 「っ?!」


 が、前衛のミルから怒声を浴び、マリは意識をそちらに向けることになる。


 「おそらくあの【固有錬成】は長くは保てん! マリ、まずは守備に徹しろ!」


 「わ、わかった!!」


 「それにもう直......!!」


 戦い続けてどれほど時間が経っただろうか。


 マリは空を見上げてから、再び視線を鈴木へと戻す。


 そう、日が暮れたら、別の戦法があるのだ。そしてそれはマリにとって――否、この場に居る誰もが抱く、“最強の人物”を思い浮かべることを意味する。


 「ナエドコ、日が暮れたら――私の番だから」


 その者は、目を細めて鈴木を見据えるのであった。

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