第255話 汚い犬と忠犬
「はは......手も足も出ないや」
現在、僕は地面に仰向けになって、青空を見上げていた。
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妹者さんの【固有錬成:祝福調和】により、僕に怪我こそ無いが、もう精神的にズタボロだ。
『まさかここまでやるとはな』
『正直、私たちのうちどちらかが、苗床さんと交代しても、今の私たちでは戦況はあまり変わらないでしょうね』
と、魔族姉妹も白旗を上げていらっしゃる始末である。
「どうした、ナエドコ。終いか?」
無防備な僕を、少し離れた先にいるミルさんが見下ろしていた。
まず前衛役を担う<巨岩の化身>のミルさん。近接に持ち込みたくないが、どうしても周りのサポートのお陰で、彼の間合いから抜け出すのが難しい。
思い切って正面から彼と攻防しても、フィジカル、技術、火力の差で僕が劣っているので、すぐに殺される。
「ナエドコさん......ごめん」
と、何故か謝ってくるマリさん。
次に厄介なのが<陽炎の化身>のマリさんだ。
最初こそ僕に【固有錬成】を付与しようと接近してきた彼女だが、今は中距離地点を維持し、ミルさんのサポートしている。
隙あらば、一回は不発した【犠牲愛】だが、再度試そうとしてくるので、僕は気が気でない。一回目はたまたま魔族姉妹を盾にできたから防げただけだしね。
「はッ。良いザマだな、Dランク冒険者」
で、皇帝さんの側に居つつ、遠距離攻撃と前衛の補佐役をするクソロン毛野郎がウザいのなんの。
<大地の化身>と言われるのは納得できた。周囲一帯を【固有錬成:葉ノ牢】という触手みたいな巨大な根で覆うことにより、僕はまともに距離を取れないのだ。
【縮地失跡】で転移しようが、その触手根っこがすぐに反応してくるので、余裕が生まれないのも痛手である。
この触手根っこが本当に厄介で、急に地面から生えてきて刺してくるし、捕まったら絞め殺されるし、魔法をぶつけても無効化されるしで、ミルさんとまともに戦うことすらできない。
ろくに魔法を使わず、剣技だけで攻めてくるミルさんとの相性良すぎでしょ。
「......もう諦めて」
最後に<暴風の化身>のシバさん。
運良くミルさんにダメージを与えられ、マリさんを退き、ムムンの隙を突いたとしても、彼がそこから先の行動を許してくれない。
かなりの広範囲で魔族姉妹から魔力を吸い取ってくるのである。こちらが魔法を発動させようとすると、だ。
よくわからないけど、彼は奪おうと思えば、僕から根こそぎ魔力を奪えるはずだ。
それをしないのは、本当に魔力が尽きた状態で、何かしら攻撃を食らってしまうと、僕があっさりと死んでしまうと思っているのだろう。皇帝さんからは『殺せ殺せ』と命じられているのに。
優しいと捉えるべきだろうか。
んな訳が無い。
事ある毎に、ダメージを負ったミルを含め、全員を即全回復させてくるのだ。おまけに魔力も。こっちは魔力も尽きかけて満身創痍なのにな。
「泣きたい」
『泣くな泣くな』
『しかしこれは本当にマズいですよ。まだ大した時間稼ぎができてません。あの女騎士が来るまで持ち堪えるなんて夢の話です』
姉者さんが辛辣なことを言う。
僕はため息を吐きながら身を起こした。
「なぜ......そこまでする」
と、そんなことを言ってきたのは、どこか目を細めてこちらを見てくる皇帝さんだ。
その質問の意図がいまいち掴めなかったので、僕の頭上には疑問符が浮かんでしまう。
「お主にとって我が娘......ロトルとはただの雇用関係に過ぎぬのだろう? 冒険者は命あっての物種だ。あのままロトルを放っておけば、お主はこうして苦しまずに済んだ。......いったい何がしたい」
ああ、そんなこと。
「忠臣気取りか? ならば余の計らいで、ナエドコをロトルの護衛騎士として招き入れることも吝かではない」
「へ、陛下?!」
「よい。少し惜しくなった。ロトルには政敵が多い中、味方が少ない。故に問う。いや、命ずる。余の配下となれ。娘を守れ」
そう言い、皇帝さんは僕に手を差し伸ばしてきた。この場に居る全員が、そんな彼の言動に注目する。
だから、言うことにした。
「......泣いて......ましたよ」
「は?」
僕がこの世界でどう生きたいかなんて今はどうでもいい。それがたとえ僕がここに立っている原動力となっていても、どうでもいいんだ。
伝えたいのはたった一つだけ。
「殿下......いや、ロトルさんは泣いてました」
それだけだ。
「きっとあなたと同じ理由だ。皇帝陛下を突き動かすのは、あの日の我が子の涙でしょう?」
「......。」
思い起こすは、皇帝陛下がバートさんを通して娘の監視をしていたとある日のこと。
少女は泣いていた。
無慈悲にも命を奪われた母に会いたくて泣いていた。
母に会いたくて、自分が母に化けて、鏡の前に立って泣いていた。
だから、その日の出来事が、今の皇帝さんをつくったんだ。――復讐に身を費やす彼に。
「ロトルさんはそんな父を止めたいんですよ。止めたいのに自分にはその力が無いから......泣いていたんだ。だから僕はここに居る。......あなたの前に」
「余もお主も......娘に振り回されたと言えるだろうな。差詰、余は過去に囚われた狼ならば、お主は牙を剥く忠犬か?」
と、皇帝さんが明後日の方向を見ながら、そんな皮肉を呟いていた。
僕は苦笑混じりに返す。
「忠犬か......僕は欲に塗れた薄汚い野良犬ですよ。美少女が泣いていたら、その涙をぺろぺろしたい」
「はッ。そこまで行くと、もはや強がりにしか聞こえんわ」
おっと。冗談じゃないのに、冗談として受け取られてしまったではないか。
「ならば敬意を持って――お主を屠る。余が誓ったのは、あの日の我が子の涙だ」
「さいですか。だったら僕も手段を選んでられないですね」
魔族姉妹には、この戦いが始まる前に伝えてある。上手く不意を突けても、現状の僕じゃ、<
だから賭けることを許してもらった。
――たとえその賭けで僕が死のうとも。
僕はすぅーっと息を大きく吸って、溜め込んだそれらを全て吐き出す。
そして――唱えた。
「【固有錬成:闘争罪過】」
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