第249話 大口叩いた上で勝てるかわからない勝負

 「周りの兵を下がらせろ」


 そう静かに言ったのは、まさかの皇帝さんだ。


 皇帝さんは先程まで目の前で戦闘が繰り広げられていたというのに、酷く冷静に僕を見据えている。


 現在、日当たりの良い帝国城のとある外広間にて、僕は皇帝さんと<四法騎士フォーナイツ>の前に立っていた。


 「し、しかし陛下。奴は危険です」


 うち、どこかに居る騎士がそんな苦言を呈したが、皇帝さんは聞かなかった。


 「二度は言わぬ」


 「は、はッ!!」


 「有象無象......とは言い得て妙よ。たしかにかの<屍龍>を討伐したお主には、ただの騎士なんぞ相手にもならんだろう」


 僕を囲む騎士たちがずるずると距離をあけて、僕から離れていく中、皇帝さんは仁王立ちのままそんな言葉を口にした。


 「して、マリを人質にでもする気か?」


 と、僕から視線を外して、皇帝さんは僕が脇腹に抱えているマリさんを見やった。彼女は気を失ったままで起きそうにない。


 人質って......。


 たしかに時間稼ぎしたい僕にとっては有効かもしれないけど、それはポリシーに反する。


 僕は呆れながらマリさんをミルさんへと投げ飛ばした。ちょっと雑な扱いで申し訳ないけど許してほしい。


 ミルさんは僕を警戒したまま、マリさんを優しくキャッチして、地面に彼女を下ろす。


 「やけに慎重ですね?」


 僕は話題を変えるべく、<四法騎士フォーナイツ>の面々を見ながら、そう聞いてみた。


 正直に言えば、僕は彼らと比較すると弱い。シバさん一人を相手にしたって勝てるかどうかわからない。先日なんて不意を突いてようやく一発入れたようなもんだったし。


 だから<四法騎士フォーナイツ>が揃って畳み掛けてくれば、僕なんか一瞬で負けると思うんだが......。


 『警戒されてんのか?』


 『そのようですね。おそらく件の組織を襲撃する際に、苗床さんの実力と所持している【固有錬成】を知っているだけに、迂闊な行動を取れないのでしょう』


 ほうほう。それは良いことを聞けた。


 さっきも種がバレてるかわからないけど、マリさんの【固有錬成】を無効化したっぽく振る舞ったしね。


 ひょっとしたら僕は詐欺師の素質があるのかもしれない。


 「ナエドコ、今一度考え直せ」


 すると、ミルさんが僕にそんなこと言ってきた。


 「貴殿はマリの命の恩人だ。本当は我々と敵対する必要など無いのだろう?」


 「そうですね。できれば、こんな所に立ちたくなかったです」


 「殿下に頼まれたのかは知らないが、貴殿に勝ち目など無い。我々も......少なくとも私はナエドコを好ましく思っている。退いてくれ。まだ陛下もお許しになるはず――」


 「ミルさん」


 僕はまだ続きを言おうとしているミルさんの言葉を遮って言った。


 「ありがとうございます。でも御託はいいんです。......利害が一致しない限り、あとはぶつかり合うだけだ」


 そう言い終えると、魔族姉妹がそれぞれ別の属性からなる剣を生成した。


 右手には灼熱を宿した【閃焼刃】を。


 左手には凍結を纏いし【鮮氷刃】を。


 僕はゆっくりと歩み始めた。


 「こちらの要求はたった一つ。軍を退いてください」


 僕は皇帝さんと目を合わせながら請う。


 「話にならんな。殺れ」


 ほら、見ろ。



*****



 「ぬぅん!!」


 「くッ!!」


 僕はミルさんの猛攻を必死に受け流していた。


 どうやらマリさんの次はミルさんらしい。いや、敵が一人とは限らない。後ろで控えているシバさんとクソロン毛野郎がよくわからない。


 クソロン毛野郎は僕をまだ分析したいのか、ずっと皇帝さんの側に居る。


 シバさんは......正直、どこからでも僕の命を狙えるはずだ。


 なんせあのほぼ不可視の風の刃で、僕はいとも容易くブロック肉になるのだから。


 「余所見とは余裕だなッ!!」


 「っ?!」


 そんなことを考えていたら、ミルさんが僕の脇腹目掛けて、自身の身の丈を超える大剣を横薙ぎに振り払ってきた。


 姉者さんが【冷血魔法:氷壁】で防ごうとするが、なんの抵抗も無く砕かれ、今度は妹者さんの【閃焼刃】でそれを受け切ることになった。


 衝撃を殺しきれず、僕が真横に吹っ飛ぶと、彼は追撃を仕掛けてきた。


 「容赦無いな!!」


 『鈴木! アレやるぞ!!』


 「わかった!」


 わかった、と言ってみたけど、アレってなんだろう。


 色々と思い浮かんで、策略が定まらない。まぁ、なんとかなるだろう。


 すると右手が炎を纏い始めた。そして僕とミルさんの間の地点で、薄浅葱色の魔法陣が現れた。......なるほど。


 次の瞬間、僕らの間に【氷壁】が生成された。


 「無駄だ! そんなもので防げん!!」


 『今です』


 「【固有錬成:縮地失跡】!!」


 そう唱えると同時に、僕はミルさんの真後ろに転移していた。


 死角に転移。初見殺しも良いところなスキルである。


 僕は無防備な彼の背に、右腕を突き出した。


 「【力点昇華】!!」


 『【天焼拳】ッ』


 「なッ?!」


 妹者さんとタイミングを合わせ、ミルさんはろくに受け身を取ることはできず、直撃してしまった。


 ミルさんが城壁へとふっ飛ばされて激突する。


 予め妹者さんの【固有錬成:祝福調和】で彼の身体能力をコピーし、その上で【力点昇華】を使用。追加ダメージを見込んで【天焼拳】も使ってくれた。


 かなり威力のあった一撃のはずだ。


 「うわ......マジか」


 『うお、グロ』


 はずなのに、僕の右腕はぐちゃぐちゃだった。


 ミルさんの鎧が馬鹿みたい硬かったのか、もしくは相当無理をして打ち込んだからか、右腕が使い物にならなくなってしまった。


 すぐさま妹者さんがそれを治してくれる。


 『痛くないのかよ』


 「いや、痛かったよ。でもアドレナリンがドバドバってなっててさ――」


 「余裕だな、Dランク冒険者」


 と、僕に向かってそんなことを言ってくる人物が居た。


 クソロン毛野郎である。どっちが余裕なのだろうか。マリさん、ミルさんを無力化した僕よりも、それを目の当たりにしたあんたの方がよっぽど――


 『苗床さんッ!』


 姉者さんが叫ぶのとほぼ同時だった。


 「っ?!」


 身体に強い衝撃が生じる。


 大型トラックに猛スピードで突っ込まれた感覚といえばいいのだろうか、僕はそのまま押し込まれて地面を削りながら吹っ飛ばされた。


 「がはッ!」


 「私の【固有錬成】を忘れたか?! ナエドコ!!」


 僕の首に太い腕を押し込みながら、起き上がらせないようにと押さえつけるてくる人は、さっきぶっ飛ばしたミルさんであった。


 あっから突進してきたって言うのか。化け物かよ。


 僕は全身の骨がバッキバキに折れていたが、それも妹者さんによって一瞬で完治する。


 「ご、ぶじで、なによりで......ぶッ!!」


 口の中に溜まった血を、その語尾に合わせて、マウント取ってきたミルさんの顔に吹っ掛けた。


 「っ?!」


 「【縮地失跡】!」


 『あらよ!! 【紅焔魔法:打炎鎚】!!』


 僕はまたもミルさんの死角に転移し、妹者さんが生成してくれた【打炎鎚】を、僕は【力点昇華】込みの膂力で振りかぶる。


 「ぐぁ?!」


 「らぁぁぁあああ!!」


 ミルさんが【打炎鎚】の直撃に抗うよう、片膝を着きながら踏ん張るが甘い。


 やがて巨漢でも軽々しく、その身を浮かせた【打炎鎚】がミルさんをノックバックさせる。


 「はぁはぁ......やるな」


 「ミルさんこそ」


 『おそらくだが、あのゴリラ、まだ本気出してねぇな。大してダメージも入ってねぇー』


 『ええ。人造魔族ヘラクレアスと対峙した時の動きは今の比じゃありません』


 そうなんだよね。ミルさん、格下が相手だからか、ようやく身体が温まったと言わんばかりに、動きがどんどん鋭くなっている。


 長期戦はこちらが不利だな。近接戦もできれば避けたい。


 「ムムンよ、ミルでは決定打に欠けるみたいだ。お主も手伝え」


 「承知」


 すると皇帝さんが落ち着いた様子で、クソロン毛野郎にそんな命令を出した。


 それからクソロン毛野郎は唱える。


 「【固有錬成:葉ノ牢】」


 瞬間、僕ら周囲一帯を閉じ込めるかのように、地面から巨木の根のような触手が生えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る