―Noisy Hands― 僕の両手は騒がしい

第２４７話 決め台詞はどんどん使ってかないと

　「ぶへっくしょん！」

　『おいおい、風邪かよ？　これから戦うんだぞ』

　『どこかでナエドコさんを噂してるんじゃないですかね。愚痴とかされてそうです』

　ちょ、やめてよ。やる気失くすじゃん。

　ああ、愚痴とかされていたら嫌だな。そういうの気にしちゃうタイプなんだよね。

　「捕らえろ！」

　「殺してもかまわん！！」

　「かかれー！！」

　と、僕がそんなことを考えていたら、回りの騎士たちが僕目掛けて突撃してきた。

　ある者は槍を、ある者は腰に携えていた剣を。

　眼の前には依然として、一歩も退こうとしない皇帝さんが居る。そんな皇帝さんの前に、＜四法騎士（フォーナイツ）＞の面々が僕に向けて臨戦態勢を取っていた。

　だから、

　「有象無象は邪魔だなぁ」

　「っ？！　下がれ！！　お前らでは――」

　ミルさんが何か大声で言い欠けていたが、最後まで聞いていられなかった。

　僕は片足を振り上げてから力を込め、【固有錬成：力点昇華】を発動し、地面へと思いっきり振り下ろす。

　すると、その衝撃で地面がまるで石畳がひっくり返ったかのように、捲れ上がった。同時に凄まじい衝撃波が生じる。

　べコリ。一部だけ地形を変えたからか、その余波で近づいてきた有象無象の騎士たちが宙に浮かんだ。それが合図かのように、妹者さんが唱える。

　『【紅焔魔法：爆散砲】！！』

　「「「ぐあぁぁぁあああ！！」」」

　妹者さんが殺さない程度で騎士たちを爆風で吹っ飛ばす。

　まぁ、さすが騎士というべきか、ちょっと強く魔法を撃っても重症とまではいかない耐久性があった。

　が、

　「ナエドコさん、マリが終わらせてあげるね」

　どこからか、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。

　僕の死角を辿ってきたのか、そちらを見ればマリさんが居た。爆風を生む魔法を使ったというのに、マリさんたらしめる香水が僕の鼻にまで届いてきていることに気づく。

　そんな彼女はマジもマジ。いつもの戯けた様子はどこへ行ったのやら。いつになく真剣な面持ちで僕に迫ってくるではないか。

　「マリさん、会えて嬉しいです」

　「っ？！　そういうの、言わない方がいいよ！」

　「マリッ！！　不用意に近づくな！！」

　僕のキモい発言に、一瞬、マリさんが身を震わせた気がするが、彼女はかまわず僕に突進。ミルさんの忠告は無視みたいだ。

　まぁ、彼女の【固有錬成：犠牲愛】を僕に向けて発動すれば、事態は丸く治まるので、有効打といえば有効打だ。

　でもそれ、僕に触れないと駄目なんですよね。

　僕に。

　「“不用意”？！　マリが＜四法騎士（フォーナイツ）＞の中で一番ナエドコさんに詳しいから！！」

　なんて嬉しいこと言ってくれるんだ、この人は。別にアイドルでもないこんな黄色人種に向かって。

　マリさんがショートソードを片手に斬り掛かってくる。もちろんこれはブラフ。心優しい彼女のことだ、隙を見て僕に触れようと、手を差し伸ばしてくるに違いない。

　ほら、さっそく右手を伸ばしてきた。

　でも、

　『残念ッ！　スズキをいっちゃん知ってるのはあーしだから！！』

　僕の右腕が、僕の意志に反して前へ突き出る。

　マリさんの右手と重なるようにして握りしめたのだ。

　「なッ？！　ば、馬鹿なの？！」

　「それはどうでしょ」

　「っ？！　マリと手を繋いだこと、後悔させてあげる！　【固有錬成：犠牲愛】！！」

　「美少女と手を繋いで後悔する男なんていませんよ」

　という、自分で言っていて背筋がぞわりとする発言をかましながら、僕はマリさんと手を繋いだままにした。

　「......え？」

　マリさんが目をパチクリとさせている。

　それもそのはず、彼女の【固有錬成：犠牲愛】は対象に触れないと発動できなくて、今、僕と彼女は手を繋ぎ合っている。

　なのに彼女のスキルは発動しない。

　発動したら例の『マリ様ぁぁぁああ！！』って叫ぶのが通例らしいんだけど、僕の口からはそんな発狂じみた声は出てこなかった。

　洗脳、失敗したね。予測できたことだけど。

　「え、う、うそ、なん、で......」

　「マリさんは僕と手を繋ぎたかっただけでしょうか？」

　『苗床さん、さっきからマジでキモいです』

　という姉者さんのツッコみが合図となったのか、右腕――妹者さんが握ったマリさんの手を引いて、彼女を僕に近づかせる。

　そして姉者さんが手刀をマリさんの首の後ろに打ち込んだ。それにより、彼女はまるで糸が切られた操り人形のように気絶してしまった。

　首トン、マジであるんだ。

　『しっかし予測していたとは言え、読みが外れたら、傀儡になるとこだったぞ』

　『まぁ、そうなったら私たちがナエドコさんを殺せば、【犠牲愛】は解除されるでしょうから』

　なんで僕に彼女の【犠牲愛】が効かなかったのかというと、これは＜４ｔｈ＞との対戦から学んだことが活きたためである。

　それは他者に向けて、なんかしら【固有錬成】を発動させるには、その対象の状態が深く関わっていることだ。

　例えば、＜４ｔｈ＞は僕を強制転移させることができなかった。

　理由は僕の肉体に魔族姉妹という核が複数存在するから、奴の魂をターゲットにした【固有錬成】は不発するのである。

　今回も似たようなものだ。詳細は定かじゃないけど、たぶん、マリさんの【犠牲愛】は“僕”を対象に使っているのであって、両腕の支配権を渡している魔族姉妹ではない。

　イメージ的には、僕の両腕は別の生き物。だから“僕に触れる”という条件は、そもそも満たされていなかったのだ。

　「さてと」

　僕は倒れゆくマリさんの身を受け止めて、脇腹に抱えた。その状態で、皇帝さんたちが居る場所へ振り向く。

　「僕とやり合うなら、殺す気で来ないと無理ですよ。なんせ、ただでさえ死ににくいタチなんですから」

　決め台詞って、こういうときにバンバン使わないと駄目だよね。

　顔面偏差値とか気にしてらんないよ。

　『きょ、今日の鈴木、超かっけぇー！！』

　『おえ......』

　魔族姉妹の反応がなんとも言えないが。