第244話 作戦は慎重に。ギリギリとかじゃなくて。

 「準備が整ったら、僕が皇帝陛下率いる軍を引き止めます」


 「「「「っ?!」」」」


 これは僕がまだ帝国軍本体が出陣する日より前の話だ。


 現在、僕は皇女さんの部屋で、帝国VS王国の戦争を止めるべく、作戦会議を開いていた。


 この場に居るのは、皇女さんの他に女執事のバートさん、エルフっ子のウズメちゃん、ロリっ子魔族のルホスちゃんの五名だ。そんな女性陣が全員、僕の宣言に驚いていた。


 「さ、さすがに無理ではないか?」


 「そ、そうだぞ! スズキは弱くはないが、人間の軍隊と戦うなんて無謀だろッ!」


 と言う、バートさん、ルホスちゃんの発言を聞いて、僕は一つ頷いた。


 「もちろん、真っ向からはやりませんよ」


 「真っ向からじゃないなら、マイケルはどうやって止める気かしら?」


 「まず戦争を止める方法ですが、至ってシンプルです。軍を進軍させない。より具体的に言うのであれば、王国軍と衝突させないよう進軍させない、です」


 当たり前だ。王国軍は今回、防衛戦を強いられるだろう。帝国に攻めるつもりは無いはずだからね。故に一定の守備を示して、帝国軍が諦めてくれれば御の字。攻めに転じるにしても戦争は長期化するだろうし。


 もちろん、これは以前、アーレスさんから聞いた話なので、信用できる可能性だ。


 で、問題は王国滅ぼす気満々の帝国軍だ。


 実は王国に宣戦布告するのと同時に、帝国軍は出陣しちゃっているらしい。


 前線部隊は、だけど。


 「前にも言ったけど、前線部隊は既に進軍しているわ。王国軍との正面衝突は時間の問題よ」


 「はい。もちろんそれを避けるために動きます」


 「ど、どうやって止める気ですか?」


 と、今まで黙っていたエルフっ子が、僕の顔色を窺いながら聞いてきた。もしかして心配してくれているのだろうか。ちょっと嬉しい。


 「それは......」


 『どぉーせあーしらの力で、だろ』


 『都合の良い女とは私たちのことを言うのでしょうね』


 どう説明しようか迷っていた僕に、魔族姉妹が僕とウズメちゃん、ついでにルホスちゃんにしか聞こえない声で言った。


 う、うるさいよ。


 『姉者、今回の作戦にお誂え向きな魔法あっか?』


 『無いこともありませんが......帝国軍前線部隊も巻き込んじゃうと思います。カチコチに』


 「却下」


 「「?」」


 と、姉者さんが可愛らしくも軍をカチコチに凍らせるとか抜かしたので、僕は即答した。


 魔族姉妹の会話相手に言ってしまったので、二人の声が聞こえていない皇女さんとバートさんの頭上には疑問符が浮かんでいる。


 僕は苦笑して続けた。


 「と、とにかくですね、その辺は僕に任せてください」


 『ま、そういうことなら、今回はあたしの番だな! ちっと用途はちげぇーが、進軍させねぇー手段があるからよ!』


 「問題は、その前線部隊の動きを止めるための前提として、やっておかなければならないことがあります。それは――」


 「パパが率いる本隊の進軍を食い止めることかしら?」


 僕の言葉を遮って皇女さんが言い当てた。僕は首肯する。それに対し、皇女さんが続けた。


 「前線部隊を統率しているのは騎士団長のオーディーよ。その軍を止める時点でかなり無茶だと思うのだけれど、前提条件としてパパの軍を止めておくなんて無理じゃないかしら?」


 「ナエドコ、言っておくが、前線部隊より本隊の方が戦力は上だぞ」


 と、心配する皇女さんに便乗するかたちで、バートさんが補足してくれた。


 そりゃあそうだ。なんせ皇帝さんにはあの<四法騎士フォーナイツ>が側に居る。もうそれだけで一国の軍に匹敵するだろう人たちが、だ。


 それに前線部隊はオーディーさんに加えて、あの殺戮兵器――特級殲滅兵器ミリオンレイとか言うヤバい兵器も持ってくと思うから、前線部隊を止めると言っても簡単じゃないだろう。


 が、


 「僕の考えでは、おそらく前線部隊と本隊が合流した時点でこの作戦は終わります。前線部隊を止める方法はありますが、<四法騎士フォーナイツ>まで居る本隊と合流されたら無理です」


 「そ、そのために、合流させないよう本隊を進軍させないってこと?」


 「ま、待て。それはおかしいだろ。前線部隊の進軍を止めるのはナエドコで、本隊の進軍も止めるのはナエドコというのか」


 「ど、どうしよう、スズキの頭がおかしくなった......」


 お、おかしくなってないよ。まだ説明が終わっていないだけ。


 「落ち着いてください。ロトルさんが言ったでしょう?」


 「気安く殿下のお名前を呼ぶなッ!! この無礼者が!」


 「あ、ごめ――」


 「かまわないわ。むしろ名前呼びでお願い。なんなら“さん”付けも要らないから」


 「え、いや、でも――」


 「命令よ」


 「あ、はい」


 ということで、皇女さん公認となった。


 ちょっとだけ上機嫌に見えなくもない皇女さんに、続けて、と催促されたので、僕は続けた。


 「前線部隊が王国軍と衝突するのは時間の問題――つまりまだ猶予があるということです」


 「まさかあなた......」


 「はい。前線部隊の衝突寸前まで、本隊を食い止める気です」


 僕のその端的な返答に、皇女さんは押し黙ってしまった。代わりにルホスちゃんが質問を続ける。


 「そもそもスズキがそんなことしてたら、前線の軍に追いつくかも怪しいだろ?!」


 「そこはまぁ、そうなんだけど、それも考慮しての時間的猶予かな」


 「ま、待ってください。それ以前に、本隊を食い止めていたスズキさんが前線部隊の方へと向かったら、その本隊をどうするのですか?」


 とウズメちゃんの尤もな発言に、他の皆も同じことを考えていたと言わんばかりの顔になる。


 そりゃあそうだ。


 王国軍と衝突する前に前線部隊の進攻を止めるのは僕の役目。


 その前線部隊との合流をさせないために、本隊の進攻を止めるのも僕の役目。


 単純に僕が二人いないと駄目な計算だ。


 『仮にナエドコさんがこの世界に二人いたら気持ち悪いですよね』


 『そぉーか? スズキは何人いたっていーだろ』


 『よくはないでしょう』


 などと、魔族姉妹のいつものアホな会話はさておき、この二つの役割、実際にやるのは僕に変わりないけど、本隊の進攻を食い止めるのは僕でなければならない理由は無い。


 「ウズメちゃんの言う通り、僕がずっと本隊の進攻を防いでいたら意味がありません。


 「誰とだ?」


 「も、もしかして......」


 小首を傾げるルホスちゃんの視線、察しがついた皇女さんの視線が僕に向けられる。


 そう、僕の代わりとは、僕以上の実力の持ち主のあの人だ。


 「はい、アーレスさんが再びこの城に戻ってくるまで、僕が本隊を食い止めます」


 「なッ?!」


 「さ、さすがに無茶よ。どこに転移させられたかわからないアーレスを待っているなんて」


 「だからこれは賭けなんです」


 戦争を避けるためには両国の軍の衝突を防ぐ必要がある。


 それには妹者さんの力が必要不可欠で、衝突する日までの間、僕は本隊を進攻させないよう頑張らないといけない。アーレスさんが来るまでね。


 それに......ワンチャンかもしれない。


 「アーレスさんなら絶対に間に合うと思います。勘ですけど」


 「か、勘って......。そもそもどうやって本隊を止める気かしら?」


 皇女さんの不安混じりな問いに、僕はにやりと笑みを浮かべて応えた。


 「それはもちろん――本隊の統率者を直接狙って襲撃するんですよ。ロトルさんのパパをね」


 軍の司令塔、それも国の頂点に立つ最高権力者を狙うんだ。軍が止まらない訳がない。

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