第242話 約束には絶対の剣を

 「殿下、話があります」


 『ああー、これから鈴木が持ちかける話、絶対に面倒事だよなぁー』


 『ですね。まぁ、いつものことですよ』


 僕は魔族姉妹の言葉に苦笑しつつ、今も尚、天蓋付きのベッドの上で横になっている皇女さんに話しかけた。


 彼女は枕に顔を埋めながら、僕に告げる。


 「許可した覚えは無いわよ。出てって」


 「お断りします」


 僕が即答すると、彼女はバッと身を起して、未だに赤く腫れている目元を晒しながら、僕を睨んできた。僕はそれにかまわず、彼女が寝ていたベッドの前で膝を着く。


 「殿下......いや、。あの晩の続きです」


 「......。」


 呼び方を変えたのはなんとなくだ。


 たぶんだけど、殿下っていうと彼女を“皇女”として捉えそうなので、無礼にも名前を呼ぶことにした。


 僕が話したいのは帝国皇女ではなく、一人の女の子だし。


 で、“あの晩の続き”とは、ルホスちゃんが急にこの部屋にやってきたときのこと。僕とロトルさんが話してたのは、だ。


 「あの愚痴の続きを聞かせてくれませんか?」


 「ぐ、愚痴って......」


 『かかッ。“愚痴”と来たか』


 『ふふ。苗床さんらしいですね』


 もっと他の言い方があるだろ、と言いたげな瞳でロトルさんは僕を睨んできたが、僕はこれ以上ない適切な表現だと思っている。


 だって、


 「嫌いなんでしょ? 父親が」


 「っ?!」


 僕の言葉に、ロトルさんが目を見開いた。


 「自分の言うことを全く聞いてくれない父親が嫌いだ」


 「ち、ちがッ」


 「いつまでも過去の出来事に囚われている父親が嫌いだ」


 「私はそんなこと――」


 「そして......こんな自分を過剰なまでに愛してくれる父親が嫌いだ」


 「......。」


 これはロトルさんの気持ちの代弁だ。


 もちろん僕が感じ取っただけの上っ面な部分に過ぎない。


 「あなたが思うのと同じく、父親にとってもロトルさんはこの世界でたった一人の家族です。娘が過去に流した涙も、抱いた怒りも全部受け止めているんですよ、あなたの父親は」


 「で、でも私はもう......王国を滅ぼしてなんて望んでいない。もしママが居たら、絶対に今のパパを許さない」


 「はい。でも今は居ません」


 「......。」


 「だからロトルさん、あなたがするべきです」


 「私では無理よ......。もうパパを止められない」


 「無理かどうかを決めるにはまだ早すぎますよ」


 「っ?! な、なんであんたにそんなことを言われないと――」


 「だってロトルさんはまだ――?」


 戦争はやめるべきだ。亡くなった母親はこんなこと望んでいない。私は帝国の皇女として生きる。


 違うだろ。そうじゃないだろ。


 あの日の決闘は、皇帝として皇女と対立したんじゃない。


 父親として娘にぶつかってきたんだろ。


 僕はロトルさんの手をそっと添えるようにして握った。


 「この国の皇女として、国を思い、責務を果たし、全てを背負っていこうとするのは立派です。きっとそれをできるのは、ロトルさん、あなたしかいないでしょう」


 ロトルさんの覚悟は本物だ。


 この国の頂点に立ち、絶対の存在となる。


 が、それは父親を殺してでも得たいものではない。


 当然だ。彼女は“王になる”覚悟をしたのであって、“家族を捨てる”覚悟なんてしていないのだから。


 そしてそれはきっと間違っちゃいない。


 「しかしあなたには父親が居る。長い年月、復讐に身を捧げた父親が。......家族を愛し続けた父親が。......だから、同じ思いを抱いて立ち向かえるのは、ロトルさんだけだ」


 「で......でも......わた、しは」

 

 「ロトルさん」


 瞳に涙を浮かべ、ぽろぽろと流す彼女は、今までの強気な印象が崩れ落ちるようだ。理不審な事実を前に、年相応にも泣いているただの女の子である。


 これから始まろうとする戦争を止める術はある。


 あるが、その選択は、もしかしたらこの先、彼女を苦しめる要因になるかもしれない。


 ――平和を願う彼女が、その過程で作ってしまった“犠牲”として。


 「僕は思うんですが、何かを成すために犠牲を作り、その罪を背負って築き上げてきたモノを守ろうとするのは、美徳の極みであって、きっとその先は心の底から笑えることがもう無い」


 僕は苦笑しながら続けた。


 「けど、人間誰しもそんな大層なモノ持ち合わせていない。だから極端な話、僕は誰とどんな関係を築こうと、その根底にあるのは“利害の一致”くらいでいいと考えています。......ロトルさん、あなたは何を望んでいますか?」


 「まい、きぇ......る゛」


 ロトルさんは僕が握る手を、両手で強く握り締めながら言った。その手は酷く震えていて、どこまでも冷たかった。


 こんなこと願っちゃいけないのに。


 不釣り合いな希望を抱いちゃいけないのに。


 そんな葛藤が、彼女が紡ぐ言葉を掻き消そうとしていた。掠れて、上擦って、声にもならない嗚咽混じりの嘆きに仕立て上げようとしていた。


 だから僕も彼女の手を強く握り返した。


 僕が望むのは、帝国の平和なんかじゃない。


 帝国皇女ロトル・ヴィクトリア・ボロンの“幸せ”だ。


 「わ、私は......パパを止めたいッ! だから!! だから――」


 そしてロトルさんは願いを言葉にした。


 「お願い......私を助けてッ」


 僕は笑みを浮かべて応じる。


 「任せてください」

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