第241話 決意とともに

 「おい、いつまでそうしているつもりだ」


 ルホスちゃんが来て数日が経った今日、彼女はベッドに居る皇女さんに向かって無礼極まりない発言をしていた。


 僕を含め、皇女さん以外の全員がそんな彼女を、目を見開いて見つめてしまった。


 ちょ、え、何してるの君......。


 「......。」


 「おい、無視するな」


 「き、貴様! 殿下に向かってなんて口の利き方を――」


 「黙れ。殺すぞ。なんの力も持たない従者風情が」


 「っ?!」


 主に無礼を働いたルホスちゃんを止めようとしたが、ルホスちゃんが放った殺気に怯んで行動をぴたりと止めた。


 こ、こわ......。


 ちなみにだが、ルホスちゃんの正体はこの場に居る全員に伝えてある。魔族、それも鬼牙種という戦闘特化の種族に驚きつつも、一応、僕の身内という認識なのか、この場に居ても差し支えないと判断された。


 が、今は差し支えしかない状況が起こってしまっている。


 ルホスちゃん、最近なんだがイライラしてたけど、それが今になって爆発したみたいだ。


 「......なによ、無礼者」


 すると、皇女さんが枕に顔を埋めながら、ルホスちゃんに反応した。


 「いつまで不貞寝していると聞いているのだ」


 「あんたに関係無いでしょ」


 「ああ。我には人間のいざこざなんぞ知らん」


 「だったら――」


 「でも戦争なんて起こされたら少しだけ困る。少しだけ」


 なんか“少しだけ”を強調されて言われた気がする。


 『おいおい。急にどうしちまったんだ、あのガキンチョ』


 『さぁ?』


 魔族姉妹もルホスちゃんの言動を不思議に思っているみたい。


 あ、そういえば、ルホスちゃんは僕が居ない間、王都の孤児院で色々と世話になったんだっけ。


 戦争が始まったら、孤児院への支援は見込めないだろうなぁ。そう考えると、彼女なりに何か思うところがあるのかもしれない。


 「戦争を止められるのは、皇帝の娘であるお前くらいなんだろ」


 「......私じゃ無理よ。パパを止められない」


 「本当にそうなのか?」


 「だから、さっきからそう言っているでしょ」


 「......そうか。なら、我やスズキがここに残る理由は無いぞ」


 「......。」


 ルホスちゃんの極端な言葉に皇女さんは黙り込んだ。


 彼女の言う通りだ。僕は以前、皇女さんの覚悟を支持するし、全力で協力するって言った。その気持ちは今も変わりない。


 が、当の本人である皇女さんが揺らいでいるんだ。


 だから彼女が行動を取ろうと思わないのに、僕が行動を取っても意味が無い。


 つまり、このまま戦争が始まってしまえば、皇女さんを護衛する必要もなくなるのである。


 「好きに......すればいいじゃない」


 皇女さんはルホスちゃんに言われても、言い返すことどころか、僕らを引き留めようともしなかった。


 「我は......親と話したことないし、顔も覚えていないが......」


 すると、ルホスちゃんが下を向いて何か言いかける。


 「もしも仮に目の前に居るんだったら――


 彼女は自身の握り締めた拳を見つめた。


 ルホスちゃんが何を思って言ったのかは、親が居て、過去に何度も対話してきた僕なんかじゃ計り知れないことだろう。


 それでも彼女の訴えたい気持ちだけは伝わった気がした。


 気持ちをぶつける相手が目の前にいるだろと。


 ちゃんと全部ぶつけたのかと。


 まだ諦めるには早いと。


 それでも皇女さんは、


 「......出てって」


 拒絶した。


 「......そうか」


 「バート、一人にして」


 「......畏まりました」


 皇女さんが身を起さず、バートさんにそう告げると、彼女は僕らを連れてこの部屋を出て、しばらく立ち入ることを禁止した。


 それから僕は、今度はルホスちゃんに手を引かれて、皇女さんの部屋から離れることになった。


 あの鬼牙種特有の角が出ていない彼女だが、人間離れした膂力には変わりないので、僕の抵抗はほぼ無意味に等しかった。やってきた場所は人気のない通路だ。


 「......。」


 「る、ルホスちゃん、痛いって」


 僕がそう訴えると、彼女はぴたりと止まって、僕の手を離した。


 「スズキ、この国を出よう」


 僕に向き直ったルホスちゃんは真っ直ぐ見つめてきて、そんなことを言い出す。そして続けた。


 「我は正直、この国なんかどうでもいい。むしろ王都で作った関係を大切にしたい」


 「......王国の味方になりたいってこと?」


 「どちらかと言えば。......スズキが居ない間、世話焼きババアの騎士にうるさく叱られたり、教会では美味しくないご飯ばっかだったけど、どれも悪くなかった。......ううん、楽しかった」


 「......。」


 ルホスちゃんのその本音を聞かされて、僕は黙ってしまった。


 彼女が人族に対して、ここまで心を開くことになったのはすごい進展ではなかろうか。話では聞いていたけど、魔族の少女にとって有意義な生活が送れたのは間違いないみたいだ。


 「でも戦争が始まったら、きっと元の生活には戻れない。戻るのにしても時間がかかる。騎士のババアは戦場で死ぬかもしれないし、きっと物資が足らなくなって孤児院まで食料が回らない」


 「......そうだね」


 「王都に戻って何ができるかはわからないけど、こんな所に居るよりマシだ。部外者の我はいつ捕まっても文句は言えないぞ――」


 「ルホスちゃん」


 僕はまだ話が続きそうだったルホスちゃんの言葉を遮り、彼女の頭に手を乗せた。そしてくしゃりと彼女の頭を撫でる。


 「ちょ、な、なに?!」


 「ごめん、僕はまだ戻れない」


 慌てる様子の彼女を他所に、僕はそう告げた。


 それを聞いて、ルホスちゃんは深紅色の瞳で僕を見つめながら、静かに聞いてきた。


 「......なんで?」


 「僕はね、一度約束したことは絶対に守りたい人間なんだ」


 この世界は僕が居た元の世界とは違う。


 境遇こそ仕方のなかった部分が大きいけど、少なくとも僕は後悔なんてしたことが無い。


 この世界なら――いや、この世界で胸を張って生きていきたい。


 そのためには、やりたいことを貫く。


 やりたいことを貫くためには、言ったことを曲げない。


 言ったことを曲げないためには、行動で示す必要がある。


 だから僕は、皇女さんと交わした約束を守る。その根底には美少女と良い関係を作りたいって下心があるけど、それも“活力”の一部に過ぎない。


 それに......。


 「それに僕はまだ......ロトル殿下に――あの子に頼られていない」


 僕は彼女に全力で協力すると言った。支えると言った。


 それでも彼女は僕を頼ろうとしてくれない。


 


 「......そんなにあの女が大切か」


 僕はルホスちゃんの問いには返答せず、踵を返して来た道を戻った。そんな僕でも、魔族の少女はこれ以上何も言わずについてきてくれる。


 やがて、皇女さんの部屋に辿り着いた僕は、その扉の前で立っているバートさんと対面した。


 「何用だ」


 「殿下とお話したくて」


 「殿下からまだ許可は下りてない......が」


 「?」


 「殿下も色々と限界だろう。その傷ついた心を癒せるのは、きっと私ではなく貴様なんだろうな」


 バートさんは苦笑しながら、扉のドアノブに手を掛けた。


 そしてゆっくりと開きながら告げる。


 「今まで幾度となく我々を救ったのは他の誰でもない、ナエドコ、貴様だ。......殿下を頼む」


 「仰せのままに」


 僕は気障っぽく振舞いながら、部屋に踏み入るのであった。

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