第239話 急な訪問者はロリッ子魔族でした

 『暇だなー』


 『しりとりでもしますか?』


 『お、いいな。りんご』


 『極悪人』


 『提案しといてやる気ねぇーじゃん』


 なんかまた馬鹿やってるよ......。


 現在、皇女さんの私室のバルコニーにて寛いでいた僕は、そんな魔族姉妹の馬鹿な会話を聞き流しながら外を眺めていた。


 日はとっくに沈んでおり、城内の至る所にある灯りが辺りを照らしていて、僕はそんな光景を見下ろしている。


 「これからどうしよっかなー」


 灯りを消した薄暗い部屋の中には、天蓋付きのベッドの上で横になっている皇女さんが居る。


 女執事のバートさんはウズメちゃんを連れて入浴を済ませに向かった。皇女さんに付き添う従者として、どうしても身の周りの清潔さは保たないといけないらしい。


 そのため、この部屋には僕と皇女さんしか居ない。


 バートさんが僕を信頼して任せてくれた訳だけど、彼女がこの部屋を後にするまで何度も念押しされた。


 『殿下を襲ったら殺す』と何度言われたことか。僕はそこまで獣に見えるのだろうか。


 で、当の本人の皇女さんは何をしているのかって言うと、不貞寝である。いや、不貞寝と言うには重すぎる状況だけど。


 『あのガキ、いつまでいじけてる気だ』


 『まぁ、無理もありませんよ。自分の覚悟が認められなかったのですから』


 『それもそうか。あの場で父親を殺せる度胸が無かったのが悪かったなー』


 などと、魔族姉妹は無関心な口調で会話していた。


 数時間前、皇帝さんに決闘を挑んだ彼女だが、見事返り討ちに合ってしまった。


 謀反に間違いなかったけど、命までは取られなかったのは幸いである。半ば予想していたこととは言え、結果的には皇帝さんの勝ちだ。


 皇女さんはというと、その際に強打を受けて気絶してしまったのだが、もう今はその傷も完治している。


 バートさんが必死になってポーションを皇女さんにぶっかけていたからね。無事で何よりである。身体は、だけど。


 「ひっぐ......」


 「『『......。』』」


 彼女の心はズタズタのボロボロだ。


 皇女さんは目を覚ましてから、ああしてベッドの上でずっと泣いている。


 僕は居た堪れないから、こうしてバルコニーに出た訳だけど、いい加減泣き止んでくれないかな。


 「美少女が泣いていると、胸が張り裂けそうで痛いよ......」


 『殺すぞ』


 なんで?


 妹者さんの鋭く短い言葉に、僕はジト目になっていた。


 状況は依然として芳しくない。


 アーレスさんがどこに転移ばされたのかわからないため、彼女の到着を待つのは得策じゃない。


 かと言って、こちらの陣営で、あの皇帝さんを止められる戦力は無い。


 せめてレベッカさんが居ればなぁ。きっと依然としてオーディーさんが見張っているだろうし。


 『ナエドコさん、ここは一人の男として、泣いている女の子をあやすべきです』


 と、姉者さんが急にそんなことを言い出してきた。


 なんかこの人、ちょっと鼻息荒くない? もしかして楽しもうとしてる?


 そう言えば以前、姉者さんは日本にいた頃、僕の記憶を読んでたんだっけ。その中でも昼ドラにすごく関心が湧いたらしい。


 それもドロドロしたやつ。本人曰く、男女の色恋沙汰の中で、甘酸っぱさや熟れた感じがあるのが堪らないとかなんとか。


 『ちょ、こら。すんなこと鈴木にさせんなッ』


 『別にいいじゃないですか。暇でしょう?』


 『暇潰しで女の涙を拭うな!!』


 ご尤もで。


 それに今はそっとしておいた方が良い気がする。


 「まい、ける」


 と、部屋の中から、皇女さんに呼ばれた気がしたので、僕は部屋の中に戻った。


 彼女は泣き疲れたのか、薄暗いこの部屋の中でもわかるくらい目元を真っ赤に腫らして、ベッドに腰掛けていた。


 「は、はい。なんでしょう?」


 僕がそう返事をすると、彼女は自身が座っているベッドの上の隣を叩いて、ここに来いと無言で命令してきた。


 僕は黙ってその場に行き、腰を下ろした。


 「「......。」」


 皇女さんの横に並んで座った僕は気まずくて仕方がなかった。


 なんて声を掛ければいいんだろう......。


 『ナエドコさん、エッチな行為はしちゃいけませんが、押し倒してもいいと思いますよ!』


 『おしッ?! ななななな何をさせようとしてんだッ!! 鈴木ッ! 絶対に駄目だからな?!』


 『チューくらいなら大丈夫です! チューなら子供できませんし!』


 『ちゅぅうぅう?!』


 『弱っている女の子に口づけをして決め台詞を叩き込むんです! 「君の美しい瞳に涙は似合わない」って!』


 『ひぃあぁぁあ!!』


 う、うるさい。僕にしか聞こえない声で騒がないでよ。


 「パパを止められなかったわ......」


 魔族姉妹のバカ騒ぎとは打って変わって、皇女さんがぼそりとそんなことを呟いていた。


 「そうですね......」


 「もうどうすればいいのかわからない......」


 「......。」


 皇女さん、いつになく弱気だな......。無理もないけど。


 こういうとき、弱っている女の子に対して、僕はなんて言葉をかければいいのだろうか。交際経験なんて一切無いから、尚更わからないや。


 わからないから......そのまま聞こう。


 「諦めますか? 戦争を止めるの」


 「......。」


 皇女さんは答えない。


 僕は続けた。


 「僕は......あなたがそれを望むなら従います。もしこの国を出たいというのなら、僕と一緒に逃げましょう」


 「それは......」


 皇女さんの気持ちが揺らいでいる。


 今までは僕が亡命を提案しても、即答と言っていいほど、彼女はこの国に残ろうとした。残って独りになっても戦争を止めると豪語していた。


 でもそれはきっと希望があったから。


 味方は少なくても、実の娘である自分ならば、皇帝を説得できるかもしれないと思ったからだ。


 が、その希望はつい先日断たれてしまった。


 皇帝さんの揺るがない復讐心によって。


 「私に何ができるって言うのよ......」


 「......。」


 皇女さんは僕の問いに対して、答えにならないことを呟く。


 それが次第に葛藤から苛立ちにも似た感情へと変化して、僕に訴えてくる。


 「あの時、パパを刺せば良かったの?! できっこないわよ、そんなこと! だってパパはこの世にたった一人しかしない家族なのよ?!」


 皇女さんが再び瞳に涙を浮かべて、僕の服を掴んで怒鳴り声を上げてきた。


 僕はそれを黙って聞いていた。


 「わかってるわよ、こんなことでは戦争は止められないって......。パパは本気だもの。対して娘の私は......本気で親を殺せないもの」


 戦争を止める絶対的な条件は皇帝を殺すことではない。相手を説得できないならば、実権を握ればいいのだ。


 それは殺害という手段だけではなく、実力行使で皇帝さんをどこかへ幽閉したりするなど、謀反の選択はいくつか残されている。


 が、現状では、皇帝さんを説得するどころか、幽閉することすら難しい。政治的にも戦力的にもあちらの方が圧倒的に上で、かつ意志が揺るぎないものならば、もはやどうすることもできない。


 詰みと言っていい。


 そんなことを僕が考えていたら、突如、バルコニーに繋がるこの部屋の扉が開いた。


 「『『っ?!』』」


 その急な出来事に、僕と魔族姉妹は驚いてしまったが、即座に臨戦態勢を取って、皇女さんを護ろうとした。


 『侵入者かよッ』


 『ったく。これから面白くなりそうでしたのに』


 外から入ってきた者は―――少女だ。


 艶のある黒髪を靡かせる可憐な少女。が、ただの少女ではない。服装こそ平民のそれだが、少女の額にはこの部屋が暗くても黒光りする二本の角が生えている。


 少女の深紅色の瞳が―――僕と合った。


 「はぁはぁ......死ぬかと思った......」


 「る、ルホスちゃんっ?!」


 僕は驚きのあまり、夜中だというのに大声を出してしまう。


 少女の名はルホス。鬼牙種という魔族の一種で、外見は角が生えていることを除けば、少女のそれとそう変わらない。


 そんな彼女が僕を見つけて目を見開いた。


 「スズキッ?!」


 彼女は驚くも、一瞬でにぱぁーと笑顔になって、僕の方へ駆け寄ろうとしていた。


 が、それも束の間。ルホスちゃんは僕の後ろに居る皇女さんを目にして、その足をぴたりと止めた。


 「......。」


 「『『?』』」


 彼女は僕と僕の後ろに居る皇女さんを交互に見る。


 その様子から僕は察した。


 この部屋に居たのは僕と皇女さんだけ。


 皇女さんはこんな夜更けに、ベッドの上で涙を流して目元を赤く腫らしていた。その近くに居るのは僕だけだ。


 「お、おま、我を放っておいた挙句、他の女を泣かせていたのか......」


 「......。」


 『すげぇ言い様』


 『まぁ、間違っていませんけど』


 いや、間違ったことしか言ってないよ、この子。


 僕はルホスちゃんとの再会を素直に喜べなかった。

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