第238話 それでも止まらない

 「え、ええー」


 僕の口から間の抜けた声が漏れる。


 時は元に戻って、皇女さんが皇帝さんと決闘していた頃合いに至る。


 雨が一際強くなって、僕らの体温をその雨水で奪っていったときのことだ。


 皇女さんは自身に付与された僕の【固有錬成:縮地失跡】を使用するために、とんでもない言葉を放った。


 『パパ。私、マイケルと結婚するわ』


 衝撃的にも程があるだろ。この場に居る皇女さん以外の人物全員が、僕を見てきたじゃないか。


 故に皇帝さんと目が合う。


 彼は目を点にして僕を見つめてくるが、次第にその両目に血管が走って、血眼と化す。その目に殺意が宿っている気さえした。


 どれくらいの時が経っただろうか。


 永遠の時が訪れたみたいだ。


 ......それくらい、僕は気が気でなかった。


 「【固有錬成:縮地失跡】」


 が、そんな呆気に取られた状況下で、皇女さんが【固有錬成:縮地失跡】を発動した。約三秒間、相手が自身の姿を捉えていない状況が作られたのである。


 そして、


 「っ?!」


 「終わりよ」


 いつの間にか、彼女は皇帝の背後に現れ、手にしていたショートソードの剣先を、皇帝さんの背中にぴとりと立てていた。


 ひと押しすれば、その剣先は皇帝さんの胸を刺し貫くだろう。


 勝敗は決したと思われた。


 「......ロトル、それは【固有錬成】によるものか?」


 皇帝さんが剣をぶらりと脱力したように下げて問う。


 その様から、娘の先程の言葉が自分を欺くための偽りだと察したみたいだ。


 ......察しているよね? 僕に殺意を向けないよね? 頼むよ。娘さんをください、は僕にはまだ早すぎるよ......。


 「......ええ。マイケルのスキルよ。知っているでしょ? これで<4th>を圧倒したらしいわ。私が使えるのは秘密だけど」


 「......厄介だな」


 「ズルして......ごめんなさい」


 皇女さんが静かに謝ると、皇帝さんは鼻で笑ってから口を開いた。


 「かまわぬ。して、ロトルよ。そこからどうする?」


 「......え?」


 皇女さんが間の抜けた声を漏らした。


 皇帝さんは剣を突き付けられて、次の瞬間には刺されるかもしれないのに、平然と振り返ろうとした。


 「っ?! う、動かないでッ!」


 「なぜ?」


 「な?! わ、私はパパを殺せるのよ?!」


 「やってみるがいい」


 「っ?!」


 皇帝さんの言葉に、皇女さんが青ざめた。


 それでも皇帝はゆっくりと振り返る。


 皇女さんが脅しでも、剣先を立てたままなのに、それが自身の背に刺さろうともかまわずに振り返る。


 「や......」


 すると皇女さんは咄嗟の判断で、手にしていたショートソードを手放した。このまま突き付けていたら、本当に父親を刺し貫いていたかもしれない。


 そんな絶望的な未来が彼女の判断を鈍らせた。


 やがて完全に振り返った皇帝さんは、剣を手放して無防備な娘を見下ろした。


 その瞳には――揺らぐことのない意志が宿っていた。


 皇女さんの怯えきった目を捉えて放さない、覚悟を突き付けるような力強い眼差しであった。


 「ぁう」


 「やはり......


 ガッ。


 皇帝さんが手にしていた剣の柄で、皇女さんの頭部に強打を入れた。瞬間、彼女はその衝撃で意識が刈り取られたように、その場に倒れ込んだ。


 「殿下ッ!!」


 僕の横に居たバートさんが居ても立っても居られず、二人の下へ駆け出した。


 決闘の最中に割り込んだ従者は殺されても文句は言えない。が、それにかまわず、皇帝さんはその場から離れた。ムムンさんから鞘を受け取って、手にしていた剣をその中に納める。


 ......どうやら終わったみたいだ。


 その時、今までだんまりであったミルさんが口を開いた。


 「いくら皇帝陛下の一人娘とは言え、ロトル殿下は謀反を起こした。死罪に課されても誰も文句は言えまい」


 その言葉は僕らにかけられたものだ。


 「が、その罰の重みは陛下がお決めになること。......陛下」


 「......戦争が終わるまで城から出ることを禁ずる」


 皇女さんに対しての罰だろう。正直、罰というには軽すぎる気がするけど。


 が、それを罰とするのであれば、誰も何も言えない。だから、この確認は、この場に居る全員に向けられたものだ。


 もうこれ以上のことは言わない。戦争を止める気もない。だからもう何もするな。そう、訴えたいのだ。


 この場を後にしようとする皇帝さんは、僕らに背を向けたまま言った。


 「......一応は礼を言っておこう。闇組織の件、ご苦労であった。お主が妻の仇を取ったこと、余は生涯忘れぬ」


 「......。」


 僕が無言のままで居ると、彼は止めていた足を再び動かした。


 もう言い残すことは無いらしい。


 僕は雨に打たれながら、空を見上げた。


 「これからどうするかなぁ」


 そんな虚しい言葉が、雨と一緒になって地に落ちる気がした。

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