第236話 思いは貫けるか砕かれるか

 「はぁぁぁああ!」


 『マジで親子喧嘩始まっちゃったよ』


 『親子喧嘩の域は超えてますがね』


 などと、魔族姉妹の言葉を他所に、皇女さんから仕掛けた。


 現在、僕らは皇女さんと皇帝さんの決闘を見守っていた。


 この広間に居るのは、皇帝さん陣営のミルさん、ムムンさんと、皇女さん陣営のバートさんと僕である。


 互いに互いの主の決闘に横槍は突かない。


 ただただ見守っているだけである。


 たとえそれで――どちらかが死のうとも。


 『ナエドコさんはあのお姫様が殺されそうになったら助けるんですか?』


 と、姉者さんが僕にそんなことを聞いてきたので、僕は小さな声で短く返答した。


 「もちろん」


 『は? これ決闘だぞ?』


 知らん知らん。


 え、さっきの『どちらかが死のうとも』はなんだったのかって?


 それはこの場に居る全員の共通認識だ。だから相手の護衛さんたちも突っ立っているだけなのである。


 僕はそれを承知の上で助太刀するけどね。


 だって僕、そんな忠臣マナーとかどうでもいいし。


 美少女のために今まで頑張ってきたんだよ? 皇女さんが本当に殺されそうになったら、駆けつけるに決まってるじゃん。


 『この男、マジですよ』


 『かぁー、鈴木らしいっちゃらしいが、気乗りしねぇなー』


 とかなんとか言ってる二人だが、その事態に陥ったら彼女たちもサポートしてくれるでしょ。


 それに、


 「陛下は殺さないよ。たとえ血の繋がった娘に謀反を起こされても、ね」


 僕が知った風なことを言うと、二人からの返答は無かった。


 ただその言葉はバートさんには聞こえてみたいで、


 「口を慎め」


 怒られてしまった。


 当然のことだ。娘が血気盛んに剣を振るってくるが、父を殺すわけが無い。ただマジになって切りかかっているだけ。


 重要なのは、相手の首をとるのではなく、この国最大の権力を奪い取ること。皇帝さんがそれを譲るかどうかだ。だから皇女さんだって自分の剣が父親に通用するなんて思っちゃいない。


 それが伝わっているからこそ、皇帝さんもその意志に答えるべく、剣を交えているに過ぎない。


 「やぁ!!」


 皇女さんが上段に構えた剣を振り下ろす。


 その隙だらけで仕方がない一撃を、皇帝さんは片手の剣で受け切る。


 まるで茶番だ。皇帝さんのあの感じして、絶対に余裕だよ。だから皇女さんも益々勢いを付けて攻撃しているんだ。


 「ロトルよ、なぜ暗殺ではなく、こうして堂々と皇帝に刃向かう」


 余裕すぎるのか、皇帝さんは皇女さんの剣を受け流しながらそんなことを言う。


 それに対し、皇女さんは息も絶え絶えな様子で応えた。


 「暗殺の方が良かったのかしら?!」


 「どちらも御免被りたいものだ。......ただ成功する可能性があるとすれば、こうして剣を手にして挑むのは愚策にも程がある」


 「うるさいわねッ!!」


 皇女さんが皇帝さんとの身長差を活かして、懐に飛び込み、自分の背丈にあったショートソードで短く斬りつける。


 が、それも全て皇帝さんによって受け切られた。


 正直、皇女さんがここまで動けることに驚きだが、それよりも両者の技量さに圧倒的な差がある方が意外だ。


 皇帝さん、普通に強くね?


 「誠意を示しているつもりか? それで余がこの座を譲ると本気で思っているのか?」


 「っ?!」


 すると今まで守備に徹していた皇帝さんが攻撃に転じた。


 皇女さんがそれと入れ替わったように、皇帝さんの剣を受け切ろうとする。


 が、


 「くッ」


 「この地位も、権力も......罪も、余はお主に譲る気はない。その権利が娘にあったとしても、だ。......あまりにも重すぎる」


 あまりの実力差に、皇女さんは剣ごと後方へ弾き飛ばされてしまった。


 そして彼女は体力の底が尽きたのか、蹌踉めきながら立ち上がって、再び剣を取る。どれだけ力量に差があっても、彼女は諦めようとはしなかった。


 「はぁはぁ」


 「......まだやる気か」


 「パパ、私は......ママの――リア・ソフィア・ボロンの娘よ。そして......パパの娘よ」


 「......。」


 「なら頑固者ってくらい......わかってよ」


 「......そうか」


 ぽつり。


 僕は自身の鼻先に冷たい何かが当たったことに気づく。


 雨だ。今朝は晴れていたのに、見上げれば、空は灰色の雲で覆われていた。


 ぽつり、ぽつりとまた雫が落ちてきて、その勢いが増していき、僕らを湿していく。石造りの地面が雨に濡れて独特の臭いがした。


 「パパ......次で決着をつけるわ」


 「......来い」


 皇女さんは覚悟した顔つきで、皇帝を睨む。


 そして視線はそのままで、剣先だけを父親にではなく、僕に向けた。


 ......え、なに?


 「『『?』』」


 皇女さんに剣先を向けられた僕は、魔族姉妹と共に、頭上に疑問符を浮かべた。


 周囲の人間を見回せば、皆も僕らと同じような反応をしている。


 が、次の瞬間、皇女さんはとんでもないことを口走った。


 「パパ......私、パパに勝った暁には――


 瞬間、世界が止まったかのように静寂が訪れた。


 雨音なんて耳に入ってこない、絶対的な静寂が。


 目を見開いた皇帝ちちおやの視線が、娘から僕へ移って膠着した――その時だった。


 「【固有錬成:縮地失跡】」


 皇女さんは静かにそう唱えた。

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