第235話 直談判は剣を携えて
「な、なんですかその格好?!」
現在、皇女さんの部屋に入室した僕は、彼女がバートさんの手を借りて騎士服のような格好をしていることに驚いていた。
日付が変わり、護衛役である僕に入室の許可が下りたところで、急展開である。
皇女さんは白を基調とした騎士服を着ていて、動きやすいように美しい金色の長髪を後ろで結っていた。
「見ての通りよ。これからパパ――陛下に挑むの」
『おいおい。このガキ、マジで言ってんのか。自分の父親だぞ』
『さぁ? ただ顔つきはマジっぽいですよ』
呑気なことを言う魔族姉妹を他所に、僕は皇女さんを止めることにした。が、それをバートさんが前に出てきたことで憚られる。
皇女さんは腰に携えた剣を引き抜いて、その輝きを見つめた。
「皇族のみ許された特権......といえばいいのかしらね。古来より帝国は皇帝の血を引き継ぐ者......皇位継承権を持つ者にのみ、如何なる手段でも謀反が正当化されることが許されているの」
「は、はい?」
「以前にも言ったでしょ? 曽祖父は親を殺して皇帝になったと。それがたとえ決闘であろうと暗殺であろうと、残った者が正しい結果になるのよ」
皇女さんの語る話の意図は理解できない話じゃない。
要は前にも言ってた通り、彼女は皇帝から力づくで権力を奪う気だ。それを可能とする権利が彼女にはある。
ただそれを成すための手段が、彼女が直接、父親に刃向かうというのはさすがに危険すぎだ。
「安心して。味方がゼロって訳じゃないのよ。クリファ卿にも動いてもらっていて、少ないけど味方は居る」
「い、いや、しかし......」
「それに以前、オッド侯爵に招かれたパーティーで<4th>が率いる組織の連中に襲撃されたでしょ? そこで窮地を一緒に乗り越えた貴族たちも、私を支持してくれるって」
「......。」
だからってそんな無茶な......。
僕は一旦落ち着くべく、息をゆっくり吸って吐き捨ててから聞いた。
「陛下にはあの<
「ええ。でも彼らは基本、パパの命令が無い限り動かないわ。......動くなと命令されれば尚更ね」
『なるほど、この子、一騎討ちに持ち込むつもりですね』
『? どういうことだ?』
納得といった様子の姉者さんの言葉に、妹者さんが疑問符を頭上に浮かべた。
おそらくだが、皇女さんがこのまま直接決闘を挑むような行動に走っても、皇帝の護衛騎士である<
というのも、それは皇帝が娘を溺愛しているからこそ、他の介入を許さないという線が濃いからだ。
やや情に訴えかける確証の無い希望的観測だが、あの皇帝さんなら受けて立ってくれる可能性が高い。むしろ<
さすがに僕の介入まで許してくれるとは思わない。
故に皇女さんは剣を携えて、皇帝に直談判しに行こうとしているのだ。
そんな思惑の要点を姉者さんが妹者さんに伝えたところで、僕は皇女さんに問い質す。
「仮に事が上手く運んだとして、殿下は剣を振れるんですか?」
僕の問いに、皇女さんは歯噛みした。
「......嗜む程度よ」
「そ、それじゃあ返り討ちに合いますって」
僕はちらりと横に居るバートさんを見やった。
彼女も僕と同意見のようで、僕の言葉に反論することができなかった。が、それでも忠臣である彼女が何も言わないところ見るに、腑に落ちない僕である。
「安心しなさい。ちゃんと作戦があるから」
そう言って、皇女さんはこの部屋の隅に居るエルフっ子に視線を向けた。
「え、わ、私ですか?」
少し間の抜けたエルフっ子の声は、どこか巻き込まれた感が否めないものであった。
******
「陛下、話があります」
城内のとある渡り廊下にて、皇女さんは向かい側からやってきた皇帝さんに頭を下げて、そう話しかけた。
この渡り廊下は地上階で、すぐ横にはちょっとした広間がある。その広間は脇に少しの観賞用草木や腰掛けがある程度で、あとはただ石造りの地面が広がっている場所だ。
そんな場所と隣接する渡り廊下にて、皇女さんは皇帝である父親に待ち伏せしていた。
今朝から格好は変わらず、騎士服のままで。
「......一国の姫にしては、物騒な格好をしているではないか」
「......。」
皇帝さんは愛娘が目の前に居ることに喜ぶことはない。目を細めて娘を見ている。
そりゃあそうだ、普段はドレスで着飾っている愛らしい皇女さんが剣を携えているんだから。
また皇帝さんの側には直属の護衛騎士である<
そのため、一行の見た目だけで言うのならば、皇帝陛下とその執事、護衛の騎士の三人という組み合わせである。
一方のこちらは、皇女さんとその執事のバートさん、見た目だけでも軍服を来させられたDランク冒険者の僕だ。
「陛下――」
「よい。少し待て」
「畏まりました」
後ろに控えていたムムンさんが声をかけると、皇帝さんは片手で制して、歩む足を完全に止めた。
どうやら皇女さんの思惑に気づいたらしい。
皇帝さんは渡り廊下から広間へと向かってゆっくりと歩き始めた。
「ロトルよ。数年前から件の組織を追っていたお主に朗報がある。......内部で手引していた裏切り者――宰相はこちらで討ち取ったぞ」
その声は普段の彼が発する、娘を溺愛するデレデレした声ではない。父親としての貫禄も兼ね備えているが、それよりも果たすべき義務を果たした皇帝という立場の人間の声であった。
「はい。聞き及んでおります」
「......オーディーから聞いたのか。ったく、あの阿呆は勝手なことばかりする」
対する皇女さんも皇帝さんに続いて広間へと向かう。
闇組織の拠点を潰したのは僕と<
他にも闇組織と繋がっていた貴族は帝国内部にいるだろうが、その中でも一際権力を持っているのが宰相クハロだ。その人の処罰はオーディーさんが皇帝さんと一緒に成したと、以前伝えてくれたのである。
それを親として、皇帝として、バーダンは娘に伝えたのだが、オーディーさんの方がそれは早かった。
「ですから陛下、今すぐ戦争を止めるべきです」
「......。」
皇女さんの幾度となく繰り返された言葉に、皇帝は応じようとはしなかった。しばしの沈黙がこの場を支配した後、皇帝さんが口を開く。
「まさか娘に剣を向けられる日が来るとは......」
もはやその言葉が返答だった。
今ここで、娘に剣を向けられるという結末を、皇帝さんは選択したんだ。
それ即ち――対立関係が成り立つ。
それでも、
「パパッ!! この戦争はなんのための戦争なの?! 戦争なんか始めたら、本当に引き返せなくなるわッ!」
皇女さんは吠えた。
皇帝に対してではなく、父親に対して訴えるように。
「前にも言ったではないか。王国が此度の闇組織との関係を否定しておらん。ならば滅ぼすのみよ」
「否定の有無じゃなくて、関与の有無の証拠を見つければいいじゃない!! 今のままじゃ決めつけに過ぎないわッ! きっと王国にも何かしら事情が――」
「事情があれば、我が妻を殺してよいと言うのか!!」
皇帝さんが皇女さんの言葉を遮って怒鳴りつける。その怒声に、皇女さんは気圧された。
皇帝さんは少し落ち着きを取り戻しながら続ける。
「ロトル、お主は何もしなくてよい。全て余が......父が片を付ける。お主は余の側に居てくれ。......頼む」
「......。」
皇帝さんのその声は今までの彼の威厳が偽りかのように弱々しかった。
何に縋ればいいのかわからない、縋っていいのかすらわからない、我儘に近い何かのように聞こえた。
それでも皇女さんは応えない。
代わりに、
「陛下、剣を」
剣を鞘から引き抜く。
その様が返答を示したのだ。
「その道は......辛いぞ」
皇帝さんは近くによってきたムムンさんから剣を受け取り、鞘から引き抜いたそれをだらりと垂れ下げた。
構えのないその型に対し、皇女さんは手にした剣を両手に握って、この世にたった一人しか居ない親と対峙する。
今この瞬間、帝国の姫は皇帝と対立の意を示したのであった。
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