閑話 とある魔境の樹海にて

 『グァァァアアアアアア!!』


 「......。」


 アーレスの前に巨大な鳥型モンスターが現れた。


 モンスターの固有名称は<暗黒魔鳥:パズーズ>。危険度をランクで荒らすのであれば、Aランクは下らないモンスターだ。


 異名を体現したかのように、パズーズの羽毛は常闇のように黒く、また鋼鉄を思わせるような硬度を誇る。もはやそれは羽というには些か硬すぎる代物であった。


 故に対峙した者は、パズーズの羽を龍の鱗と称した。


 そんなパズーズがアーレスの前に立ちふさがり、大きな嘴を広げて咆哮を上げていたのである。


 眼前に君臨するモンスターは明らかに生態系の中で上位に位置する。とてもじゃないが、人が敵うような相手ではない。ましてや一人で立ち向かうなど無謀でしかなかった。


 パズーズが今まさに、アーレスを食らおうと襲いかかった―――その時だ。


 『ガァ―――』


 「邪魔だ」


 横に一線。


 パズーズの太い首に寸分の狂いもない斬撃が駆け抜けた。


 ズルリ。巨大な頭部が地面に落下し、数秒後にはパズーズの身体が地面へと倒れ伏した。首の断面から勢いよく黒い血を吹き出す様を、アーレスは見下ろした。


 絶命したのである。


 言うまでもなく、アーレスが振るった剣によって。


 アーレスにとっては、Aランクモンスターなど肩書だけで雑魚に過ぎなかったのだ。


 アーレスは剣に付いたパズーズの血を振り払った後、腰に携えていた鞘にそれを納めた。


 「ここは......もしかしてカリタカ樹海か?」


 数分前まで帝都の地下のとある施設に居たアーレスは、オーディーによってランダム転移させられていた。


 場所はアーレスの見立て通り、ここはカリタカ樹海である。高い木々が密集したこの地は昼間であろうと、陽の光が隅々まで照らされないほど緑が深い。


 陽の光より暗い月明かりなら尚更だ。


 それでもアーレスが辺りを見渡せるほど視界が良好なのは、地面や木々の表面に生えている苔のおかげだろう。


 この苔はただの苔ではなく、“クニガエゴケ”と呼ばれ、その特性は微量でも日中に吸収した陽の光を夜間に放出することだ。そのため、今が夜間帯でもそこら中にある淡い光が周囲を照らすので、アーレスは辺りを見渡せた。


 特定できたのはこのクニガエゴケと、先程絶命したパズーズの生息地のおかげである。そしてパズーズだけではなく、周囲から聞こえるモンスターたちの鳴き声だ。


 鳴き声からして凶悪なモンスターたちが蔓延る場所なのは間違いなかった。そんな樹海、アーレスが知っている限りでは、カリタカ樹海しか思い浮かべられなかった。


 無論、彼女にとってそれは確証が得られた訳ではない。推測から出ない域の分析だった。


 そんな樹海は湿度もそれなりにあり、じめっとした風がアーレスの肌を撫でる。


 「帝都までは......そこまで距離は無いな」


 ここが仮にカリタカ樹海とするならば、帝国までの道のりはそう長くない。この樹海が王国寄りも帝国寄りで、そんな場所に転移させられたのは、ある種の不幸中の幸いでもあった。


 アーレスはしばらく熟考した後、夜空を見上げ、方角に目星をつけてから駆け出した。


 『『『ガァァァァア!!』』』


 「む? あのモンスターの群れは......」


 移動を始めたのも束の間、アーレスは新たに別のモンスターの群れと遭遇する。そのモンスターは、単体では<暗黒魔鳥:パズーズ>の危険度には及ばないが、群れを成すと厄介な存在である。


 そんなモンスターの群れは、全員漏れなく夜空を飛行していた。


 地上の獲物――アーレスを見つけて、咆哮を上げているのである。


 「......一体くらい拝借するか」


 “調教”。そんな単語が、アーレスの頭を過ぎったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る