第234話 シバという災害

 「当時、ウトキ山脈の高原で家族に育てられていたシバは赤ん坊だった」


 ミルさんは手にしている紅茶を眺めながら語り始めた。


 現在、城内のとある客間にて、僕はミルさんとお茶していた。


 話の内容は先の仕合――僕とシバさんの仕合から一転して、シバさんの過去に関してである。


 「が、ある日の深夜。シバが【固有錬成】に覚醒した」


 『ほぉー、赤ん坊で覚醒したか』


 『......。』


 妹者さんがそんな相槌を打つが、姉者さんは静かに聞いていた。


 当時、シバさんの置かれた状況から色々と察したのかもしれない。勘のいい彼女のことだから、なんら不思議無いことだ。


 「目覚めたと同時に、【固有錬成】が制限なく、そして制御されることなく発動した。それ即ち暴走を意味する」


 「......。」


 「具体的な被害は、最初は小さな爆発だった......らしい。家が半壊する程度のな」


 「......記録に残してるんですか?」


 「結果だけな。シバの両親から聴取した話だ」


 あ、シバさんの両親は生きているんだ。


 てっきり【固有錬成】の暴走に巻き込まれて亡くなったのかと失礼な考えをしてしまった。


 「彼のご両親は避難できたんですね」


 「ああ。先に言っておくが、この暴走による被害で死人は居ない」


 あ、そうなんだ。


 「が、問題はその被害の規模だ」


 と、ミルさんは続けて語った。


 「周辺には小規模な村があったが、シバの【固有錬成】の暴走に巻き込まれて壊滅した。無論、村民は避難済みだ。その時には既に巨大な竜巻ほど勢力を増していった」


 ま、マジか。


 しかし徐々に力が増していったのが不幸中の幸いだったのか、ちゃんと避難はできたみたいだ。


 「発生はシバが居た高原地帯。巨大な竜巻はどこかへ移動することなく、時間と共に規模を広げ、山を砕き、大地を削って、ただただ周辺を吞み込んでいった。我々騎士団が現場に辿り着いた頃には......」


 『......制御できない力ほど、怖いものはありませんね』


 「まさに災害ってやつですか」


 姉者さんがなにやらやけに共感じみたように言っているが、何か過去にあったのだろうか。


 ミルさんは手にしていたティーカップをテーブルの上に置くと、立ち上がって窓の方へ向かって夜景を眺めた。


 「まさしくな。規模こそでかかったが、人的被害は無かった。......そんな災害が終息したのは夜明けのことだった」


 「夜明け?」


 「ああ。事後のウトキ山脈はもはや山地とは呼べぬほど崩壊していた。ただそこにあったのはシバという赤ん坊だけだった」


 そして彼は自身の手のひらを見つめ、何かを後悔するよう顔を顰めた。


 「そんな存在のシバに近づく者は誰も居なかった。当然だ。あれ程までの災害だったんだ。いつ再発するかわからない。だから更地の中、シバは親に抱き上げられることもなく、ずっと泣いていたのだ」


 「......。」


 「それから翌日まで、シバはその場に放置されていた。最終的にはしびれを切らした私が突入したんだがな。......シバは赤子だったというのに、ちゃんと生きていてくれたよ」


 ......すごいな、この人。


 もしかしたら至近距離で発生するかもしれない災害に臆せず独りで突き進むなんて。


 「その日から今日に至るまで同じような災害は無かった。が、それを覚えているのは“人”だ。......シバの両親はそんな子を二度と抱きしめることはしなかった。それどころか、我が子の死を望んだ」


 『......薄情な親だな』


 『人間、誰しも愛情と自身の命を天秤にかけられる訳じゃありません』


 果たして妹者さんの言う通り、彼の両親は薄情だったのだろうか。自分の子供の【固有錬成】が暴走したとはいえ、死にかけたのは事実。......難しいところだ。


 「では誰がシバさんを......」


 僕の問いかけに、ミルさんは苦笑しながら言った。


 「私だよ」


 「え?」


 「放っておけなくてな。不器用なりに頑張って育ててみたさ。今となっては、親ではなくとも、もっと教えられることがあったのではないかと後悔しているがね」


 「ミルさん......」


 まさか育ての親がミルさんだったとは......。


 僕が意外な事実に何も言えずにいると、彼は溜息を吐きながら言った。


 「だからか、そうやって【固有錬成】の制御に苦労してきたシバは、スキルを所持する危うさを人一倍身近に感じている。それも複数あるならば猶更だ」


 『それで鈴木も自分と同じく【固有錬成】を複数持っているからって親近感抱いているんか』


 『まぁ、気持ちはわからないでもないですが』


 「は、はぁ。つまり、今日僕と仕合してきたのって......」


 「真意はわからん。が、シバなりに何か伝えたかったことでもあったのだろう。......謝って許されるようなことではないと思うが、謝罪する」


 ミルさんはそう言って、僕に頭を下げてきた。騎士ってプライド高い人ばっかだと思ってたけど、こういう人も居るんだな......。


 まぁ、実際僕じゃなかったら死んでもおかしくなかった訳だが、彼は数少ない常識人だ。謝罪を受け入れよう。


 てか、シバさんも【固有錬成】を複数持っているって言ってたけど、僕はあの風を操るスキルしか知らないんだよね。聞いても教えてくれなかったし。


 そういう意味じゃ、僕は彼が本当に他のスキルを持っているのか信用ならない。


 「大丈夫ですよ、もう気にしてませんので」


 「......器が大きいと捉えるべきか、正気の沙汰じゃないと見るべきか」


 「今なんと?」


 「ごっほん。なんでもない。」


 『正気の沙汰じゃないとかなんとか言ってたぞ』


 知ってる。実は聞こえてました。


 聞こえないふりをしたんだよ。察して? 傷つくからさ。


 「では僕はこれで失礼しますね」


 「ああ。夜遅くに悪かったな」


 僕は長居することは無いと思い、この部屋を後にしようとした。


 扉のドアノブに手を掛けたところで、ミルさんから声が上がる。


 「ナエドコ。......ロトル殿下を頼む」


 「......。」


 ミルさんのその言葉に、僕は振り返ろうとは思わなかった。


 彼が何を思って言ったのかはよくわからない。が、オーディーさんが独断でアーレスさんをこの城から強制退場させたように、彼も皇女さんのことが心配なんだろう。


 そんなことを考えながら、つい動きを止めてしまった僕だが、軽く手を振って何も言わないようにして部屋を出た。


 『これからどーすっかなー』


 『あの女騎士が近場に転移されていることを祈るしかないですね』


 「そうだね」


 そんな相槌を打つしか、今の僕にはできなかった。 

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