第233話 互角?

 「『【多重凍血魔法:螺旋一角】ッ!!』」


 地上に蔓延している猛毒ガスの中から、氷塊の先端が現れ、勢いよく放たれた。


 螺旋を描くようにして突き進むそれは、浮遊するシバさんの直下である。


 「っ?!」


 ズドン。


 人ひとり穿つのになんら抵抗も見せない圧倒的な火力が、シバさんを襲った。


 直撃と同時に、空中で氷でできた大輪の花が咲き誇る。


 「がはッ」


 地面に背を叩き付けるようにして倒れた僕は、すぐさま妹者さんの【固有錬成:祝福調和】により全回復する。


 『やったか?!』


 「それやめようねぇ!!」


 『わ、悪い、つい』


 右手の一級建築士がフラグを建てたせいか、それは対戦者によって回収されてしまった。


 バキ、バキ、バキキ。


 シバさんを閉じ込めた氷の牢獄が、見る見る間に亀裂を描いていった。


 「っ?!」


 やがて空中で砕け散ったそれらは、大小それぞれの氷塊となって地面へと降り注いだ。


 そんな氷の牢獄から姿を見せたのは―――シバさんである。


 「......驚いた。まさかあんな力をまだ隠し持っていたなんて」


 「僕もですよ。まさか無傷とは」


 シバさんは無傷だった。


 おそらく例の風で形成した壁によって、直撃を免れたのだろう。


 まさかあそこまで強固な壁だったとは。


 まだ戦闘を続ける気なのか、シバさんは眼下の僕に手を振りかざした―――その時であった。


 「シバッ!!」


 「『『っ?!』』」


 どこからとなく、怒声がこの訓練場に響いた。


 声のする方へ振り向けば、観客席付近に鬼のような形相をしたミルさんが居た。


 彼は相も変わらず全身鎧姿で、背には自身の身の丈をも超える大検が携えられていた。


 「......なに?」


 「いったい何をしているッ!!」


 「......。」


 ミルさんの怒声に、シバさんは振りかざした手を引っ込めて、地上に蔓延した毒ガスを、風を操作して一箇所に集めてから遥か上空へと吹き飛ばした。


 「お終い。じゃあね、ナエドコ」


 「え?」


 『邪魔が入ったなぁ~』


 『まぁ、勝てたかわかりませんでしたし』


 「おい、話は終わってないぞ!! どこへ行くつもりだッ!!」


 ミルさんが何も言わず立ち去ろうとするシバさんを怒鳴りつけるが、彼はそのまま浮遊してどこかへ行ってしまった。


 酷くあっさりとした終わりである。


 まぁ、戦闘したいなんて思ってなかったから助かるけど。


 無毒化された地上に、少し高い位置の観客席に居たミルさんが飛んでくるようにしてやってきた。


 「おい! 大丈夫か?!」


 「は、はい。この通り怪我はしてませんし」


 「怪我はしたが、お前が治したんだろッ!」


 ミルさんが僕の両肩を力強く掴んできてそう怒鳴りつけてきた。


 どんな時でも冷静で貫禄のある騎士だと思っていたが、今の彼はその印象が掻き消えるくらい勢いがあった。


 こ、怖いな。


 たしかに、彼の言う通り、僕は重症を負った。でもこの通り五体満足で立っている。妹者さんのおかげだ。


 怪我はしてない、なんて嘘は僕の服装がボロボロだから即バレたのだろう。


 「はぁ。すまんな、おそらくシバから挑まれたのだろう?」


 「ま、まぁ、はい」


 「ったく」


 少し落ち着きを取り戻した彼は、頭をぐしゃぐしゃと掻いて、僕に着替えてこいと言ってきた。


 ということで、僕は着替えるべく、再度、あの大浴場に向かって、血などで汚れてしまった身体を綺麗にした。


 その後、僕はミルさんに呼び出しを食らって、この城の客間へと向かった。


 中に入ると、さっきまで全身鎧姿だったミルさんが騎士服姿になっていた様を目にする。


 「どうだ、少しは落ち着けたか?」


 「え、あ、はい」


 『どっちかって言うと、このおっさんの方が落ち着けたよな、あたしらが来るまでの時間で』


 『ええ。顔がいかついので少し怖かったですよ』


 失礼な魔族姉妹はさておき、僕はミルさんに聞くことにした。


 「あの、シバさんが仕合を挑んできたのは彼の独断ですか?」


 「ああ。信用無いかもしれんが、そう主張したい」


 ああ、やっぱり。


 まぁ、うん。結果的に無事だったし、そこまで気にしてないけど。


 「シバはな、自分と同じ複数の【固有錬成】持ちのナエドコをえらく気に入っているんだ」


 と、ミルさんがそんなことを語り始めた。


 彼はソファーに座った僕に対し、わざわざ茶を淹れて僕の前に置いたのである。


 僕の異世界生活で、圧倒的なまでに常識人な存在のミルさんであった。


 「複数の【固有錬成】って、そこまで珍しいのですか?」


 もう僕が複数の【固有錬成】を所持していることに関して、隠すつもりはない。


 別に手のうちを全て曝け出すつもりはないけど、下手に隠すと話が進まなさそうなので、彼ら<四法騎士フォーナイツ>が色々と知っている前提で話すことにした。


 「珍しい、というレベルではないな。そもそも個人が【固有錬成】を持つことこそが奇跡に近いのだ」


 『ま、そりゃあそうだわな』


 という姉者さんの相槌を他所に、僕はシバさんの【固有錬成】について思い浮かべる。


 あの人、自分も他のスキルを所持しているって言ってるけど、僕にそれを見せも教えもしてくれないんだよね。


 もはや彼が複数持っていることも怪しいよ。


 まぁ、ミルさんのこの感じだと、口外することを止められているのは明白だけど。


 「が、そんな“奇跡”と称される【固有錬成】も、使いこなせてからが“本当の奇跡”になり得る」


 使いこなす?


 僕のそんな頭上に浮かべた疑問符を察したのか、姉者さんが補足してくれた。


 『発動条件や制限のある【固有錬成】が主ですが、誰しもそれを最初から使いこなせたわけではありません』


 『そーそー。中には暴走して、同族や身内に殺されてでも止められることとかあるしな』


 マジか。いや、まぁ、わからないでもないけど。


 「シバが初めて【固有錬成】に目覚めたときは生まれて間もない頃だった。帝都ここから離れた場所にあるウトキ山脈を地図から消し去ったのは......あいつの力だ」


 と、彼は紅茶で舌を湿らせながら、語り始めるのであった。

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