第232話 風に殺される

 「私と戦って」


 現在、僕は帝国城内施設の訓練場に、シバさんと一緒に居た。


 深夜帯と言える今、この場に居るのは僕と彼だけだ。


 『おいおい。急になんだよ』


 『もしかしてさっきの苗床さんの謀反起こす宣言が良くなかったのでしょうか』


 い、いや、良くなかったとは思うけど、まさかその場で引っ捕らえるとかではなく、ここにお誘いして決闘を申し込まれるとは。


 僕は苦笑しつつ口を開いた。


 「あの、シバさん? 僕、皇女さんの護衛としてあまり長居できないんですけど......」


 「大丈夫。時間はかけさせない」


 「い、いや、そういう問題では―――」


 ヒュッ。


 急な突風がどこからか吹いてきて、


 ......は?


 『苗床さんッ!!』


 『【祝福調和】ッ!!』


 魔族姉妹の余裕の無い声に、僕は今になって気づかされた。


 両足が一瞬で切断されていたことを。


 「ッ?!」


 痛みが僕を襲ってくるよりも早く、妹者さんの【固有錬成】によって、僕の両足は元通りになった。


 即座に起き上がって、僕は臨戦態勢に入る。


 「一方的に殺されるだけなら時間はかからない。......痛いと思うけど」


 「し、シバさんッ! 待ってください! いきなり何を―――」


 「ごめん。確かめたいことがある」


 は?! いったい何を言って―――


 が、次の瞬間、夜だというのに、視界に移る一部の空気が歪んだことを辛うじて捉えた僕は、身を屈めてを避けた。


 『ナイスです、苗床さん』


 『とりあえず、ただ無抵抗で死ぬこたぁねぇー! やるぞ!!』


 「くそッ」


 魔族姉妹は魔法陣をそれぞれ展開して、戦いの意志を示した。


 僕はシバさんから距離を取ろうと、後方へ飛び下がろうとしたが、


 「私の風に距離なんて関係無い」


 彼の静かで透き通るような声が聞こえてくるのと同時に、僕の肩から血しぶきが起こる。


 「がはッ」


 『姉者ッ!』


 『【冷血魔法:氷壁】ッ』


 僕の傷が完治すると共に、姉者さんにより僕を囲むようにして、氷壁が立方体を形成した。


 整理する時間が欲しいとは言わない。


 ただ少しでも時間を稼ぐために、姉者さんはこうして回避ではなく防御の一手を選んだ。


 が、


 「壁も無意味」


 どこからとなく聞こえてくる涼し気な声が、僕を守る防壁を破壊した。


 それなりの強度があるはずの氷壁がいとも容易く破壊され、開けた視界の先に、シバさんを映した。


 「戦って」


 その声はどこまでも無機質で、感情が込められていない声だった。


 だから、


 「わかりましたよッ」


 僕は前進する。


 「それでいい」


 視界の至る所で空気が歪んで見えた。


 あれが風による攻撃―――シバさんの【固有錬成】によるものだ。


 注意してみないと視認できないけど、そこまで不可視ってわけじゃない。それが僕目掛けて一気に距離を縮めてきた。


 おそらくさっき負った怪我は、あれをまともに食らったからだろう。言うなれば、風の刃だ。


 ならば!!


 「妹者さんッ!」


 『鋭さ勝負だッ!』


 『うぷッ』


 僕の意図を理解した魔族姉妹が準備に入る。


 姉者さんが口から刀の柄ほどの長さの鉄鎖を出し、今度はそれを右手が握り締める。


 構えは抜刀。狙いは――迫りくる歪んだ空間ッ。


 「『【烈火魔法:抜熱鎖ばねっさ】ッ!!』」


 右腕に力を入れ、【固有錬成:力点昇華】を発動させつつ、妹者さんとの合わせ技を完成させた。


 灼熱の鉄鎖が僕に迫りくる無数の風の刃たちと激突し―――押し勝つ!!


 バヒュンと空気が破裂するような音と共に、【抜熱鎖】は止まることなくシバさんへと進んだ。


 やばッ!!


 『死ねやごらぁ!!』


 「シバさん避けてッ」


 妹者さん、敵の攻撃を相殺することを目的としてなかったみたいだ。


 そこまでするつもりはなかったのに、というのは、もはや事後の言い訳。


 シバさんが横真っ二つにされる未来を想像したが、


 「ん。悪くない。......でも」


 ビタンッ。


 彼の数メートル前方で、【抜熱鎖】が何か壁にでもぶつかったようにして、その進路を阻まれた。


 弾かれたのである。


 おそらく風の刃と同じく、今度は風による壁を形成して。


 「『なッ?!』」


 僕と妹者さんが同時に驚きの声を上げる。


 切断力に特化した魔法だよ?!


 「そこ」


 「ッ?!」


 そして次の瞬間、僕の腹部に2本の風穴が作られた。


 血しぶきが前方へ飛び散った様を見るに、後方から食らった模様。


 それも風の刃による切断攻撃じゃない、矢、いや、槍のようなもので刺された具合だ。


 「ごふッ」


 『【祝福調和】ッ』


 「そんな重症を負ってもすぐに完治できるんだね。すごいや」


 すると僕は、全身が何かによって縛られたように、両腕を胴体に押し付けられるようにして自由を奪われた。


 見れば、僕の周囲一帯の空気が歪んでいることに気づかされる。


 まるで見えない巨人の手に握り締められたような気分だ。


 そしてグワンと真横へ投げ飛ばされるようにして、僕は石造りの壁へと打ち付けられた。


 「がはッ!!」


 「でも完治するまで、ほぼ無防備状態じゃ敵の良いようにやられる」


 瓦礫の山から身を起こした僕は、ちらりと辺りを軽く見回した。


 周囲には誰も居ないことを確認してから―――発動する。


 「【固有錬成:泥毒】」


 口端から漏れる深緑色の禍々しいガスが漏れたと同時に、負った傷口からもガスが吹き出た。


 空気より重たいそれは、僕の足元を這いずるようにして瞬く間に広がっていく。


 シバさんがどういう理由で僕と戦いたいのかわからないけど、あっちがその気なら、僕だってただでやられる訳にはいかない。


 『毒ガスを撒き散らせるよう、動ける範囲で治癒したぞ』


 「ありがと。......姉者さん」


 『ええ、


 僕は二人にそう告げると、少し離れた先に居るシバさんを見据えた。


 「何が目的ですか?」


 僕が少し低い声音で言うと、彼は宙に浮きながら答えた。


 「教えるため」


 「......なにを?」


 「気づけないなら、続きをやるよ」


 シバさんが動き出す。


 彼が片手を横に振るうと、それに合わせて一際でかい風の刃が僕目掛けて飛んできた。


 それを既の所で躱し、接近する。


 ―――辺りに猛毒のガスを撒き散らしながら。


 もちろん、宙に浮く彼には全く意味が無い。


 「毒ガス......わかってると思うけど、風を操る私には無意味」


 「でしょうね!!」


 『【紅焔魔法:螺旋火槍】!!』


 僕の右隣に生成された螺旋状の炎の槍が、シバさんを貫くべく発射された。


 シバさんは伸ばした右手で風の壁を作って防ぎ、もう片方の手を振るう。


 それを合図に、僕の右側から空気が歪んで何かが迫ってきた。


 が、


 「二度も捕まりませんよ!!」


 【固有錬成:力点昇華】。片足に力を入れて発動することで、僕は一瞬で直線距離を駆け抜けた。


 あの風の攻撃、また僕を捕まえて投げ飛ばそうとしていたようだが......残念、周囲の毒ガスが、風による攻撃、所謂、予備動作を可視化させてくれるから、察知しやすくなる。


 「なるほど。やっぱり先に吹き飛ばしておくべきだった」


 なにやら関心した様子で僕を見下ろしているが、無視である。


 僕は再度、【力点昇華】を発動し、シバさんの頭上はるか高くに飛んだ。


 「妹者さんッ!」


 『合わせてやんよ!!』


 僕は両手を上段に構え、妹者さんと呼吸を合わせて唱える。


 「『【多重紅火魔法:閃焼紅蓮】ッ!!』」


 オーバーキラー。


 そんな光景を思わせる紅蓮の柱がシバさんを襲った。


 なのに、


 「それくらいじゃ、私の風は破れない」


 『「っ?!」』


 【閃焼紅蓮】をシバさんに突き付けたが、何か硬いものに阻まれて、彼にダメージを与えることができなかった。


 天高く聳え立つ、全てを燃やし尽くす炎の柱は、シバさんと僕の間に生まれた風の壁によって遮られたのだ。


 「ぬおぉぉおおおお!!」


 どれだけ力を込めようと紅蓮の刃は進まない。


 マジか?! こんなに硬いのかよッ?! めっちゃ余裕そうにしてたから想像してたけどッ!!


 「残念。私の方が強い」


 「まだまだぁぁぁあああ!!」


 「......さっき理解できていなかったみたいだから教えてあげるね」


 そう言って、シバさんは人差し指と中指をぴたりと揃え、すぅーッとスライドさせるようにして宙をなぞった。


 その瞬間、


 「っ?!」


 僕の胴体が横真っ二つにされる。


 僕の上半身と下半身が鮮血を撒き散らしながら宙を舞った。


 「力なき正義は......無力」


 もうまともに剣を振るえなくなった僕は、そのまま自由落下の名の下、地面へと落ちていく羽目になった。


 妹者さんが【祝福調和】で全回復させるよりも、僕の身体が地面に叩きつけられる方が早いだろう。


 そんな僕の様を見てか、勝ちを確信したように、シバさんが無機質な目で僕を見下ろしていた。


 ああ、そう、それだよ。


 そういう目が―――いつだって僕にチャンスをくれる!!


 「がはッ!! あ゛ね゛じゃ、ざんッ!!」


 『準備OKです。ぶちかましましょう』


 上半身だけになった僕は、決して届かぬ拳をシバさんへと突き付けた。


 それを目にしたシバさんが小首を傾げる。


 が、遅い。


 地上に蔓延した濃密な猛毒ガスの一部が輝きだす。


 「っ?!」


 シバさんの直下に出現したその輝きは、発動までずっとその深緑色のガスの下に潜んでいた。


 彼がその存在に気づく。


 そして僕らは唱えた。


 「『【多重凍血魔法:螺旋一角】ッ!!』」


 

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