第229話 “知”の利
「来ないのか? ならば、こちらから行こう」
瞬間、アーレスの姿が霞んだ。
オーディーは咄嗟の判断で槍を両手で構えた――その時だった。
「っ?!」
真正面から伝わってくる衝撃に、オーディーは盛大に吹っ飛んだ。
石造りの壁に背を打ち付け、分厚い壁に窪みを作った。
先程までオーディーが居た場所に、アーレスが剣を振り下げた状態で居た。
「む? 防いだのか」
「かはッ。......ギリね」
「やるな、<隻眼>」
「そりゃどう――もッ」
今度はオーディーが動いた。
後手に回るのは悪手。あまり思いたくないが、アーレスの方が自身よりも戦闘能力は上。その可能性を見込んで、オーディーは動き出した。
「おらッ!」
身体能力強化魔法で底上げされた膂力に物を言わせて、槍を突き出す。
無論、力任せでも洗練された動きだ。
しかしアーレスはそれを見切って避ける。
そして横薙ぎに一線。オーディーは即の所で身を捩ってその斬撃を回避し、攻撃へと転じる。両者の激しい攻防が続いた。
(攻撃を食らっても無事なのは、十中八九【固有錬成】だ。じゃあ、なぜ今のは避けた? さっきの俺の【多重凍血魔法】をまともに食らって無傷だったのに、この近接戦は避けたり防いだりする)
アーレスとの攻防の中で、オーディーは熟考した。
なぜ眼前の女は常人ならば即死してもおかしくない魔法攻撃を食らっても無事なのに、槍や格闘術はまともに食らわないのか。
そこに勝機を見出していたオーディーである。
(まさか魔法を無効化? いや、距離が関係しているのか? 対象との距離が近かったら発動しない条件なのか? なら―――もう一歩踏み込むかッ!!)
そう思い、オーディーがアーレスとの近接戦に深く踏み込んだ瞬間だ。
「がはッ」
オーディーの肩から胸にかけて深い傷が作られた。アーレスによる斬撃で重症を負ってしまったのだ。
偶々ではない。誘い込まれたのである。
(はは。......見誤ったな)
オーディーはその場で膝を着いた。
「私には【固有錬成】があると見ているのだろう? が、その発動条件や効果の制限まではわかるまい。ならば探りにくることも予想できる」
アーレスはそんなオーディーを見下ろしながら言う。
オーディーは早計に動いてしまった。敵が【固有錬成】を所持しているのであれば、その発動条件や制限を知ろうと動く必要がある。
それらを知ってしまえば、有利に戦況を支配できる可能性が生まれるからだ。
が、それは同時に、相手にも攻め手となる。
狡猾にも嘘の情報を与えれば、それに沿って敵が動くことだろう。
ありもしない発動条件を防ごうと動き、何を対象に制限しているのか意識した行動を取るに違いない。
言わば、思考の誘導。【固有錬成】所持者の戦いの定石だ。
「ふん。終わりだな」
アーレスはカチンと剣を鞘に納めて、踵を返す。
目的はオーディーを殺すことではない。レベッカの回収だ。
オーディーのあの傷を考えれば、ここで戦闘を続行をすることは無いはずだ。これから王国との戦争を控えているのであれば、今無理をすることは得策ではない。
故に一度退くべきだ。たとえレベッカを今連れていくということが、皇女側の戦力増強を意味しても。
事実、帝国騎士団長ですらこの様である。それ程までに<狂乱の騎士>は強かったと言わざるを得ない。
アーレスは、勝敗は決したと言わんばかりに満足気だ。
しかし、
「はぁはぁ......なら、これはどうかな?」
「む?」
オーディーはまだ諦めていなかった。
アーレスは振り返った先で、眼前の騎士がまだ闘志を滾らせていることを察する。
構えは槍を深く引いた型だ。
負った深い傷のある半身はだらりと脱力しているが、もう片方の手のみで握る槍には異様な雰囲気が漂っていた。
「さっき言ったね? 俺の思考を誘導した結果がこれと。でもそれはある種の答えを敵に教えたようなものだ」
「......まさかここまで見越していたのか」
「さて、どうかな?」
今にも途絶えそうな息を漏らしながら、オーディーは槍を投げる姿勢に更なる集中を費やした。
オーディーがこの状況を作り出した。
アーレスの言動から、【固有錬成】の発動条件に“距離”が関係していると思い込まされた。
しかしそれはブラフであった。
槍の刺突よりも破壊力のある【多重凍血魔法】を直撃しても無傷。が、近接戦では攻撃を食らわないように、防御と回避に徹底していた。
故に発動条件に距離が関係していると安直な答えに辿り着く。
だが実際は、その確信を得たオーディーが一歩踏み出したことで、アーレスに逆手を取られて一撃を食らわされた。
その事実が、オーディーの描いた策略である。
【多重凍血魔法】で無理なら、それ以上の火力で押し切るまで―――。
「距離は関係ない、という答えをありがとう」
槍を握る手に力を込める。
途端、握られた槍に羅列した文字が光を放ち始めた。一瞬で空気が張り詰める。
すぅっと大きく吸った息を肺に溜め込み、オーディーは唱えた。
「魔槍――グンバニルッ!!」
吐き捨てる息と共に、一筋の蒼色からなる雷光が駆けた。
雷光はこの暗闇の間となる地下を隅々まで照らすような輝きを放ちながら、アーレスを穿たんと直線状を突き進む。
ズダンッ!!!
轟音が地下の広間に鳴り響いて、空間を軋ませた。しかし威力は抑えてある。
殺す気がないと言えば噓になるが、そもそもここは帝国城の地下施設だ。崩壊すれば地上に尋常ならざる被害をもたらしてしまう。
それでも躱せるような距離ですらなく、そもそも躱すことなど不可能な神速の槍が、アーレスを貫いた―――はずだった。
「魔槍グンバニル。一度放たれたその槍は、敵を逃さない必中の雷と化す......だったか? その【
「っ?!」
土煙の奥で、動揺すら感じさせない声が聞こえてきた。
視界が良好になった後、オーディーは眼前に広がる光景に絶句する。
そして――絶望した。
「それも無傷かぁ」
片手だ。
アーレスは片手を突き出して、今しがたオーディーが放った魔槍グンバニルの矛先を受け止めていた。
そこに魔法的な防御は見受けられない。素手で受けきったのだ。
五体満足で魔槍を止めた事実に、オーディーの口から呆れの息が漏れる。
「威力を加減したとはいえ、必中の一撃だ。まず私以外の者であれば致命傷だろうな。が、私は必中しようが傷など付かん。“相性が悪かった”、それだけ―――」
「でも」
アーレスの言葉をオーディーが遮った。
その表情はこの状況すらも読んでいたと言わんばかりである。
「......なんだ?」
さすがにおかしいと思ったアーレスが疑問を口にするが、それはオーディーの視線がアーレスから移って、ある場所に向いたことで解消される。
アーレスがその存在に気づいたときは――遅かった。
「っ?!」
視界の端、唐紅色に輝きを放つ魔法陣を捉えた。グンバニルの放つ雷光とその存在感に捕捉が遅れたのである。
【多重紅火魔法:爆炎火鱗】。
その魔法陣から姿を現したのは、獄炎より出でし龍の頭。龍の顎が大きく開かれ、太い首は灼熱の鱗を纏いながら、何もかもを食らわんとしていた。
そしてそれはアーレスを対象としていない。
レベッカを狙っていた。
「ちぃ!!」
アーレスは即座に行動を取る。
今から駆けつけても間に合わない。
そもそも単身で防いでも、その余波でレベッカを覆う氷の棺は一瞬で蒸発し、無防備なレベッカを炭へと変えるだろう。
故に魔法を使う。
オーディーが放った火属性魔法を打ち消す一撃だ。
「【水月魔法:断海】!!」
スパンッ!!
鞘に納められた状態から抜かれた剣に水属性魔法を纏わせて放つ。
その横からの魔法攻撃が間に合い、火炎の龍は断頭され、瞬く間にその姿を霧散させていった。
間一髪でレベッカは無事あった。
「魔法、使ったね~」
「......。」
レベッカに関して言えば、だが。
アーレスは自身の肩に、果物ナイフのような小さな刃が突き刺さっていることに気づく。
毒は塗られていない刃だと察した。が、そのナイフのグリップ部分に、円錐型の魔法具が取り付けられていた。
それが何なのか気づいた時には、既に魔法陣が展開されていた。
多彩色の魔方陣が、アーレスを包み込む。
それは紛れもない【転移魔法】のそれであった。
「通常の転移とは違って、ランダム転移は秒で発動できる。座標とか指定しないからねー」
アーレスが再び【固有錬成】を発動させようとするが――間に合わない。
「ばいば~い」
オーディーはニコニコと余裕綽々の笑みを浮かべながら手を振った。
「ちッ」
アーレスは肩から抜き取ったナイフをオーディーに投げるが、それを見切っていたと言わんばかりにオーディーは躱した。
「こっわ」
「覚えて――」
“覚えていろ”。そう言い切る前に、アーレスが姿を消した。
ランダム転移によって、この世界のどこかへ飛ばされたのである。
それは帝国よりも遥か遠い地点かもしれないし、逆に付近に転移してしまったのかもしれない。
「願わくば、帝国からうんと離れた地点に転移しますようにっと」
そんな祈りにもならない祈りをしながら、オーディーはその場に腰を下ろした。
脱力しきって呟く。
先のアーレスとの戦闘を思い返しながら。
「頑なに魔法を使わないから使わせてみたけど、本当に賭けだったな~。しんど」
帝国騎士団長、<隻眼:オーディー>。アーレスに戦いで負けて、勝負に勝った男である。
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