第228話 帝国騎士団長 VS 狂乱の騎士

 「待った待った! 落ち着いてくれ! 別に争いしに来たわけじゃないんだからさ!」


 「よく言う。私がレベッカを連れてくと言ったら、力づくで止めるのだろう?」


 帝国城のとある地下施設にて、アーレスはこの国の騎士団総隊長と遭遇した。


 オーディーは数刻前まで皇帝バーダンと共に、<黒き王冠ブラック・クラウン>の荒れ果てた本拠地に居たが、転移でこの城に戻ってきて、この地下施設に赴いたのである。


 故にオーディーがこの場で待ち伏せていたことで対面したわけだが、その雰囲気は穏やかではない。


 アーレスは早々に剣を手に取って、剣先をオーディーに向けた。


 「穏便に行こうか! 俺はアーレスが退いてくれれば、手出しする気はないから!」


 そんなアーレスにまるで怖気づいたかのように、オーディーは手を前に出して振った。


 敵対したくない。そんな意思表示がこれでもかと伝わってきた。


 「傲慢だな。なぜ私が退く必要がある。貴様が退け」


 「傲慢はどっちだい。王国の騎士が我が物顔でこの城を歩かないでくれるかな?」


 「皇女が許可したんだ。責任は皇女にある」


 「はは、卑怯な大人だ。たしかにそうだけど、“皇女”がこの国の“全て”じゃない」


 「なに。直に“全て”になる」


 「......。」


 アーレスのその言葉に、オーディーは目つきを変えた。


 そのただならぬ雰囲気にアーレスも警戒を高めた。


 オーディーは明後日の方向に歩み出し、語り始める。


 「ロトル殿下が......女帝になるにはまだ早い。いや、そもそもあの子はなるべきじゃない」


 「それは貴様が決めることではない」


 「ああ、そうだ。決めるのは俺じゃない。周りの連中だ」


 「違う、皇女自身が決めることだ」


 「違くはないさ。もしかして革命でも起こす気? 起こす気だから、ここに来たのか。レベッカを連れ、何らかの手段で彼女を回復させ、再び戦力にするために」


 「......。」


 アーレスは押し黙った。


 しかしオーディーは続けた。


 「俺だって戦争は嫌さ。立場はどうあれ、意見なら殿下に賛成だね。......でも駄目だ。あの子がこの国の頂点に君臨しても、すぐにその時代は終わる。帝国はね、思った以上に血生臭いんだよ」


 「臣下なら支えたらどうだ?」


 「常に傍に居てあげられるほど、俺は暇じゃないんでね」


 「薄情な騎士が居たもんだ」


 「はは。ぐうの音も出ない。だけど―――」


 そう言って、オーディーは槍を構えた。


 「殿下は死んでいい子じゃない」


 対するアーレスも剣を構える。


 「ザコ少年―――ナエドコなら死んでも護ると言うぞ?」



******



 「俺だって護れるなら護りたいさ。でも周りは敵だらけ。リア陛下がそうだった。そしてなにより恐るべきは――」


 そう言って、オーディーはアーレスとの距離を縮めるべく、駆け出した。


 「常に近くに潜む敵の存在だよ」


 オーディーが構えた槍で一突きする。


 アーレスを穿たんとするその一撃は、彼女が手にしている剣によって弾かれた。


 「リア陛下が命を狙われるのは、ほぼ日常茶飯事だった。あの方を何度も死の淵に立たせてしまった。......そんな日々を、あんなか弱い少女に送らせる気かい?」


 一突き、そしてまた一突き。


 その速度は徐々に増していって、アーレスもその場で受け流すことに苦戦した。


 が、アーレスが防御に徹する理由は無い。


 「ではなぜ――」


 一歩、大きく踏み出したアーレスが、その間合いにオーディーを入れるようにして、剣を振るう。


 「皇妃は逃げなかった!!」


 凄まじい剣圧がオーディーを襲った。


 オーディーは咄嗟に槍を両手で握って受けきるが、その勢いを殺しきれずに後方へと飛び下がる。


 「件の組織に暗殺されるその日まで、皇帝の妻として、この国に尽力したのだろう? 死を恐れず、覚悟して生き抜いてきたのだろう? 今度はその覚悟をあの皇女が受け継ぐんだ。なぜ邪魔をする?」


 アーレスの言葉にオーディーは答えず、槍を振り回した。


 風を切るようにして振り回される槍は、まるで舞踊の一種を思わせる槍捌きである。


 「邪魔......ね。俺はただ護りたいだけだよ」


 「貴様が護りたいのは皇女の矜持か? それとも少女の命か?」


 「はは、難しい質問だ」


 「即答できないとは、貴様はそれでも騎士か」


 「腐ってもね!!」


 そう言い切るや否や、オーディーは攻めに入った。


 槍による突きだけではなく、薙ぎ払いも絡めて、アーレスとのリーチを有効活用していた。


 が、そのどれもがアーレスに防がれる、受け流される。


 「ははッ、さすが<狂乱>!! 自信無くすなぁ!!」


 それでもオーディーは止まらない。その攻撃は速度を増す一方だ。


 「今度はこんなのはどうかな?」


 ニヤリ。不敵な笑みを浮かべたオーディーは一旦距離を取ってから唱える。


 「【多重凍血魔法:螺旋一角】」


 瞬間、オーディーの隣に薄浅葱色の魔法陣が展開された。


 そこから即座に螺旋状の氷塊が、その鋭利な先端をアーレスに向けながら放たれる。


 【多重凍血魔法】。鈴木が姉者と息を合わせて発動する、通常の魔法とは何段階か高位に相当する魔法を、オーディーは短時間で放ったのだ。


 アーレスに直撃後、着弾周囲一帯がまるで檻に閉じ込められるように、氷の牢獄が形成される。


 その衝撃は冷気を伴ってオーディの長髪を靡かせるが、魔法発動者に余裕の笑みは生まれない。


 「無駄だ」


 凍てつく牢獄を砕きながら、前進する者が居るからだ。


 アーレスは剣を手にしていない手で、辺りの氷をまるで降りかかる粉雪のように振り払いながら歩を進めた。


 「ちょっとちょっと。さすがに無傷っておかしいでしょ」


 「いくら火力が高かろうが無意味だ。私には通用しない」


 「マジすか......」


 オーディーは半ば呆れた様子を見せるが、どこか納得した様子だ。


 王国の騎士の中でも特に注目すべきは三名。<三王核ハーツ>と呼ばれる存在である。


 うち一人は王国騎士団総隊長のタフティス。異名は<不敗の騎士>。噂によれば、その異名に相応しい男で、敗北を知らない猛者とのこと。


 うち一人は王国城の守備の要を担う騎士、アギレス。異名は<無情の騎士>。こちらはタフティスと違って、それらしい噂は皆無に等しい。


 が、アギレスが配属されてから、城への侵入及び王族が危殆に瀕したことはないとのこと。


 そして最後の一人、王国騎士団第一部隊副隊長のアーレス。異名は<狂乱の騎士>。タフティス、アギレスよりも目立った功績を積み上げてきた女騎士だ。


 単騎で小国との戦争を終わらせることができる上に、無傷で帰還。


 何故、<狂乱>と謳われたのかは不明。


 が、今は納得しつつあるオーディーである。


 なにせ、


 「笑ってやがる......」


 アーレスがこの状況下で、口角を釣り上げているのだから。


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