第227話 どうやらそう上手く事は進まないらしい
「【固有錬成:依代神楽】」
エルフっ子に握られた左手から、何の文字だろう。見たことのない羅列した黒い文字が、まるで蛇が這うようにして僕の肩まで登ってきた。
そこに触覚的な違和感は無い。見た目だけである。
やがて動きをやめたそれらの文字が淡い紫色の輝きを放ち始めた。
『おおー!』
『【合鍵】の時と似ていますが、やはり【固有錬成】特有の術式......さっぱりわかりません』
魔族姉妹がどこか関心したような声を漏らしていた。
ちなみに今エルフっ子に握られている手は左手で、そこに寄生していた姉者さんは僕の鎖骨のところまで口を移動させている。
「おわり......ました」
そしてウズメちゃんがそう言い終えるのと同時に、左腕に刻まれた文字列が光を放つのを止めた。
エルフっ子は【固有錬成】を使ったことで疲れたのか、少し頬を赤くして艶のある息を漏らしていた。
ちょっとエロスを感じてしまったのは言うまでもない。
それに【固有錬成】を発動する前に、彼女は「奉仕します」とか危うい発言してた。わざとだろうか。
しかしその、なんだ、僕は実はロリコンだったのか。
「はぁはぁ......」
「......。」
『苗床さん、まさかとは思いますけど、小学生と同じ見た目のこの子に欲情を覚えてませんよね』
『おいおい、それはマジでシャレにならねぇーぞ』
「まさか。ところでウズメちゃん、つかぬ事を聞くけど、何歳?」
「え、たしか9歳ですけど......」
『おい、こいつ。ワンチャン年齢満たしてれば行けると思ってんぞ』
『見損ないました』
被害妄想はやめてほしいな。僕はただ彼女の年齢を聞いただけだ。
決して、ロリBBAとかなら有り寄りの有りなんじゃね、なんて思っていない。ないったらないのだ。
僕がそんなことを考えていると、不意に左耳を引っ張られる痛みが走った。
「いててて!」
「話が進まん。さっさとしろ」
僕の耳を引っ張ってきたのはアーレスさんである。
パッと指を放されて、僕は抓まれた耳を擦った。魔族姉妹が揃って『引き千切っとけ』とか恐ろしいこと言ってたが、無視だ。
僕は左手を握ったり開いたりしたけど、見た目以外特に変わったところもない。
「使い方は......ウズメちゃんが知ってるんだっけ?」
「はい......えっと、一定時間、魔法を使わなければ発動するようです」
一定時間?
ウズメちゃんの【固有錬成】は他者の【固有錬成】を複製する際に、既存の発動条件とは別の条件が追加され、それを満たさなければ同じ【固有錬成】を使うことができないらしい。
アーレスさんの【固有錬成:万象無双】は魔法を使っていない間に発動する。
僕がエルフっ子に付与されたものは、どうやらその発動条件に“時間”という条件が加わったみたい。
「一定時間ってどれくらいなの?」
という、皇女さんの尤もな疑問は、この場の誰もが共通して覚えたことだろう。
が、エルフっ子の回答は芳しくない。
「すみません、そこまではわからないです......。付与されたスズキさんならわかるかもしれません」
「え、僕もわかんないよ」
「アーレスは自分の【固有錬成】が発動できるようになったときの感覚があるの?」
そんな皇女さんの問いにも、アーレスさんは首を横に振って答えた。
それを見て、バートさんが顎に手を当ててなにやら考える素振りを見せる。
「それは困りましたね......。どれくらい発動するまでに時間が必要かで、あの傭兵がかかった猛毒の浸食具合にも関わってきます」
そうだよなぁ。そこまで時間が必要かわからないけど、その間に毒で死んじゃうかもしれない可能性だってある。
僕らが頭を抱えていると、アーレスさんが鼻で笑い出した。
「ふっ。最も簡単な確認方法があるだろう?」
そう言って、彼女は壁に掛けてあったショートソードを手に取り、鞘から抜いたその刃を見つめた。
その視線が僕の方へ移動する。
「ザコ少年君を定期的に斬ればいい」
おい。このサイコパスどうにかしてくれ。
『なるほど。無敵状態ならば傷を負いませんし、たとえ傷を負っても苗床さんなら即全回復します。名案ですね』
『だな』
「何が?! 無敵になるまで激痛が続くんだけど!!」
「そ、そうよ。できればこの部屋でやらないでほしいわ。汚れちゃう」
皇女さん、心配するとこそこじゃないです。
「外でやれと? どこに人の目があるかわからない上に、疑いの目が増すぞ?」
「うっ、それは今後の活動に支障を来すかもしれないわね......」
「で、殿下、お待ちください」
アーレスさんと皇女さんの会話に割って入ってきたのはバートさんである。
「そもそもそこまでする必要無いのでは? 無敵になって怪我をしないのであれば、彼の指先を軽く切るくらいで済ませばわかることです」
たしかに!
いや、そっちを真っ先に思い浮かべるべきじゃん!
「た、たしかにその通りね。私まで頭がおかしくなってたわ」
「はい。最小限の傷であれば、この部屋をそこまで汚すこともないでしょう」
「あの、さっきから何の基準で話してます?」
僕の意思を無視して、部屋の清潔さを保とうとしてやがる。
アーレスさんは僕に剣を渡してきた。それくらい自分でやれということだろう。
なので僕はさっそく右手の人差し指を、渡された剣先でピッと切ってみた。
「いたッ」
『まだ無敵じゃねぇな』
『みたいですね。一分毎にやっていきましょ』
ま、マジすか......。
僕は溜息を吐くしかできなかった。
*****
「あ、怪我しなくなった」
『およそ五分といったところでしょうか』
『五分ならレベッカを閉じ込めてる氷を溶かしても、毒で即死しねぇーな』
魔族姉妹のそんな会話に、僕らは頷いた。
僕の様子を見てた皇女さんが、目をぱちくりとさせながら口を開く。
「外見的な変化は無いのね」
「まぁ、普段のアーレスさんを見てたら、変わっているようには見えませんからね」
「では決まりだな。レベッカをここへ持ってくる。ウズメたちはここに居ろ」
アーレスさんがさっそくレベッカさんを助けるため、この部屋を出ようとした。
その彼女の足を僕は呼び止めた。
「あれ、その場でウズメちゃんのスキルを使わないんですか?」
「どこに目があるかわからん。無防備になるのは避けたい」
一応、私からしたらここは敵国の中心なんだからな、と付け加えた後、アーレスさんはこの場を立ち去った。
******
「ここか」
帝国城のとある地下施設、氷漬けにされたレベッカが保管されている場へアーレスが辿り着くと、その場は特にこれといった物は無いただただ広いだけの空間であった。
アーレスは辺りを警戒しながら奥へと歩を進める。
ロトルの話によれば、護衛の騎士が近くに居るはずだが、その気配は感じられなかった。
その最奥、比較的隅の方に、氷で作られた棺のようなものが立てかけられていた。
レベッカである。鈴木の【冷血魔法:氷刻之棺】によって、氷の棺の中に閉じ込められているのだが、その理由は延命処置のためだ。
そんなレベッカの方へアーレスが近づくと、
「やぁ。そろそろ来る頃合いだと思っていたよ」
この場に居るはずのない男の声が聞こえてきた。
アーレスは動きを止めて、声のする方へ振り向く。
「おぉ、怖い怖い。そう睨まないでよ。あ、ここに居た護衛騎士たちは、悪いけど、牢にぶち込んだよ。しばらく大人しくしてもらうためにね〜」
「......<隻眼>のオーディー・バルトクト」
アーレスが呼んだ名前の男は、この国の騎士団総隊長だ。
この部屋の柱の陰から姿を現したオーディーは、頭部以外、全身鎧姿で手には派手に装飾のこった槍があった。
その飄々としたオーディーの佇まいに、アーレスは腰に携えていた剣に手を当てた。
「要件は?」
短く問うアーレスの言葉に、オーディーは苦笑しながら答える。
「悪いけど、レベッカは起こさせない。戦争が終わるまでね」
「......そうか」
アーレスはゆっくりと剣を鞘から抜き出した。
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